幼馴染未満01

 勢羽夏生にとってなまえはやっかいな存在であった。
 家が隣で歳が近い。たったそれだけのことで、なまえはたびたび勢羽に絡んできた。
 一緒に遊ぼう。お泊り会をしよう。コンビニまでついてきて。それだけならまだ許せる。あろうことかなまえは、JCCの入学試験を受けると言い出した。理由を聞けば、「夏生くんが受けるから」と無邪気な顔で言う。殺し屋としての訓練を受けたこともないなまえだ。わざわざ死にに行くようなものだった。
 結果はもちろん不合格。勢羽がいなければ、確実になまえは死んでいた。向けられた殺意にも気づかず、罠があれば吸い寄せられたように引っかかる。何度助けたか、途中で数えるのが面倒になるほどの惨事だった。しかし当人に助けられた自覚があったのかどうかは怪しい。試験結果が郵送されてきたとき、彼女はこんなことを言っていたのだ。
「落ちちゃった。夏生くんだけ合格しててずるい」
 まだ受かる気でいたのかと、心の底から呆れた。ずるいも何も、これが実力の差なのだ。

「夏生くんがいなくなると寂しい」
 家を発つとき、どこから聞きつけたのか(おそらく真冬の仕業だろう)なまえは勢羽の見送りにやって来た。今にも泣きそうな目で
「ラインするから返してね」
 と言われた。あれから四年経つが、勢羽は一度も返事をしていない。
 休暇で実家に帰ったときも、勢羽はなまえと顔を合わせなかった。最初のうちは「なんで帰ってきてるって教えてくれなかったの」とお叱りのメールが届いていたが、二年ほどでそれもなくなった。そういえば真冬から「なまえがウザいんだけど」と連絡が来たこともあった。返事はしたような気がするが、何と言ったかまでは覚えていない。

 勢羽はJCCに通う傍ら、アルバイトをしていた。許可証をとってまで働こうとする理由は簡単、老後のための貯蓄を増やすためである。
 あからさまに時給のいいバイトはそれなりの危険もある。今回のバイト先なんてまさにそうだ。指定された場所に行った勢羽を出迎えたのは、トナカイの被り物をした男だった。
 トナカイ野郎は鹿島と名乗った。鹿島の属する殺し屋集団は、革新的な殺しの道具を研究するためとある科学研究施設を占領したそうだ。そこで勢羽には研究員の監視をしてほしいという。これは勢羽にとって思ったよりも悪くない話であった。
 勢羽はJCCの武器製造科に通っている。未知の研究に興味が沸かないわけがなかった。しかし鹿島にそのことは話していない。こんな怪しい集団に個人情報をホイホイ渡してたまるものか。
 形ばかりの面接を終え、勢羽はラボに案内された。そしてここに来て、一番の大誤算。なぜかなまえがいたのだ。
 いつの間にか殺し屋になっていたというわけでもなさそうだ。思わず「は?」と声を出してしまった勢羽に彼女も気づいたらしく、ばっちりと目が合う。なまえはしばらく目を丸くして固まっていたが、次にムッと眉を寄せて背中を向けてきた。うわスカート短け~。

「いっこ質問いいすか」
 仕事内容について一通りの説明が終わったあと、勢羽は上司である田中に話しかけた。
「ん?」
「なんか明らかに弱そうなのが一人いませんでした?」
「あ~、あの子は裏方っていうか事務? パソコンで監視カメラの映像の処理とかやってるみたい」
「はあ」
 それで、なんでまたここに。ヤバイところに足を突っ込んでいる自覚があるかわかったもんじゃない。
「すみませんトイレ行ってきます」
「場所わかる~? 案内しようか?」
「わかるんで大丈夫です」

 トイレの個室に入った勢羽はスマホでなまえとのトーク画面を開いた。一切返事をしていないから、履歴はなまえからのメッセージで埋まっている。次はいつ帰ってくる? なんで返事してくれないの。ねえ、久しぶりに会いたいよ。夏生くんのバカ。
 ここに文字を入力するとしたら、何が最適だろう。勢羽は先ほどのなまえの姿を思い浮かべた。約四年ぶりということもあって、身長が伸びていた。いや、それより……。
(なに無視してんだよ。なまえのくせに)
 勢羽はトーク画面を閉じた。なまえがここにいるのは自己責任であり、勢羽とは何も関係がないことなのだ。

***

 私には勢羽夏生くんという幼馴染がいる。たまたま家が近くて、親同士も仲が良かった。そのため家の行き来はしょっちゅうで、特に小さいころは一緒にまとめてご飯を食べさせられていた。私は夏生くんのことも弟の真冬くんのことも大好きだった。だけど歳を重ねるにつれ、一緒に何かすることは減っていった。そしていつからか夏生くんは私のことを完全に無視するようになっていた。

「ねえ真冬くん、夏生くんから連絡とかあった?」
「いやそんな頻繁に連絡してねーし」
「全然返事こない」
「あー……JCCって忙しいんじゃね?」
「そうだよね……」

「夏生くん帰ってきてたって本当?」
「まあ……」
「……なんで教えてくれなかったの?」
「いや急だったし……。っていうかなまえは家族と旅行だったじゃん」
「そうだけど、夏生くん帰ってくるって知ってたら……。いや、ごめん。やっぱりいい」

 どこかのタイミングで悲しさが怒りに変化した。それから夏生くんに連絡することはやめて、もしかしたらもう二度と会わないのかもしれないと思っていた。しかし、意外なところで再会の機会は訪れた。

 私は今、尾九旅科学博物館の地下にいる。その実態はSNSでたまたま見かけた高収入のバイトにダメ元で応募してみたら、受かってしまったのだ。入り口は普通の博物館だったのに、地下に降りた途端に雰囲気が変わった。一言で言うと、なんか怪しいことをやっていそうな施設だ。最初に私を出迎えた動物の被り物をした男を見た時点で帰ればよかったのに、断ることができなかった。だって変な人が家までつけてきたら怖いし、なんか殺されちゃいそうな空気だったし。
 地下で私が命じられた仕事は監視カメラのデータ整理を始めとした事務処理だった。変な薬を飲めとか言われなかったことにホッとしつつ、私は仕事を開始した。まずはカメラのデータを六時間ごとに別ファイルとして区切り、ファイルの名前を日付と時間に変更していけばいいらしい。なんか上手いことやったら自動化できそうな気もしたけど、私にはそこまでの知識がないので言われた通りにやっている。この他にも、エクセルで謎の表やグラフを作った。思っていたより普通だけど、この数値が何を示しているのかは聞かないことにしている。
 そして、バイトを始めて三回目の出勤。私は夏生くんに再会した。
 変な職場かもしれないという不安の中で、幼馴染に会えた。本当ならすぐにでも駆け寄りたかったけれど、そのときふと今までされた仕打ちを思い出したのだ。こんな場所にいるせいで忘れかけていた。私と彼はすでに他人なのである。