マッドΨエンティストを攻略せよ!11
待って。部屋に上がりたい? それってあんなこととかこんなこと……。
「ああ、心配しないで。五分もかからないから」
どうやら私の勘違いだったようだ。でも今回ばかりは空助くんにも非があると思う。
「部屋に入るのはいいけど、何するの?」
「ちょっとね、空きスペースがあるか確認したくて」
スペースがあったら何だというのだろう。……いや、それより部屋は片付いていただろうか。脱ぎ捨てたパジャマが床に散らばっていたりしないだろうか。
「……一回片づけてもいい?」
「別に散らかっててもいいけどね」
「私がだめなの!」
「はいはい、わかったよ」
家に入って私の部屋へ早足で向かう。空助くんが後ろからついてきているのが変な感じだ。
「家族は留守?」
「うん。今はいない~」
「残念。挨拶しとこうかと思ったのに」
たぶん他意はないのだと思うけど、顔がニヤけるのを止められなかった。私だってコーヒーゼリーを持って斉木家に挨拶に行ったのだし、空助くんが私の家族に挨拶したって何もおかしなことはない。でも想像してしまう。空助くんが恋人として親に挨拶しているのを……!
「じゃあ、空助くんはここで待ってて」
「うん。三分以内に終わらなかったら開けるね」
「え、だめだよ!」
「はい。いーちにーさーん……」
「ああああっ!」
何がなんでも三分以上は待たないつもりらしい。このままここで言い合うよりは、中に入ってできる限り片付けたほうがマシだろう。ドアを開けるとやっぱり今朝脱いだパジャマが散らばっていて、急いでかき集める。見られて困るようなものは特に置いてない。でも開きっぱなしの参考書とか、ぐしゃぐしゃに丸まった布団とか、だらしないことがわかるような部分がちょくちょくある。とにかくそういうところを隠していたら、後ろでドアの開く音がした。
「なんだ、全然散らかってないね」
とりあえず合格をもらえたことにホッとする。空助くんは部屋全体を見渡しながら「ふーん」と呟いた。
「コンセントってある?」
「あ、うん。ここと、あっち……」
「なるほどね、大体わかったよ」
「え、もういいの?」
「うん。まあギリギリ入りそうかな」
「……何の話?」
「時空間転送装置。ここに置いたらいつでも僕の部屋と行き来できるようになるよ」
空助くんは頭がいい。頭が良すぎて私では理解できないことがたくさんある。時空間転送装置って何。冗談を言っているわけではなさそうだ。
「あー……でもドアからは入らなさそうだから、ここで組み立てるしかないか」
「ちょっと頭が全然追いつかないんだけど」
「大丈夫、すぐ慣れるって」
「慣れの問題じゃないような……」
「あ、でも毎月の電気代が約二万円増えるんだよね」
「それは無理だよ!」
いや……もし本当にどこでもドア的なことができるなら二万は安いのかもしれないけど、私はまだ高校生なのだ。電気代は親が払っているわけだし、二万は誤差で済む金額ではない。いきなり跳ね上がった電気料金を見たら、漏電してるんじゃないかと家の中は大騒ぎになってしまう。
「もちろんお金は僕が払うよ。君の親の口座に毎月二万……いや面倒だからとりあえず百万振り込んどいたらいい?」
「それはもっとだめだよ!」
下手したら警察沙汰だ。得体の知れないお金が振り込まれているなんて怖すぎる。
「っていうか常に空助くんが来るかもしれないって思いながら過ごすの無理なんだけど!」
「えー……嫌なの?」
「嫌っていうか、気が抜けないし」
「別に君が何してようが構わないけどね」
「……そんなに私に会いたいって思ってくれてるの?」
空助くんは目を丸くした。そんなびっくりするようなことを言ったつもりはない。普通に考えて、別れたはずの私の部屋にそんなものを置こうとしているのがおかしいのだ。
これは「押してだめなら引いてみろ」が効いてたってことじゃないだろうか。私が迷子になってるからって来てくれたのも、そう考えたら納得がいく。
「……空助くん、私のこと好き?」
「別に好きじゃないし」
「ええっ!?」
まさかここまで来て、そんなことがあるだろうか。
「もしかして空助くん、好きって感情がわからないとか……?」
「なに言ってんの。僕にわからないことなんてないし」
「じゃあ確認してみようよ」
「確認ってどうするつもり?」
「今から空助くんに抱きつきます」
「……君がしたいだけじゃないの?」
「ばれた?」
空助くんが心底呆れたような顔で私を見下ろす。だけど、ぼそっと小さな声で「まあいいけど」と言ったのを、私は聞き逃さなかった。
しかし、実際やるとなると緊張してしまうものだ。本当にいいんですか? と、何度も頭の中で空助くんに問いかける。もちろん返事はないし、空助くんのほうから来てくれる気配もない。
ぎゅっと目をつぶって、勢いのまま空助くんに抱きつく。これって現実? 心臓が爆発するかと思った。
抱きついたはいいものの、これからどうするか全くのノープランだった。しばらくじっとしていたら、空助くんの手がちょこんと私の背中に触れる。
(これはもう勝ちじゃない!?)
嬉しくなって顔を上げると、わずかに頬を赤くした空助くんが目に入った。バカって言っちゃったときほどじゃないけど、間違いなく赤くなっている。
「空助くん、顔赤い」
「ただの生理現象だし」
「他の人でもこうなるの?」
「……さあ、試してないからわからないよ」
「やだ、試さないで……」
「やるわけないよ。君みたいなのが増えても面倒だし」
「ふふ」
「なに笑ってんの」
なんだか嬉しくなって、空助くんの背中に回した手にぎゅっと力を込める。見た目の印象よりもずっとガッシリしていて男の人の身体だ。
(……んん?)
よく考えたら、親がいない家で抱き合ってるってまずいんじゃ。
急に冷静になった私は、パッと空助くんから離れた。必要以上に距離を取ってしまった気はしている。でも、恥ずかしくてたまらないのだ。
「どうしたの急に。なんか変な想像でもしちゃった?」
「言わないでよバカッ!」
「……」
しまった。またバカって言っちゃった。本当にどうしようもないバカだ私が。
「ごめん、また私、」
「ふふ……」
「……空助、くん?」
空助くんの様子がおかしい。うつむいて、肩を小刻みに震わせている。
具合が悪いのかもしれない。空助くんに近づいて様子をうかがうと、さっきよりも数倍、顔が赤くなっていた。
「大丈夫?」
問いかけると、目が合った。具合が悪いっていうか、これ……。
(喜んでる?)
なんか息荒いし、笑ってるし。
もしかして、バカって言われたいタイプ? 空助くんは頭がいいからなかなかバカって言ってもらえることがなくて、飢えていたとか……。
「……違ったらごめん、もっと蔑んだほうがよかったりする?」
「ばかじゃないの」
空助くんはよろよろと歩き、部屋のドアを開けた。
「帰っちゃうの?」
「君が変な気、起こさないうちにね」
空助くんの背中を追って玄関へ行く。一緒に靴を履いていたら、呆れた顔で「何してるの」と言われた。
「見送りに……」
「いいよここで。また迷子になったらどうするつもり?」
「空助くんにみつけてもらう」
空助くんは大きなため息をついた。
「また会いたいなら素直にそう言えば?」
「空助くんに言われたくないんだけど」
「……で、結局どうなの?」
「そりゃ会いたいし……あと、また付き合いたい。今度は条件なしで」
「いいよ別に」
「え!?」
空助くんが家から出て行く。呆然としているうちにドアは閉められてしまった。慌てて電話を掛けると、ぶっきらぼうな声で
「なに」
と、一言だけ。
「空助くん、好き~~!」
「知ってるし」
電話はぶつりと切られた。