マッドΨエンティストを攻略せよ!12

 空助くんとのお付き合いは意外なことに順調だった。土日のどちらかは会ってくれるし、平日会えない日も電話をしてくれる。普通に楽しい。私のことを好きかどうかはいまいちわからないけど、嫌われたりはしていない……と思いたい。
 ところが事件があった。空助くんが女の人をナンパしていたのである。
 それは塾の体験入学に行った帰りのことだった。聞こえるはずのない声が聞こえてきて振り返ると、本当に空助くんがいたのだ。空助くんはいつもと違って髪をハネさせていたし、アクセサリーもたくさんつけていて、なんだか遊んでいそうな雰囲気を漂わせていた。気になって様子を見ていたら、他の男の子と一緒になって女の人に声を掛けているじゃないか。女の人は空助くんに頭を撫でられてメロメロになっていた。本当ならここで割って入っていかなきゃいけなかったはずなのに、怖くてできなかった。もしかしたら空助くんと瓜二つなだけで別人なのかも。そんな淡い期待を抱きながらも私は覗き見をやめられなくて、その場から動くことができなかった。
 空助くんと男の子はそのあとカフェに入っていた。そこでも空助くんはたくさんの女の人たちに囲まれていて、首に腕を回されても抱きつかれても全く嫌そうにしていなかった。あんなに人類に興味ないとか言ってたのに。アリのほうがマシって言ってたのに。私と付き合ったせいで、もっときれいな女の人と付き合いたくなったんだろうか。前に私が空助くんに抱きついたとき、他の人でも赤くなるのかって聞いたことがあった。そのとき空助くんは面倒だから試さないって言ってたけど、やっぱり知的好奇心には勝てなかったってことなのかな……。ぐるぐる考えていたら涙が出てきて、私はそのまま家に帰った。
 それから私は空助くんのことを無視した。電話にも出ないし、メッセージも開かない。土日も会わなかったし、そうして一週間もするころにはスマホもすっかり静かになっていた。このまま自然消滅になるのかな。ちゃんと話し合いをしたほうがいい気もするけど、話し合いで空助くんに勝てる気がしない。浮気をした空助くんが全面的に悪いとは思うけど、そもそも私のことを好きじゃないからいつ別れたっていいって流れになりそうで嫌なのだ。

「あっ!」
 放課後の廊下で私は思わず声を上げてしまった。私の視線の先にはあの日、空助くんと一緒にいた男の子がいる。この学校の生徒だったんだ。彼は「え、オレ?」って顔をしたあと、すごい勢いで私に近づいてきた。
「もしかしてオレにビビッと来ちゃいました? よかったらこのあと、一緒にお茶でもどうです?」
 この感じ、やっぱりそうだ。空助くんと一緒にナンパしていた人で間違いない。もしこのナンパに私がついていったら、空助くんがいたりするのかな。そう考えたらじわりと目が熱くなってきた。
「ちょ、なんで泣くんスか? もしかして泣くほど嬉しい……ってわけじゃなさそー……いや違いますよ斉木さん! オレなんもしてないです! いやナンパはしたけど強要はしてないんで!」
 いつの間にか楠雄くんも近くに来ていたようだ。楠雄くんから疑いの目を向けられた彼は、必死に弁明をしている。私も彼の誤解を解いてあげるべきなんだろうけど、そのためには空助くんが浮気をしていたことを楠雄くんに話さなければならない。
「え!? この子、斉木さんのお兄さんと付き合ってるんスか? お兄さんってこの前の……え、街でナンパしてるところを見られてた!?」
 私は何も言ってないのになぜか話が進んでいる。しかもそれであの人が間違いなく空助くんであることが確定してしまった。
「……やっぱり空助くん浮気してたんだ」
「あーもう斉木さんが余計なこと言うから! いやオレのせいじゃないですって! オレはアンタらの兄弟ゲンカに巻き込まれただけじゃないスか!」
 彼はキリッとした顔で私の手を取った。
「もし別れるならオレ、相談乗るよ? あ、オレは鳥束零太……って何するんスか斉木さーん!」
 楠雄くんは鳥束くんを引きはがして放り投げてしまった。
『面倒だから空助と話し合え。空助なら家に呼んでおいた』
「……今からってこと?」
 楠雄くんは静かに頷いた。
「え……じゃあ楠雄くんも一緒にいて」
 楠雄くんは数秒固まったのち、私を無視して行ってしまった。いや一人とか無理なんだけど!
 投げ飛ばされて尻もちをついている鳥束くんに近づいて屈む。
「えっと、鳥束くん!」
「え、ハイ。何すか?」
「今から楠雄くんの家に行くから一緒に来て!」
「……いやぁ、正直もう巻き込まれたくないっつーか、いくら女の子の頼みでもそれはちょっと」
「鳥束くんが空助くんにナンパとか変なこと教えたんじゃないの?」
「いやいやいや違いますって! あの人、斉木さんに勝つためにオレを仲間に引き入れようとして女の子を利用してたんスよ!」
「……空助くんならやりそう」
「オレは被害者っス! ていうか彼女いるのにナンパとかして、酷くないスか? オレに乗り換えたりしません?」
「それはないかな」

 鳥束くんはどうしても来てくれないそうなので(デートするなら行ってもいいとは言われたけど)私は一人で斉木家に向かうことにした。鳥束くんに話を聞けたおかげで私も最初よりは落ち着いている。楠雄くんとの勝負のためにナンパしてたってのも酷い話だとは思うけど、考えてみれば私と付き合い始めたきっかけも同じだったので、私のほうからは強く言えない。だけどやっぱり私がいるのにナンパしてたことには納得できなかった。ごめんねって言われたら私もすぐ許してしまいそうな気はするけど、とにかく謝ってほしいとは思っている。
 そしていざ斉木家に到着したら、また不安になってしまった。インターホンを押すか迷っていたら、玄関が開く。そんな気はしていた。空助くんは何もなかったような笑顔で私を出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい。久しぶりだね~」
 なんで連絡を無視したのって聞いてくれたら私も言えたのに。部屋に通されても黙ったままでいた私を不思議に思ったのか、空助くんは首を傾げた。
「どうしたの? 何か僕に話したいことがあったんじゃないの?」
「……」
「あ、もしかして僕が浮気してるって思ってたけど、なんか違う気がして……でもやっぱり納得できなくてどうしたらいいかわからなくなったとか?」
 全部当たりだ。わかってるなら事情を説明してくれたっていいのに。空助くんの前では泣かないって決めてたけど、我慢できるか怪しくなってきた。
「僕は超能力者じゃないんだから、言ってくれないとわからないよ」
「うるさい!」
 突然私が叫んだものだから、空助くんは目を丸くした。私も私で強めに言いすぎちゃったかもとか考えて、後悔の涙が出てくる。
「いま考えてるから静かにしててよぉ」
「あ、ウン。ごめんね」
 子供みたいに泣き出した私に空助くんは引いていた。空助くんからしたら、言いたいことがまとまってから家に来いって話だろう。っていうか謝ってほしいのはそこじゃないし。もうこのまま全部言ってしまおうか。
「空助くんがナンパしてるの見てすごくいやだった」
「うん」
「事情は鳥束くんから聞いたけど、私が傷つくかもとか思わなかったの?」
「ごめんね。君が見てたのは気づいてたんだけど、嫉妬してるのかわいいなって思っちゃって」
「へ?」
「僕が馬鹿だったよ。本当にごめん」
 空助くんがぎゅっと私のことを抱きしめてくる。うそ、もしかしてこれって……
「……演技?」
「ひどいなあ」
 空助くんはゆっくりと私の背中を撫でた。もうこれで全部チャラになった気がする。いやでもまだこんなんじゃ許せない。
「ナンパした女の人にもこういうことしたの?」
「君が見た以上のことはしてないよ。君以外の女性とどうこうなる気はないし」
(う……騙されちゃだめ! 空助くんは全部計算で言ってるんだから!)
 しかし頭でそうだと理解していても、実際に耳で聞くとなると、とんでもない破壊力なのだ。しかも抱きしめられているせいで効果は倍増。もはや私に勝ち目などなかった。
「私が怒ってるのわかってたなら、会いに来て説明してほしかった」
「ごめん。電話にも出ないしメッセージも見てくれなかったから、君に嫌われたと思って怖かったんだ」
 嘘もここまで来ると清々しい。ナンパされた女の人も空助くんのこういうところに騙されたんだろう。いや騙されたっていうか、空助くんは本当にかっこいいし頭もいいし嘘なんかつかなくてもみんな空助くんのこと好きになっちゃうとは思うけど。
 予想とはちょっと違う流れになってしまったが、謝ってもらうという目的は達成した。そして私はその次を目指していた。

――今日、空助くんとキスをする!

 もう付き合い始めてしばらく経つし、なんかそういう雰囲気なのは間違いない。空助くんだって少しでも悪いと思ってるなら(思ってるかは微妙だけど)流されてくれるはず。罪悪感に付け込むようなことして後ろめたさはあるけど、空助くんのやったことに比べたらかわいいほうじゃないだろうか。
 身体を少し離して、空助くんのことをじっと見つめてみる。
(うわ、かっこいい……)
 でも、次にどうしたらいいのかわからない。もっと顔を近づけてみる? それともキスしたいって言っちゃう?
(……空助くん、察してくれないかな)
 しばらく空助くんを見つめたままじっとしていたら、空助くんがふっと目元をゆるめた。そうして頭の後ろに手を回されて、いよいよだと目を瞑る。
 それは唇に軽く触れて、すぐに離れていった。
「キスって何が楽しいんだろうね」
「……わかんないけど、もう一回したい」
「別にいいけど」
 二回目は、一度目よりも長かった。だけどそれでも足りなくて、三回目は私のほうから空助くんに触れてみた。
「空助くん、真っ赤になってる」
「君に言われたくないよ」
「何が楽しいかわかった?」
「全然」
「いつかわかるのかな」
「さあ……試してみないとわからないんじゃない?」
「じゃあ試してよ」
「君が付き合ってくれるならね」
 なんだか頭がぼーっとしてきて、自分に都合のいいようにしか考えられなくなってきているのかもしれない。空助くんの言動や行動が、私を好きって言っているように思えてくる。最初のほうは私の機嫌を取るために演技していたんだろうけど、顔が赤いのは演技じゃどうしようもないだろうし……。
「空助くんって実はけっこう私のこと好き?」
「……うるさいな」
 今度は少し強引なキスだった。
 私のこと好き? って何回か聞いたことはあったけど、否定されなかったのは初めてかもしれない。
「空助くん、好き」
「……知ってるって。君って本当に単純だよね」
 空助くんからの好きはまだお預けらしい。だけど今はこれで充分な気がした。

 私はどこにでもいる女子高生。……そして、斉木空助くんの恋人である。