打倒・勢羽夏生02
寝て、目が覚めても痛みが続いていたので丸一日作業を休んだ。さすがに二日もじっとしていられなくて工房に行けば、勢羽夏生に呆れた顔で出迎えられた。
「もう来たのかよ」
「細かい作業は無理だけど、図面引くくらいならできるし」
「へー」
自分で聞いていたくせに、どうでもよさそうに返事をしてくる。喧嘩売ってんのかコイツ。
もういい。無視だ無視。
なまえが勢羽の横を通り抜けようとすると、彼はわざとらしく前に立ちふさがってきた。そしてすぐそばにいた先輩の一人に声を掛ける。
「先輩、コイツ女って知ってました?」
(は!?)
なんでいきなりその話、という気持ちだ。勢羽としては一昨日からずっと気になっていたのかもしれないが、そういうのは本人のいないところでこっそり話してほしい。……それはそれでムカつく気もするけど「男だと思ってた」と正面切って言われるよりはマシである。そう、なまえはすっかり自信を失くしていた。
……ところが勝利の女神は、なまえに微笑んだ。
「ナツキお前なまえのこと男だと思ってたのか?」
「え」
これには勢羽も面食らったようだ。フン、ざまあみろ。
「先輩って女子とも普通に喋れたんすねー」
「誰が女子耐性ゼロだって?」
「いやそこまでは。まあ毒殺科の女子に毒入りチョコもらって挙動不審になってたのは見ましたけど」
「お前それここにいるほとんどがダメージ受けるやつだからな」
「あー、そういやこの前……「お前ちょっと黙れ!」
心当たりのありそうな数人が勢羽のもとに駆け寄って話を遮る。先輩たちは勢羽となまえをチラッと見比べた。
「女子っつーかなまえはなまえだよな」
若干貶されているような気がしなくもないが、今さら意識されたいわけでもないので流すことにした。勢羽だけがまだ、不服そうな目でなまえのことを見ている。
「お前ちょっとこっち来い」
勢羽の手はなまえの腕を掴む寸前のところで止まった。怪我には一応の配慮があるようだ。
「なに?」
「実験」
「……嫌」
「誰かさんのせいで作業に遅れ出てんだよなー」
やっぱり助けを求めてはいけない人だったのだ。今のなまえはまるで、悪魔に魂を売ってしまった哀れな子羊。そして誰も助けようとはしてくれない。
勢羽はダンボールいっぱいの試作品を持って工房を出ていった。なまえもしぶしぶと後を追う。二人が向かった先は武器科が実験室として使用している教室だ。
「まずはこれな」
なまえの靴に勢羽が装置を取り付ける。カチッとボタンを押すような音がした。
「で、どうなるの?」
「走ったりジャンプしたりするとバネが作用して普段よりも軽い力で動ける」
「ふーん……?」
いきなり全速力は怖いから、まずは試しに歩いてみることにした。軽く地面を蹴るように意識する。しかし明らかに強すぎる力が掛かっているのがわかった。なまえの身体は宙に浮かされる。
「お前わざと?」
「なわけないでしょ!」
勢いあまって勢羽の胸に飛び込んでしまった。明らかに勢羽の道具が悪いのに、わざとやったのかと聞いてくるなんて性格が悪すぎる。
「……ちょっと離してよ」
いつまでもぎゅっと抱きしめられているのは落ち着かない。恥ずかしくなってなまえはモゾモゾと身をよじった。
「たぶん電源切らねーと着地の衝撃でまた吹っ飛ぶ」
「げ」
「出力高すぎたな―。そのまま足浮かせとけよ」
そう言って勢羽は、なまえをゆっくりと床に寝かせた。ピンと伸ばした足先から装置が取り外されると、なまえは床の上で大の字になった。
「もう危ないのはやだ」
「今のはまだマシなほうだろ」
「私、怪我人だからね?」
「次~」
話を聞け!
なまえがむくりと起き上がると、今度は大きめの装置が箱から出てきた。なまえの腕や足にベルトが装着される。
「……これは?」
「パワースーツみたいなもん」
「へえ~」
試しに何か持ち上げてみろと言うので、なまえは勢羽の腰に手を当てた。驚くくらいスッと持ち上がる。これは成功なんじゃないだろうか。
しかし当の勢羽は持ち上げられたことに対して不満そうだった。なんで俺、とか思っているのだろう。それは「死なばもろとも」というやつだ。
下ろすときも特に問題なくスーツは作動した。ただ問題点もある。
「動きづらい。関節があんまり回らないし、今のままだと戦いには使えなさそう」
「参考にしとく」
「……介護現場なら活躍しそうだけど」
「どういう励ましだよ」
「励ましてるわけじゃなくて思ったから言っただけ。さっきのやつも上手く使えば足悪くした人とか……」
(あれ?)
そういえば今日は補助系の道具ばかりだ。いや、さすがに考えすぎだろうか。どっちみちこの手じゃナイフや銃は使えない。何にせよもう少し判断材料が欲しいところだ。
「次はなに?」
勢羽はグローブのようなものを差し出してきた。手の片方分しかないみたいだ。そして手の甲側の指先部分に、小さなリングがついている。
なまえがグローブをはめると、勢羽はリングに鉛筆を差し込んだ。ネジを閉めれば鉛筆はしっかりと固定される。
「え、何?」
「製図用グローブ。握らなくても書ける」
「……いや」
(いやいやいや。なんでそんなモン作ったのよ)
「誰が使うの」
「俺」
即答であった。しかしこれは異議アリだ。
「…………くれないの?」
「……手が治るまでなら貸してやってもいいけど」
「じゃあ借りとく……」
なんだ、ちょっとはいいところもあるじゃないか。グローブのおかげでこの一週間だけは勢羽に対して穏やかな気持ちで過ごせた。しかしなまえの怪我が治るとすぐに勢羽は本性を現してきたのだ。
なまえは散々迷惑を掛けたお詫びとして、ちょっと高めのクッキー缶を買って勢羽に渡した。
クッキー缶は最高だ。食べたらおいしいし、缶は溶かせば再利用できる。缶は溶かすのがもったいないくらいかわいいデザインをしているけれど、勢羽にとってはただの金属の塊にしかならないだろう。これを渡してこれまでの件はチャラ。完璧な作戦だ。しかし――。
「なんか甘いモン食ったら塩気が欲しくなるな~。そういやまだ昼、食ってねーんだよな~」
もしかして卒業するまで勢羽に恐喝されるのでは。これじゃあ打倒・勢羽夏生どころではない。わなわなと震えるなまえをよそに、勢羽はさっそく食堂へ向かおうとしている。なまえは涙目で財布の中身を確認してから、すぐに勢羽を追いかけた。……ちなみに例のグローブは、特に催促もなかったので返していない。