はよ気づけ03
殺連内で神々廻の噂を聞いた。女性社員が神々廻のことをかっこいいと言っていたのだ。スーツが似合うという声を聞いて私は鼻高々だった。ですよね、私が育てました。
あんまり聞き耳を立てるのはよろしくないと思って私はすぐにその場を去ったけど、最後に「食事に誘ってみよっかな」という声を聞いてしまった。……気になる。すごく気になるけど、私から神々廻に聞くとなるとハラスメントになってしまうから我慢だ。
最近、神々廻はスーツで医務室に現れる。それはそれであの派手なシャツを名残惜しく思ってしまうから不思議だ。
神々廻はベッドで仮眠をとったり、この前みたいにスマホを見て時間を潰したりと、わりと自由に過ごしている。私が作業中であればほとんどお喋りはない。私も私で最近回される仕事が増えてきて、あまり神々廻のことを気にかける余裕はなかった。
殺し屋に比べたら、私は鈍いほうだと思う。だけどそのときは、はっきりと後ろに気配を感じた。振り向けば神々廻が真顔で私の椅子の背もたれに手をついて、ノートパソコンを覗き込んでいる。
……いや近っ!
「びっくりした……」
神々廻は前のめりになっていた背を伸ばした。ちょっと距離ができて私もホッとした。
「全然気づかへんのやな」
「今の今じゃなかったの?」
「五分くらいはこうしとったで」
「……殺し屋って気配の量とか調節できる?」
「さあ、どやろなァ」
なんか馬鹿にされている気がする。答える気はないみたいだから、私は別の話題を振った。
「……それで、急にどうしたの?」
「最近よう働いとるから何してんのやろ思て。備品担当にでもなったん?」
「うん。今までは医務室の中だけだったんだけど、全体的に……今度は経費もやってみてって言われてる」
「暇してんのバレたんやな」
「そうみたい……」
いったいどうしてバレてしまったんだろう。まあ、無理な量ではないし給料も貰っているから文句は言えないのだが。
神々廻はそれだけ聞いてまたベッドに戻っていった。何だったんだ。本当に猫ちゃんなのかもしれない。
「そういえば講習はどう?」
「しょーもないおっさんの話聞かされて、居眠りせんだけ褒めてほしいわ」
「よしよしえらいね神々廻は」
褒めてほしいと言われたから褒めたのだ。しかし神々廻はすごく嫌そうな顔をして、ため息をつく。
「……まぁ、今のは俺が悪かったわ」
「どういう意味?」
なんでもないと、神々廻は黙ってしまった。あんまり話しかけすぎて残業になるのも嫌だし、私も作業を進めることにした。そうして五分も経てば、神々廻が医務室から出ていく。神々廻はこうしてたまに医務室に来るけど、あまり長居はしない。三十分もいれば長いほうで、短いときは五分もせずに出ていく。そんなに忙しいならわざわざ寄らなくてもいいんじゃないかと思うけど、もしかしたらリラックスできる場所として認識してくれているのかもしれないと、余計なことは言わないようにしていた。私も神々廻の姿を見られるのは嬉しい。日に日に立派になっていく子の成長を見守っているような気持ちだった。
そしてふと気づく。明日は二種の試験日だ。最近忙しかったせいでこんな大事なことを忘れているなんて。「講習はどう?」って聞いたけど、そっちじゃないでしょ!
神々廻に激励の言葉をかけてあげればよかった。神々廻は何も言っていなかったけど、実は不安だったのかもしれない。……とてもそうは見えなかったけれど。
「明日の試験頑張ってね。神々廻なら大丈夫だよ」
私は急いでメッセージを打った。神々廻がここを出て行ってまだ五分も経っていないうちの出来事だ。そうしてすぐ返ってきた返事には、
「忘れとったやろ」
と、すべてお見通しであった。
神々廻が大事な試験を受けていようが、私には私の仕事がある。本当なら現場まで付き添いたいところなのに、私は今日も医務室にいた。しかし集中できずに何度も時計を見てしまう。試験には一次、二次、三次、と段階を踏むので、連絡が来ていないということは順調なのだと思いたい。
その日はスマホの音量を最大にしていた。三十分に一度、通知が来ていないか確認したけど何もない。結局、日が暮れても神々廻が連絡してくることはなかった。
そして次の日、私が神々廻にメッセージを送ったのと医務室のドアが開いたのは、ほぼ同時だった。
「あ、試験どうだった?」
送った内容とほとんど同じだが一応。神々廻はスマホに目を向けながら「結果は明後日や」と言った。
「あ、そっか。すぐわかんないんだ」
それなら連絡がこなかったのにも納得だ。というか私も試験には採点期間というものがあると知っていたはずなのに、すっかり忘れてしまっていた。
「まあヘマはしてへんと思うけど」
「ってことはほぼ合格みたいなものじゃない」
「なんでそうなるねん」
「ダメかもって落ち込んでたら慰めてあげようと思ってたのに」
「自分で大体わかるやろ」
「それもそっか」
神々廻はベッドに寝ころんだ。聞けば年間殺人可能数に達してしまい、二種の結果が出るまでは殺しの仕事はできないそうだ。つまり試験に落ちていたらしばらく仕事がない。まあ本人がこんな感じだから大丈夫なのだろう。
しかし仕事もできないのにどうしてわざわざ殺連に出勤しているのか。見ている限り本当に暇をつぶしているだけのようで、今日は一時間経っても出ていく様子がない。別に居たいなら居てくれたっていいけど、私には不思議で仕方なかった。
でも、あんまり構わないようにしないと。つい話しかけたくなってしまうけど、彼は猫ちゃんだ。心の中で言い聞かせていたら、後ろから「なあ」と声を掛けられる。
「慰めるって何してくれんの」
「えー?」
「落ち込んでたら慰めてくれるんやろ」
「んー……普通にご飯に連れていくとか?」
私は作業の手を止めず、神々廻に背を向けたまま答えた。ところが次の神々廻の返答によって、私は振り向かざるを得なくなる。
「連れてって」
「えっ!?」
そこには寝そべったまま、スマホを片手に私のことをじっと見上げる神々廻がいた。普通にかわいい。……いやいやそうじゃなくて!
「ごめん、気づかなくて。もしかして不安だった?」
「は?」
私が近づいていくと、神々廻は体を起こした。視線を合わせようと思って神々廻の隣に座ったけど、今度は私が見上げるような形になってしまった。
「大丈夫だよ。四ツ村さんが実力を認めてるんだし自信持って。それに今回ダメでも次の試験もあるし」
「……けど次は自腹なんやろ」
「そうだけど、払えない額じゃないよ。いっぱい報酬もらったでしょ?」
「いや試験結果に不安になってるわけやないねん」
「え、そうなの?」
じゃあ今の時間はなんだったんだ。私が勝手に勘違いしたのかもしれないが、神々廻も神々廻でまぎらわしい。
「他人の金でメシ食いたいだけ」
「……いいよ、試験お疲れさまってことで。でもお店は神々廻が決めてね」
「さっきチラッと見えたんやけど」
神々廻の手がこちらに伸びてくる。びっくりして私は背を逸らした。ひんやりした指先が首の裏側に触れて、どうすればいいのかわからなくなってしまった。
神々廻の指はそのまま下に移動して、服の中から何かをすくい上げるような動きをする。背筋がゾクッとした。
「っや「タグついてる」
「え……?」
神々廻の指はあっさり離れていった。自分でも確認してみると、確かに服のタグがつきっぱなしであった。……普通に言えばよくない!? っていうか恥ずかしいんですが!?
「殺されるかと思った」
「まあ確かに首は急所やな」
「普通に口で言ってよ~」
神々廻によって引っ張り出されたタグを服の中にしまいこむ。「嘘やろ」神々廻は信じられないものを見たような目をしていた。
「そこは切るやろ普通」
「さすがにノールックは怖いし……」
神々廻がいなけりゃ脱いで切るに決まっている。神々廻がいるから苦肉の策としてこうしたのだ。
「ハサミ」
神々廻が手を差し出してくる。切ってくれるということだろうか。これはセクハラにならないだろうか。……いいや切ってくれると言っているのだから、頼む分にはセーフのはずだ。それにどっちかと言えばさっきの神々廻のほうがアウトだった。
私は神々廻にハサミを渡して背を向けた。切りやすいようにうつむいて髪をよける。
「肉はやめてね。髪の毛なら五本までは許す」
「どんだけ不器用やねん」
チョキンと音がして、それでもなお私は動けなかった。神々廻が切ったタグを手渡してきて、そこでようやく私は神々廻に向き直った。
「ありがとう。お恥ずかしいところをお見せして申し訳ない……」
「耳まで真っ赤なってる」
「う……」
「さっきのはまあ、わりとかわいかった」
「え」
「で、メシやけど」
急に話を戻してくるじゃないか。とんでもないことを言われた気がするが、神々廻が平然としすぎているから夢でも見たんじゃないかという気持ちになってくる。
神々廻は焼き鳥が食べたいそうだ。別にいいんだけど、焼き鳥となるとランチではないのかもしれない。
「暇ならこのあと行く? あと一時間くらい待ってもらえたら終わるんだけど……」
「ほな終わったら起こして。予約はしとく」
「え、あ……うん」
すごい、流れるように話が決まってしまった。そして私は絶対に仕事を一時間以内に終わらせなければならなくなった。