優しくしないで06

 店長から茶封筒を受け取ったとき、私の手は震えていた。
 やっとこれで借金が返せる。ここまで長かったような、短かったような。約半年前に初めてこの店に足を踏み入れたときのことを私は思い出していた。
「あの、店長……すみません」
「何だ」
「私、最初は店長のこと殺すつもりで……」
 今となってはそれがいかに無謀だったかがわかる。あのとき私を止めたのはシンだったが、シンがいなくたって私は坂本太郎に指一本すら触れることができなかっただろう。何なら返り討ちにあっても仕方なかったはずなのに、私は今こうして坂本商店の一員となっている。今までの人生が嘘みたいに温かな気持ちになれた。
「行ってこい」
 店長が顎をしゃくったさきにはシンがいた。シンはいつもの調子で「行くぞー」と片手を振る。

 シンとコンビニのATMに行くのも今回が最後になる。コンビニが近づいて来るにつれ、私は借金とは別のことを考えるようになっていた。
(借金なくなったら告白してもいい?)
(いーよ)
 もはやアレは告白だったと言ってもいい。しかし約束通り、あらためて言わないとこの先には進めない気がする。どうしよう、入金したらすぐ言わなきゃいけないのかな。シンはどういうつもりなんだろう。あのやりとり以降もシンはそういった雰囲気を一切出してこなかった。だけどここまで来てNOを突きつけられるようなことはない……と思いたい。
 もしフラれたら、坂本商店で働き続けるのは気まずいなあ。
「今日、焼肉だってよ」
「へっ」
「完済祝い」
「ええー……嬉しい」
 焼肉……焼肉……。頭の中で単語はグルグル回っているけど、実際はそれどころではなかった。他にも何か会話をしたような気はするけど、思い出せない。上の空で歩いていればいつの間にかコンビニに到着していた。
 コンビニに入る寸前、後ろから腕を掴まれる。振り返れば、シンがわずかに頬を染めている。見た瞬間、私の心はパアッと晴れた。さっきまでの憂鬱な気持ちが一瞬で吹き飛ぶ。
「その……何も心配するようなこと、ねえから」
「っうん!」
 走り出そうとすると、後ろから呆れたような声で咎められる。いけない、店内では静かにしなきゃ。
 いつもは何ともないATMの動作が今日はじれったく感じられた。紙幣を入金してください。わかってる。確認ボタンを押してください。わかってる。
 ようやく出てきたレシートを握り締めて、私はシンのもとへ向かった。今までのお礼に肉まんでも奢ってあげようかと思ったけど、今から焼肉だし、どうせなら坂本商店で買いたいし。

 ……おかしいな。告白するはずだったのに言葉が出てこない。今なにか喋ったら、泣いてしまいそうだった。
 シンはそんな私の頭をポンポンと撫でた。堪え切れずに涙が落ちてきたのは、その振動のせいだ。
「なんで、借金なくなってからじゃないと、だめだったの?」
「いや、お前が言ったんだろ?」
「そう、だけど……」
「なんか弱み握ってるみてーじゃん」
「弱み……」
 わからなくはない。私はどうしても生活がかかっているから、下の立場になってしまう。実際には下の立場だったことなんてなかったと思うけど、シンは気にしていたのだろう。
 シンは両手で私の涙をぬぐった。
「泣き止めよー」
「面倒くさい?」
「意外と根に持つよな」
「……あのとき、シンに会えてよかった」
「おう」
「優しくしてくれて、嬉しかった」
 シンが目元をゆるめる。
「これからもずっと、優しくして……」
 こんな告白なんてナシかもしれない。だけど私が何を言おうと何を考えようと、シンは私の言いたいことをわかってくれるのだ。
 シンはフッと笑みを漏らして、私のことを抱きしめてきた。ここがコンビニの駐車場だとわかっているのだろうか。
「俺も好き」