はよ気づけ02
一種免許を得た神々廻は順調に任務をこなしているようだった。このままだとすぐに年間殺人可能数に達してしまいそうだ。次は二種受験資格のための講習を受けてもらわなければいけないのだが、何としてもその前に神々廻に渡しておかなければならないものがあった。オーダーメイドのスーツである。
「まだちょっと初々しいね」
だけどそれもかわいい。
メッセージ一つで呼び出された神々廻は意外と素直に医務室までやってきて、私に言われた通りスーツに着替えてくれた。サイズはちょうどよさそうだけど、着られている感じがする。
「すぐ四ツ村さんみたいにスーツの似合う男になれるよ」
「いや別になりたないねん」
「サイズはどう?」
「ええんちゃう」
「じゃあ同じサイズであと何着か注文しとく。講習はそれ着て行ってね」
「スーツやないとあかんの?」
「そういう規定はないけど……」
神々廻が脱いだ派手なシャツをちらりと見る。やっぱりどう見てもその辺のチンピラにしか見えない。スーツを着たからといってチンピラから完全に脱却できたわけではないが。
「そうだ、髪は下ろしたらどうかな?」
「邪魔」
「そっかあ……。それじゃ次も頑張ってね」
神々廻は壁時計をチラッと見た。そして次に窓、それから私へと視線が移る。
「ラーメン行こうや」
少し意外だった。ご馳走するという話を覚えていたのか、本当にたまたまラーメンの気分だったのか、それにしたって私を誘うような人じゃないと思っていたのだ。だけど嬉しい。チャーハンでも餃子でも味玉でも、なんでも好きなものを頼んでいいと言うつもりだ。しかし一つだけ心配なことがある……。
「……ごめん、先にお金下ろしてきてもいい?」
私の財布には今、三千円しか入っていない。普通に足りる気もするけどギリギリ足りないような気もする微妙なところだ。少なくとも、好きなもの頼んでいいよと胸を張れる金額じゃないのは確かである。まだ三千円もあるし大丈夫と思っていたさっきまでの私に言ってやりたい。社会人ならそれなりの金額を財布に入れておけ、と。
じとりとした視線に、中途半端に開かれた口。どこからどう見ても神々廻は呆れていた。「は?」という声が今にも聞こえてきそうである。微かに残っていた年上の威厳というものが、この瞬間ゼロになった気がした。
「……俺が出す」
「あ、いや三千円はあるから自分の分は払えるよ!」
「黙って奢られとけや」
「……はい」
どうしてこんなことになってしまったんだろう。本当なら私がご馳走するはずだったのに……。
神々廻はスーツを脱いであの派手なシャツに着替えていた。まあ、ラーメンは汁が飛ぶからね。スーツ姿のほうが好きだけど、こればかりは仕方ない。
殺連の近くにはいくつかラーメン屋がある。「タマネギ入れ放題」の張り紙が偶然目に付いて指差せば、神々廻はかつてないほどの怒気をはらんだ声を出した。
「タマネギはあかん」
「え……嫌いなの? 新タマのサラダとか、おいしいのに」
「俺に食わそうとしたら殺すで」
「ターゲットと無関係の人を殺しちゃだめって一種の試験でもあったでしょ?」
なんでもない風を装っているが、内心ビビりまくりである。ここまで言われてタマネギを食べさせようとは思わないが、ついうっかりということもあり得る。タマネギっていろんな料理に入ってない? 例えばカレーとかハンバーグとか……。この先あるかどうかもわからないけど、外食に誘うときは気をつけておこう。
「まあアンタなら一回目は半殺しで許したるわ」
「……それはどうも」
もちろん「タマネギ入れ放題」の店はスルーして、私たちは別のラーメン屋に入ることにした。そして一番人気っぽい塩ラーメンを注文してから気づく。
(どうしよう、隠し味がタマネギエキスとかだったら……!)
そもそも神々廻が気づくかという話でもある。さすがに物体がなければセーフなような気もするが、ここで神々廻のスイッチが入っても私に止めることはできない。というかお前はもう外食するな!
「……何をそわそわしてんの」
「してない」
「いやどう見てもしてるやろ」
「……もし、もしもだよ? スープの隠し味にタマネギエキスが入ってたら神々廻はどうするの?」
「そら割るわな、店主の頭」
冗談なのか本気なのか、神々廻はトンカチをちらつかせてきた。
「だめーっ! トンカチは没収!」
「トンカチて」
手を出せば、意外なことに神々廻は素直にトンカチを渡してきた。
「箸の一本もあれば充分や」
「だからだめだって!」
「そない心配せんでもこの店は大丈夫やって」
「……なんだ、来たことあったんだ」
それならこんなに怯えさせないでほしい。年上をからかうなんて、生意気な。神々廻は何食わぬ顔で私の手からするりとハンマーを抜き取った。それと同時に注文したラーメンが目の前に置かれる。メンマ、チャーシュー、そしてたっぷりのネギがトッピングされて……ネギ?
「ネギはいいの?」
「全然ちゃうやん」
そりゃあ確かに違うけど、こっちは命が掛かっているんだから慎重にもなる。「はよ食べんと伸びるで」神々廻の割り箸はすでに二つに割れていた。
おいしい。さっぱりしたスープのなかに深いコクがあって……、と食リポのようなフレーズを頭の中に浮かべながらも、私はもう一つ別のことが気になっていた。
(このままだとお会計、三千円で足りちゃうんだよなあ……)
この場合、私が二人分払っちゃってもいいのだろうか。でも神々廻も払ってくれるって言ってたし、だけどそれは私の手持ちが足りないならって話で。「黙って奢られとけや」がなければ、普通に言えたのに……。
もはやお会計が三千円をこえてほしいとさえ思う。それだったら何も思い悩むことはない。
神々廻は私よりも一足先にラーメンを食べ終えていた。お冷を飲んで、追加のメニューを頼むこともなくカウンターの中の様子をぼんやり眺めている。
「神々廻、おかわりしなくて大丈夫?」
「その聞き方なんやねん」
「餃子もおいしそうだよ……?」
「食べたいなら注文するけど」
「や、私はラーメンでお腹いっぱい」
「俺も」
「お会計を三千円こえさせる作戦」失敗である。まあ、神々廻に払わせようとしているのだから失敗してよかったのかもしれないが。
あとは黙って残りの麺をすすり、流れに身を任せることにした。
「すんません、勘定お願いします」
先に動いたのは神々廻だった。やっぱり慣れているからスムーズだ。今は他に待っているお客さんもいなさそうだし、ちゃんと周りを見ていたのだろう。
「あ、ししば……」
すでに財布を開きかけた神々廻が「ん?」とこちらを見る。
「……ありがとう。ここ、すごくおいしかった」
「どーいたしまして」
私が払うのはまた今度にしよう。タマネギに遭遇したら嫌だから、お店は神々廻に選んでもらうけど。
医務室に戻ってきて、神々廻がベッドに座ってスマホをいじり出すからびっくりしてしまった。聞けばあと三十分くらい空いた時間があるらしい。ここは時間を潰すのにもってこいってか。私もまだ休憩時間は残っているし別にいいけど。
「……そういえば神々廻、初任給ってもらった?」
「初任給っちゅうか初依頼の報酬やな俺の場合」
「そっかあ」
ってことはアレだ、初めての給料でお世話になった先輩にお昼ご飯をご馳走したパターンだ。なんだやっぱりかわいいとこもあるじゃない。私がニマニマしていたら、神々廻が蔑んだような視線をよこしてくる。
「……いやどういう表情なん? それ」
「初任給で親をご馳走に連れて行くやつだ~って思ってた」
「……アホ」
「え、何が?」
「育ててもらった覚えないわ」
「なんで!? いつか神々廻が大物になったら、私が育てました~って言うつもりだったのに!」
返事のかわりに神々廻はおおきなため息をついた。なんだか神々廻には、ため息をつかれてばかりな気がする。でも、本気で鬱陶しいと思われているならここで時間を潰したりはしないはず……だと思いたい。
「ねえねえ、チョコ食べない?」
「さっき腹いっぱい言うてたやん」
「デザートは別腹って言うでしょ」
「今日はなんぼのチョコなん」
「一袋なんと三百円!」
「普通やな」
「はい、どうぞ!」
ファミリーパックの袋ごと差し出せば、神々廻は面倒くさそうにしながらもチョコを一つ取ってくれた。なんだかんだ付き合いがいい。
神々廻は本当にダラダラしていただけで、三十分が経てば次の任務があるからとスーツの入った袋を脇に抱えて出て行った。気まぐれな猫みたいだ。