優しくしないで02

 あくる日、約束の時間になっても借金取りは現れなかった。三十分は待ったけど、携帯に連絡すらない。
 おかしいと思ってこちらから連絡しようとしたら、金髪に止められた。バックレちまえばいいんだよと彼は言うが、借金取りの恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのだ。
「返さなかったらその分、利子が増える……」
「こねーのが悪いんじゃん。つーか返す金あんの?」
「ここに二十万円ある……」
「は!?」
「え、知ってたんじゃないの」
「知らねーよ。いつも読んでるわけじゃねーし、読んでても全部わかるわけじゃねーし」
「不便」
「不便で悪かったな。つーかその金……」
 いかにも疑っていますという顔だ。これはちゃんと私が他の金融機関から借りた分だから、疑われるようなことは何もない。
「自転車操業じゃねーか」
「だって……」
「あー……まあ、そうだよな。で、どうすんの」
「もうちょっと待つ。来なかったら、確か名刺があったから……」
 引き出しを開けるとすぐにそれは見つかった。興味があったのか、後ろから金髪が名刺を覗き込んでくる。
「……どんでん会!?」
「知ってるの?」
「知ってるっつーか……もうそこ潰れてるぜ」
「え、いつ? なんで?」
「まあ、そこは色々あったっつーか……」
 金髪はゴニョゴニョ言うだけで詳しいことは教えてくれなかった。ただ、こいつの言ってることが本当なら借金はどうなるのだろう。
 念のため名刺の連絡先にかけてみたが、電話は繋がらなかった。
 仕方なく私は他で借りた借金を返すことにした。どんでん会以外からの借金は、コンビニのATMからでも返済できるようになっている。便利な世の中だ。
 ATMにお札を吸い込ませると、すぐにスマホに入金の通知が来る。しかしまだ私の借金生活は終わらない。どんでん会以外からの借金は全部で残り五十万ほど。どんでん会のような恐ろしい取り立てはないからいいけれど、地道に返していくにはけっこう辛い金額だ。それに私はまだ、どんでん会が潰れたという実感が沸いていなかった。今から家に帰ったら、あいつらがいるんじゃないかとさえ思う。
 コンビニから出ると、金髪が片手でスマホをいじりながら立っているのが見えた。
「ちょっとついて来いよ」
「なんで……」
「いいから」
 無視したら家まで押しかけられそうだったから、ついて行くことにした。どこに行くのかと聞いても、金髪は教えてくれない。だが、途中ですぐにわかった。この道は、坂本商店へ続く道だ。
 商店に着くと、金髪は一人で中に入ってしまった。待たなきゃいけないのかな、これ……。
 商店のドアが開いたのがわかったが、私は気づかない振りをして下を向いていた。せめてもの抵抗である。
 ところが私は金髪の声にびっくりして顔を上げた。坂本さん、と金髪は言ったのだ。
「坂本さん」は私の想像と全然違っていた。というか、この人なら昨日店の外から見かけた。太っているせいか、伝説の殺し屋には見えない。
「あの……なに……?」
 坂本太郎がズイと突き出してきたのは緑色の布だった。仕方なく受け取って広げてみると、エプロンだとわかる。坂本太郎も同じものを着けているから、これが商店のユニフォームなのだろう。……いや、それでどうして私にエプロンを渡してくるのか。なんとなくこの後の展開を想像しつつも、それを受け入れたくない私が「何これ」と、とぼける。
「時給850円」
 坂本が言った。
「え、安っ」
「お前なあ! せっかく坂本さんが面倒見てくれるって言ってんのに」
「頼んでないし、給料安すぎて借金返せない」
「二階に泊まっていいし、あのアパート引き払っちまえば家賃も浮くだろ? 葵さんの作ったメシも美味いぜ」
「……親切すぎて逆に怪しい」
「あー……まあ、確かに疑うよな」
 エプロンを突き返したが坂本は受け取ろうとしない。埒が明かないから投げつけてやろうとしたところ、金髪が腕を掴んできて阻止される。
「条件飲めねーならそれでもいいけど、心配だから今日もお前んとこ泊まるわ」
「は!?」
「一人であの家いるの怖いんだろ?」
「勝手に読まないで!」
「いや読んでねーけど」
「……ぐ」
 馬鹿だ。墓穴を掘ってしまった。もう何を言っても悪循環な気がして私は逃げた。……そして思った通り、後ろから金髪がついてきている。っていうかこのエプロン、どうすればいいの。
 私は振り向かないようにしていたけど、金髪は普通に話しかけてくる。今から私の荷物を坂本商店まで運ぶつもりのようだ。もう引っ越しするという前提になっているのが恐ろしい。寝て目が覚めたら坂本商店だった、なんてこともありえるんじゃないか。そもそも金髪がどうしてこんなに構ってくるのか、理由が一つも思い当たらないところがまた怖い。
「金髪じゃなくてシンな」
「……聞いてないんですけど」
「金髪って呼ばれるほうの身にもなってみろよ」
「呼んでない」
「……あー、そうだっけ?」
 ああ、もう無視だ無視。全部聞こえないふりをして家までやり過ごそうとしたところ、急に腕を引かれる。なに、と振り向いて言いかけたところで、すぐ後ろをエンジン音が通り過ぎて行った。……もしかしたら、死んでたかも。想像したら胸元がぞわりと不快感に包まれた。
「危ねー」
 金髪は車が走り去ったほうを見ながら言った。
 さすがに感謝すべきな気もするが、こいつがついて来なければこんなことにはならなかったはずだ。お礼を言うのも悔しくて握られた手をキッと睨みつける。意外と大きな手だ。スジとか浮き出てるし、なんか男の人っぽいかも……。
「おーい大丈夫かー?」
 ハッとして顔を上げるとすぐ近くに金髪の顔があった。驚いて声も出ない。気づいたら手を振り払って、距離を取っていた。
「……っ読まないで!」
「だから読んでねえって」
「……」
「どーいたしまして」
「読まないでって言ったのに!」
「フリかと思ったわ」
「違う!」
「あー……俺が悪かったから早く行こうぜ」
 金髪は私を置いてスタスタと歩き出した。
 なんか「自分は大人です」みたいな態度がムカつく。気にかけてやってるって感じも嫌。悔しかったから「バカ」と心の中で言ってみた。これで心を読んでいないのが本当かどうか確かめてやろうと思ってのことだったが、金髪は無反応だった。
(本当に読んでないのかな……)
 私は他にもいろいろ悪口を試してみた。だが途中で効果がないと気づいて、方向性を変えてみたのだ。
(シンくんってちょっとかっこいいかも)
 もちろん本心ではない。頭の中でそういう文章を作ってみただけだ。まあ、これも反応はなかったわけだが。
 なんか私、一人で馬鹿みたいだ。にしてもシンくんって……。シンくん、シンさん……こんなやつ、シンで充分な気もする。
 そこで私は「あれ?」と気づいた。気づいてしまった。
(『金髪って呼ばれるほうの身にもなってみろよ』……?)
 一度も口に出して呼んでないのに、これじゃあまるで心が通じたみたいだ。やっぱりこいつ、読んでるじゃないか!
(うそつき)
 てっきり弁明でもしてくるかと思いきや、今回もまた無反応である。無視しとけばいいとでも思われているんだろうか。
「うそつき」
「……はあ?」
 シンは私のほうを見るなりぎょっとした顔つきになって、慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたんだよ」
「……読んで」
「はー……何なんだよ読むなっつったり読めっつったり」
「……」
 しばらく沈黙が続いた。今まさに読まれているのだろうか。そう思うとなんか緊張する。……これも伝わってたら嫌だな。
 シンは気まずそうな表情で私から目を逸らした。うそつきの意味は伝わったのだろう。
「言い訳にしかなんねーけど、たまに勝手にスイッチ入っちまうっつーか……。前に失敗して、そういうときは知らないふりしとけばいいかって……」
「知らないふりが下手」
「あー……、さっきのは俺も言ったあとでやっちまったなーって。とにかく、その……悪かったよ」
 なんだかシュンとしおらしくなっちゃって、気に食わない。こんなことされたら怒れないじゃないか。人の心が読めるって使い方によってはいろんなことができそうだけど、苦労も多かったのかもしれない。そう考えたら、事あるごとに「読むな」と詰め寄る私のほうが悪いことをしているような……?
 黙る私を前にシンは「まだ読んでいいのかよ」と聞いてくる。
「……読んでいいことにする」
「読んでいいことにする?」
「読まないでって言って読まれるとムカつくから、読んでいいことにする」
「お前それ、」
「もうこの話は終わり」
 私は走ってシンを追い越した。
 後ろから「サンキュ」と言われた。このときシンが私の心を読んでいたかどうかはわからない。もし読んでいたなら、私の本心がバレていたはずだ。……本当は読まれたくなんてない。何もかも筒抜けなんて怖いし嫌だ。
 普通ならそれで「サンキュ」にはならないのだろうけど、シンは今までの経験から知らないふりをしたのかもしれない。私には心を読む術なんてないから、シンの思うところはわからなかった。