打倒・勢羽夏生01
ああ憎き勢羽夏生。今日もヤツが溶接する音を聞きながら、なまえは打倒・勢羽夏生を誓うのだった。
勢羽夏生と聞いて最初にJCC生が思い浮かべるのは、「武器製造科の主席で、ヨツムラ賞を取った人」であろう。そう、彼は優秀なのである。彼が作った透明スーツには武器科の教授たちもご満悦だった。……悔しい。悔しい悔しい! 彼の透明スーツの前ではなまえの作った火炎放射器なんてガラクタ同然だった。
彼がただの天才であるなら、なまえも諦めがついたかもしれない。しかし違うのだ。勢羽夏生は誰よりも早く工房に来て、一番最後まで残って武器制作に励んでいる。彼が作った失敗品は数えきれないほどだ。それで要領がよくて、先輩にも可愛がられていて……一言で言うならめっちゃムカつく。
嫉妬する暇があったらまずは勢羽夏生のように努力してみろと、それは最初になまえも考えた。それでヤツと同じように朝から晩まで工房に籠って作業していた時期があったのだが、集中力が続かず出力電圧を間違えて事故一歩手前の騒ぎを起こしたのだ。そして、これは本当に思い出すだけではらわたが煮えくり返りそうになるのだが、そのときなまえを助けたのが勢羽夏生であった。
「っぶねー。工房爆発させる気かよ」
「……ごめん」
武器科の工房には危険物が多い。なまえが起こした爆発によって引火した試作品の数々を勢羽夏生は一瞬で凍らせた。その名も高密度液体窒素爆弾。爆弾の威力も彼の瞬時の判断力も実に見事であった。
「ウデ大丈夫か?」
「……まあ、繋がってる」
爆発を一番近くで受けたのはなまえ自身だ。破れた手袋の隙間で皮がベロンとめくれてしばらく細かな作業はできそうにない。しかし身体の一部も吹っ飛ばなかっただけまだマシというものである。かつて武器科には製作中の事故で命を落とした生徒だっているのだ。
「つーか休憩もしねーで作業してたらそりゃ事故るだろ」
「……」
だってもう、がむしゃらにやるくらいしか方法がなかったから。でもそれを勢羽本人に言うのは気が引けたので、なまえは黙っていた。「片付けとくから保健室行って来いよ」呆れているのか心配されているのかもよくわからない。
癪だが、手の痛みはもうどうしようもなかったのでこの場は彼にお願いすることにした。というか、この手ではまともに片付けすらできそうにない。
しかし立ち上がろうとした途端、右足に痛みが走った。手の痛みで気づかなかったけれど、こちらもそれなりの怪我だったのだ。
「あっ」
ちょうど電線が散らかっていたのもあって、なまえは足を取られてしまった。このままでは液体窒素に突っ込んでしまう。ギュッと目をつぶると、脇の下から支えられた。
勢羽が支えてくれたおかげで第二の惨事は防がれた。ゆっくり目を開くと、ポカンとした顔の勢羽と目が合った。そして彼の視線は下へ、なまえの胸元のほうへと下りていった。
「え、お前……女なの?」
「……えっ?」
何を今更。……最初はふざけているのかと思ったけれど、どうやら本気のようだった。
「っていうか手……」
不可抗力とはいえ、いつまでも胸を触られるのはいい気がしない。しかし勢羽が手を離すと、足がフラついた。
大きなため息をつかれた。いかにも「面倒くさい」という顔だ。そのくせ膝下に腕を差し込んでくるのだから、びっくりするじゃないか。
「ひっ」
「変な声出すなよ」
「……出してない」
ヒョイと持ち上げられて、そのまま保健室に運ばれるのかと思っていたら、なまえは台車の上に乗せられた。よくゴミ捨てとかで使っているやつだ。
「え、ちょっと」
「保健室まで抱えるとか無理」
ゴロゴロと台車が動き出す。振動のせいでおしりが痛かった。
「……なんで男だと思ったの?」
「は? 隠してんじゃねーの?」
「え、全然」
確かに武器科の上着を着たら体型は誤魔化せるけど、なまえとしては普通に過ごしていたつもりだった。それで男に間違えられるってつまりどういうことだ。
「他に女って気づいてるやついねーだろ~」
「失礼じゃない!?」
「ブキ科に女がいないって先入観すげーなー」
「なんか納得いかない。勢羽以外は私が女だって知ってる……と思う」
「あいつら女子の前だと挙動不審になるからなー」
……確かに。そのせいで毒殺科の女の子たちの餌食になっているのをよく見かける気がする。いや、でも……さすがに同じ科なんだし、最初に自己紹介だってしたはずだし……。
考えていたら台車から転げ落ちそうになってしまった。
「もうちょっとゆっくり曲がってよ」
「感謝の気持ちが足りねー」
「……アリガトウゴザイマス」
ああ、どうしてよりにもよって勢羽夏生にこんなことを。借りたままでは気が済まない。今度お菓子でも買ってあげたら忘れてくれるだろうか。
保健室に着くと、勢羽はなまえをベッドに座らせてすぐに行ってしまった。全く心のこもってない「お大事に」は、もはや嫌味だ。……これでまた、勢羽との差が広がってしまう。
先生が言うには、少なくとも一週間は安静にしておいたほうがいいということだった。一週間もあれば、勢羽なら二作品くらいは仕上げてしまうだろう。その二作品のうちに透明スーツを超えるようなものがあるかもしれない。なまえの焦りは募るばかりだった。
せめてアイディアだけでも貯めておかないと。治療の終わった保健室のベッドで一人寝転びながらアレコレ考えているけど、びっくりするくらい何も思い浮かばない。せめて一度でいいから勢羽のヤローをぎゃふんと言わせてやりたいのに、逆に助けられてしまうなんて。
「うぅ~……!」
なんだか情けなくて涙まで出てきた。誰もいないのをいいことに、なまえは声を上げて泣いた。久しぶりにこんな泣き方をしたから、歯止めが利かなくなってしまう。
「そんな痛てーの?」
「……!?」
こんなのびっくりして涙も止まる。いつの間にか勢羽夏生がベッドを見下ろすように立っていたのだ。
「え、いつ入ってきた?」
「今」
「なんで気配消してんの!」
「保健室じゃ静かにするだろ」
もっともらしいことを言われて、なまえは反論できなくなった。身体を丸めてぐちゃぐちゃになった顔を膝で拭う。手はあまり動かすなと言われているのだ。
「片付け終わったぜ」
「……アリガトウゴザイマス」
「あー疲れたな―」
こんな状態のなまえに、一体何を要求しようというのか。全く心から感謝してないというわけではなかったけど、腹が立つのは間違いない。なまえは寝返りを打って勢羽に背を向けた。
「じゃあそっちのベッドで寝たら?」
そう言えば、背後でゴソゴソと布の擦れる音がする。まさか本気で寝るつもりなのか。振り返って目が合ったら気まずいどころじゃないので、なまえはしばらくじっとしていた。
保健室は静かだった。今日に限って怪我人が運び込まれてくることもなければ、サボりの生徒も訪れてこない。何が楽しくて勢羽の隣のベッドで寝なければならないのか。しかも二人きり。普通に考えて、寮に戻るべきだ。どうせ保健室に泊まることはできないのだから、うん、そうしよう。
起き上がると、ヘッドホンをつけた勢羽が目を閉じているのが見えた。気づかれないよう静かにドアを開け閉めして、なまえは女子寮を目指した。
思っていたより歩くのがつらい。女子寮がものすごく遠くに感じる。少し歩いては休憩して、ようやくあと半分というところだった。
「こういうとき要領の良さが出るんだよな~」
もう振り向かなくたって誰だかわかる。なまえは無視して歩き続けた。
勢羽夏生だったらこういうとき、先輩を頼るのだろう。可愛がられている彼だから、きっと誰かが手を貸してくれる。しかしなまえには、頼れる顔が一人も思い浮かばない。
そもそも武器科に女子が少ないのが悪いのだ。研究生まで行くのは武器科の生徒ばかりだから、他の科の友達はもうみんな卒業してしまった。後輩に知り合いがいないこともないけれど、わざわざ肩を貸してもらうためだけに連絡する気にはなれない。
「……ちょっと!」
勢羽は無言だった。なまえを抱きかかえた彼は、偶然なのか女子寮の方向へ進んでいる。
「降ろしてよ」
「人がせっかく運んでやってんのに何だよその態度」
「頼んでない……し、そんな時間かかんないし」
「あー……いいからじっとしてろ」
思っていたのと違う返答だった。意地を張っている自分に気づいて恥ずかしくなる。せめて揺れないようにと彼の胸元に頭を寄せた。
彼の上着からは少し焦げ臭いにおいがした。しかもよく見たらこれ、例の透明スーツだ。何かなと思って顔を近づけると、
「はあ?」
この不機嫌そうな顔である。
「なんか焦がした?」
「嗅ぐなよ」
「だって、におうし……」
「俺がくせーみたいな言い方しやがって」
「くさくはないけど……。私のせいでなんかまた爆発しちゃったのかなと思ったから……」
「ああ、いや別件」
「そう……。なんで透明スーツ着てるの?」
「掃除してたら上着汚れた」
「……ごめん」
「さっき聞いた」
寮の入り口に着くと、なまえはそっと地面に降ろされた。
「ここからは自分で歩けよ~」
「わかってる」
恥ずかしかったから無理して大股で歩いた。そして三歩進んだところで、ここまで運んでもらった礼くらいは言っておくかと後ろを振り返る。
「……あれ?」
勢羽はすでにいなくなっていた。ここは開けた道だしそんなすぐに姿が見えなくなるようなことはないはずなんだけど。よほど急いでいたのだとしたら、悪いことをしてしまった……と思いきや。
――いやいやいや、めっちゃ人の気配するんですけど。
ああそのための透明スーツね、となまえは理解した。しかし振り返ったところで話すようなこともないし、気づかない振りをしておく。手こずりながらもなんとか部屋の鍵を開けて、中に入った。
ドアを閉めたらさすがに人の気配はしなくなった。「勢羽」と口に出してみたけれど、もちろん返事はない。最後まで腹の立つ男だ。どうして男って泣くといきなり優しくなるんだろう。……いやそれは女も同じか。