はよ気づけ01
長い金髪に派手なシャツ、おまけに額から血を流して、どう見てもその辺のチンピラを連れてきたようにしか見えなかった。ところが四ツ村さんはこのチンピラをORDERにすると言うのだ。
「こいつの面倒見てやってくれ」
「え!」と不満を口に出したのが私。声には出さないが、明らかに不服そうな顔をしたのがチンピラである。そうして四ツ村さんは忙しいからと、私とチンピラをこの狭い医務室に二人きりにした。
「……とりあえずその血、なんとかしたら?」
棚から出した傷用のパッドを机の上に置く。チンピラはそれをちらっと見て、ふてぶてしくも処置用の椅子に座った。
「アンタの仕事ちゃうん?」
「そのくらい一人でできなきゃ」
「別に俺はこのままでも平気やし」
生意気。だけどまあ、かわいいの範囲だ。こういう男はからかいたくなってしまう。それにここで余裕を見せておかないと後々ナメられてしまいそうだ。
「お姉さんに手当してもらいたいんだ~?」
「は、アホらし」
チンピラは立ち上がって入り口のドアを開けた。
「どこ行くの?」
「血ィ洗い流してくるだけや」
「ちょっと待ってよ!」
これで逃げられでもしたら私があとで四ツ村さんに怒られてしまう。実際この男が本気で逃げようとしたら、私が止めたところで何の意味もないのだが。だって私は殺連に勤めてはいるけれど、殺し屋でもなんでもないのだ。
医務室を出てすぐのところにトイレがある。チンピラはそこで傷口を洗い流していた。適当そうに見えて意外と丁寧にやっている。別に逃げる気はなかったらしい。
私が医務室に戻ると、後を追うように彼も入ってきた。
「これでええやろ」
「うん、完璧」
さっきの傷用パッドを開けて額にぺたりと貼ってやる。
「最低五日、はがしちゃだめだよ」
「自分でやれ言うてたやん」
「してあげたくなっちゃった」
「……アンタも殺し屋?」
「そうは見えないって?」
「まあ……せやな」
「コネ入社だからね~」
「……そんなん言うたら俺かてコネや」
「どっちかって言うとスカウトじゃない?」
チンピラは大きなため息をついた。たった数分でもわかる。この人、実は優しいんだ。見た目は本当にただのチンピラだけど。
「気を使ってくれたんでしょ、ありがと。でも私、気にしてないよ」
「……何なん」
「ねえ、名前教えてよ」
「神々廻」
「いい名前~」
「適当やな」
神々廻がそう言ったところで私のスマホが鳴った。送り主は四ツ村さんで、私のこれからの仕事がリストアップされていた。まずは……
「神々廻って二種免許持ってる? 車じゃなくて殺しのほうね」
「持ってたらこんなことなってへんわ」
「それもそうか」
殺し屋ライセンスは二種類あり、一種免許だとアマチュア……年間殺人可能数やターゲット、任務形態が大幅に制限される。四ツ村さんが連れてきたのだから、その程度レベルで許されるはずがない。四ツ村さんの要求では、三カ月以内に二種免許を取らせるようにということだった。
「そうは言うても俺、関学中退やから受験資格ないで。一種も持ってへんしな」
「嘘ぉ」
四ツ村さん、無茶ぶりにもほどがある。だけど「わかりました」と返事をするしかない。
今から二種免許を取るには、まず一種を取って仕事で実績を作り、それから二種受験資格のための講習や試験を受けたりと、なんやかんや最低でも三カ月はかかる。つまり最短でやれと四ツ村さんは言っているのだ。
……でも、神々廻の実力的に無理な話ではないのかも。四ツ村さんは、できないことをやれと言うような人ではない。
「一種の試験が来週あるからまずはそれに合格して。手続きはこっちで済ませておくから」
「えらい簡単に言うんやな」
「一種くらい簡単に受かってくれないと困るの。はい、これ宿題ね」
神々廻の前に筆記試験対策のテキスト三冊積む。なぜこんなものが医務室にあるかというと、実はこれが初めてではないからだ。プロの殺し屋は幼少期から訓練を受けていた人が多いらしいけど、そうでない人も珍しくない程度に存在している。神々廻のように養成学校を中退した人だって、実力次第では上に行けるのだ。
一種の筆記試験自体はそんなに難しくはないけど、全くの無対策では心もとない。実際のところ三冊は多いと思うが念のため。神々廻は一番上のテキストをぺらりとめくってため息をついた。
「なんでこの歳になって勉強なんかせなあかんねん」
「いくつになっても勉強はしていいの!」
「……ちゅうか先に仮免やなかった?」
「仮免は殺連権限で即発行できます」
「そらよかった。そんで二種の受験資格はどうすんの」
「実はね……プロの推薦ありきなんだけど、意外とどうにかなるの。結構お金はとられるけどね」
「結局カネかい」
「そ。落ちたら自腹だから頑張って」
「ハァ……やっぱあんなおっさんについてきたんが間違いやったわ」
神々廻は奥のベッドに座って足を組んだ。……なぜ。
テキストをめくっているから、一応勉強する気はあるようだ。しかしここで勉強しろという話でもない。試験に合格さえしてくれれば今日のところは帰ってくれたって構わないのだが……。
でも、せっかく勉強しているところに出て行けと言うのも気が引ける。どうせ名ばかりの医務室だから(現場で怪我をした人が手当もせずここまで来る理由がない)邪魔にはならないし、もし誰かが来たとしても備品を持っていくだけだから構わないのだけど……。
静かな時間だった。たまに紙をめくる音が聞こえて、私は彼の邪魔をしないようにスマホに指を滑らせていた。見ていたのは連盟員がやっている仕立て屋のサイトだ。ORDERになるのなら、それなりの格好をしてもらわないと。任せると言われたのだから、ちょっぴり私好みに仕上げたってバチは当たらないはずだ。
「神々廻、ちょっとそこ立ってみて」
「は、なに?」
と言いながらもちゃんと立ってくれる。パシャリと写真を撮れば、彼の眉間に皺が刻まれた。
「スーツをオーダーするのに必要なの。後ろ向いて腕広げて」
「ん」
「もっと背筋伸ばして!」
「……ハァ」
「ありがと、もういいよ」
神々廻は乱暴にベッドに座って再びテキストを広げた。そして視線はテキストに向けたまま口を開く。
「アンタ暇なん?」
「今日はまだ忙しいほう」
「そら羨ましいことで」
たいした興味もなかったらしく、またも室内は静かになった。彼が勉強している間に私は試験の申込手続きや備品の発注を済ませ、一足先に二種試験の参考書の内容を確認することにした。
もともと私は医務室で時間を持て余していたのだけど、ここに来て一カ月もしたころ、四ツ村さんにコネ入社の暇人であるとバレてしまった。そのときから今回のような頼まれごとはちょくちょく発生している。たぶん断っても給料は貰えるけど、断らないのは文字通り暇だからだ。それなら毎日わざわざ医務室に出勤しなくてもいいんじゃないかと思うけど、無人だと悪さをする人がいるからということで、この場を放棄することは許されなかった。殺し屋がその気になれば私なんてどうとでもできるはずだから、いてもいなくても意味ないような気もするけど……。一応、今のところ平和そのものだ。もしかしたらコネ入社の噂が私を守ってくれているのかもしれない。まあまあ暇だしたまに怖い人も来るけど、給料はいいからやめたいとは思わない。
参考書を読み終えたのは定時のニ十分前だった。途中から神々廻がいることも忘れて没頭していたけど、特に神々廻にも変わった様子はない。というか、ずっと真面目に勉強してたのえらいな。こんな素直にいうことを聞かれたら、もっとかわいがってあげたくなってしまう。
「そろそろここ閉めるよ」
「……あー、」
神々廻は首の骨をゴキッと鳴らした。
「チョコ食べる?」
「いらん」
「一粒千円だよ」
「……じゃあもらう」
「ふふっ」
「どんな味すんのか気になっただけや」
高級チョコも神々廻にかかればただのチョコになる。何のありがたみもなくひょいと口に入れられたそれは、じっくり口の中で溶かされることもなく噛み砕かれた。
「よーわからん」
「もう、味わう気もなかったくせに」
神々廻は私が机や棚の鍵を閉めるところをじっと見ていた。もしかして帰っていいのかわからないのかもしれない。
「もう帰っていいんだよ?」
「……ほなまた」
ガラガラと音を立てて戸が閉まる。神々廻が三冊ともテキストを置いていっているのはわかっていたけど、私は何も言わなかった。
次の日、神々廻は姿を見せなかった。来いとも言っていないし、試験に受かってくれるのであれば自由にしてくれて構わない。テキストを読んでもう大丈夫だと判断したのなら、必要以上の勉強は時間の無駄だ。
神々廻の連絡先は四ツ村さんにメールで聞いた。試験の日程と集合場所を伝えて、今日も暇な医務室の管理人をこなす。そういえば酔い止めを常備薬に入れてほしいと要望があったから、申請をしておかなければ。
その次の日、意外なことに神々廻は朝からやってきた。この前と同じようにベッドに座ってテキストを読んでいる。
「どう? 合格できそう?」
「そもそも何割で合格なん」
「九割だよ。テキストの最初に書いてある」
「問題文しか読んでへんかったわ。意外にちゃんとせなあかんのやな」
「でも問題自体は簡単でしょ?」
「……こんな引っ掛けいらんやろっちゅーのが何個かあった」
「それはテキスト買って勉強してほしいからね~」
「また金かい」
神々廻はテキストを閉じてベッドに寝ころんだ。ちゃんと靴は脱いでいる。
ほぼ私が休憩時間に昼寝するためにしか使われていないベッドだ。きちんとシーツは交換しているはずだけど、妙に緊張した。
神々廻は仰向けのまま顔だけこちらに向けた。
「……そういや武器ってそっちで買うてもらえんの?」
「殺連のマイページから申請できるよ。事前でも事後でも」
「あー、あのID」
さっそくマイページにアクセスしているようだ。「古臭いデザインやな」とか、いちいち文句が多い。
「お菓子食べる?」
「それ経費なん?」
「まさか。あ、でもこないだのチョコはね、期間限定のやつで、いつもあんな高いの食べてるわけじゃ……」
「別に何も言うてへんやん」
「そうだけど……」
「顔赤いで」
「そんなこと言ってたらクッキーあげないからね」
「ええよ別にいらんし」
「コーヒーは?」
「飲む」
「……もう」
コーヒーと、一応クッキーを添えて出したら普通に食べているから憎らしい。もう完全にナメられている。殺し屋としての先輩ではないから、仕方ないことだとは思うけど。
「神々廻は何が好きなの?」
「あー……ラーメンとか」
「甘いものは?」
「嫌いやないけど」
「……じゃあ来週の試験に合格したらラーメンご馳走してあげる!」
「ありがとうございます。領収書持ってきたらええですか?」
「……」
言い返せない私を見た神々廻は満足そうな顔をして医務室を出て行った。そうして次に神々廻に会ったのは、彼が一種免許を取ってからだった。今のところラーメン一人分の領収書はつきつけられていないけど、本当にやりそうだから油断ならない。