優しくしないで01

 あれ、と思ったときには既に手遅れ。私は縄でグルグル巻きにされていた。
 おかしい、何かがおかしい。私は坂本太郎を暗殺しに来ただけなのに。
 目の前には金髪の男が腕を組んで私のことを見下ろしている。……誰?
 暗殺者だとバレたのだろうか。いやいやまさか。私はまだ武器すら出していないし、坂本太郎らしき人物に会ってもいないのだ。……でも、ヤバイな。これでしくじったら借金が返せない。
「へえ~、借金ねえ」
「へっ!?」
 口に出してしまっていたのだろうか。金髪は「いくら?」と聞いてきたが、私は答えなかった。それなのに、
「は、二千万?」
 と、勝手に話が進んでしまう。ちなみに額は二千万円で合っている。……あのクソ両親のせいである。

 うちの親は借金を作って蒸発した。今生きているのかも知らない。借金取りは両親を探すことを早々に諦めて、私からむしり取れるだけむしり取るという方針に切り替えた。私も最初はバイトを掛け持ちしてなんとかお金を返そうと頑張っていたわけだが、利子だ何だと言っていっこうに減らない金額に嫌気が差した。そして耳にした坂本太郎にかけられた懸賞金の噂。これはもう一発逆転を狙うしかないと思ったのだ。

 金髪は最初から場所を知っていたかのように、私の隠し武器をひょいひょいと抜き取っていった。そうして丸腰になった私を店の外まで歩かせる。まさか、場所を変えて拷問でもするつもりか……?
「いや拷問とかしねーって。もう来んなよ」
 シュル、と縄が解かれる。何だかよくわからないまま、私は帰宅させられていた。
 ……いや、おかしい。
 もう私の家にはボールペンくらいしか武器になるようなものがなかった。しかし、ここで諦めてしまえば借金返済のアテがなくなってしまう。明日の朝までにある程度の金額を用意しておかなければならないのだ。
 私はボールペンをポケットに突っ込んでもう一度、坂本商店へ向かった。今度は慎重に……。中はあっちのテリトリーだろうから、外に出て来たところを狙おう。私は電柱の陰でそっと機会をうかがった。
 ……しかし、待てども待てども坂本太郎は現れない。客らしき人を除けば、店に出入りするのは女、子供、それから緑のエプロンをつけた太った男。坂本は本当にここにいるのだろうか。しばらくすると、さっきの金髪がこちらに向かってきて……。
「オイ」
「……」
「もう来んなって言ったよな?」
「……まだ何もしてない」
「坂本さんが外に出て来たとこ襲おうって魂胆だろ」
「な、なぜ……」
「残念だったな。俺、人の心が読めるんだよ」
「う、うそだ!」
 人の心が読めるなんて、そんな。実は私のことを知っているとか、何かトリックがあるはずだ!
 しかしバレてしまった以上、長居は禁物。私は一目散に走って逃げた。途中でちらっと後ろを振り返ったけど、金髪が追ってきている気配はない。暗殺計画は仕切り直しだ……。

 しかし、目先の金も必要なのである。
 私はあらかじめ調べておいた店を探して夕方の街を歩いていた。駅から徒歩五分と書いてあった通り、目当てはすぐに見つかる。いかにもな雰囲気の看板だ。――ここはいわゆるお触りOKのキャバクラであり、手っ取り早く稼ぐにはこれしかないと思った。体験入店でも一日分の給料をその場でもらえるということで、私のような人間にはありがたい。ただ一番問題なのが、私にこの仕事ができるかということだ。
 なかなか決心がつかず、私は店の周りをウロウロしていた。キスは絶対しなきゃいけないだろうし、胸を揉まれたり舐められたりもするのだろう。このくらいしなきゃ大金が手に入らないのはわかっているけど……嫌なものは嫌だ。
(でも、拳銃をチラつかせてくる借金取りよりはマシ……)
 時間が過ぎるのを待っていたら、そのうち終わるはず。私はぎゅっと自分の太ももをつねって踏み出した。
 ――ところが、後ろから何者かが私の腕を引く。
「……何してんだよ」
 振り向くと、あの金髪男が立っていた。
「あ、あんたこそ何してんの!」
「いや、たまたま通りかかったっつーか……」
「今からバイトだから邪魔しないで」
「へー。ここで?」
 金髪は看板にまじまじと視線を寄せる。お前にできるのかと言われているようで腹が立った。
「……なんか文句ある?」
「さっきから店の周りずーっとウロウロしてただろ」
「ストーカー!」
「こっちは心配してついて来てやってんだろーが」
「……たまたまじゃなくて?」
 グ、と金髪男は口を結んだ。どうやらお節介の星の元に生まれたらしいが、今の私に必要なものはそんなもんじゃない。必要なのはそう、金だ。
「つーかお前、ここがどういうことする店か知ってんのかよ」
「知ってるよ。む……ムネとか触らせるところでしょ」
「……まあ、知ってて入るならいーけどよ」
「もういい?」
「……時給は?」
「体験で五千円」
 金髪は何か言いたそうにしていたが、私は無視して店に入ることにした。しかしここでもまた、後ろから腕を掴まれる。
「なに!」
「止めてほしいって顔してる」
「……してないし」

***

「あーもー面倒くせーな、泣くなよ」
「うるさいついてくんな」
「三千円払っただろーが」
 私はズビッと鼻をすすってくしゃくしゃになったお札を握り締めた。金髪がどうしてもあの店で働かないでほしいと言ってくるから帰ることにしたのだ。店のアカウントにごめんなさいのメッセージを送ったが、返事は今のところない。そしてなぜこいつに三千円もらうことになったのかというと、私もよくわからなかった。頼んでもないのに差し出してきて、せっかくだから貰っておくことにしたというわけだ。だが、これは間違いだったかもしれない。金髪は執拗に私を家まで送り届けようとしてくる。断ろうとしても「三千円払っただろーが」のゴリ押しだ。意味がわからない。

 ボロすぎるアパートを見られるのも嫌だったが、金髪は何も言ってこなかった。お礼を言うのも変な気がして無言で家の中に入ろうとすると、なぜか当たり前のように金髪も入ろうとしてくる。
「ちょっと」
「ん?」
「入っていいとか言ってない」
「朝になったらこわーい借金取りが来るんだろ? 追い払ってやるよ」
「頼んでないっていうか……」
 つまり三千円ってそういうことなのだろうか。ヤらせろ的な……。三千円ならまだ店で働いたほうがマシだった。ちょっとはいいやつなのかもしれないと思いかけていたのに、もう最悪。
「いや何もしねーって」
「勝手に読まないでよ」
「そこはもう受け入れてんのな」
「……信じてないけど」
「そーかよ」
 金髪は私の横をすり抜けて中に入ってきた。すでに胡坐でスマホをいじっていて、本当に腹が立つ。

 私は寝るまで部屋の隅で金髪を警戒していたけど、むこうからこちらに近づいてくるようなことはなかった。かわいそうだからお風呂は貸してあげた。あと、布団も。
 私はベッドの上から床の布団に話しかけた。
「……ほんとに泊まるの? 借金取り追い返したって、意味ないんだけど」
「でも一人じゃ怖いんだろ?」
「そんなこと言ってない……」
「逃げねーの?」
「前、失敗したから……今度やったらバラして売るって」
「……だから泣くなって」
 床の布団から金髪が出てくる。あろうことかこちらに近づいて来ているので、私は枕を投げて応戦した。
「それ以上近づかないで!」
「あのなあ……お前よくそれであんなところで働こうと思ったよな」
 枕が投げ返される。金髪は私に背を向けて再び横になった。