はよ気づけ05
「あ、神々廻おつかれ~」
神々廻が任務に出向く直前、どこからともなく現れた男がヒラヒラと手を振りながら近づいてきた。
この男――南雲は、一応ORDERの先輩ということになっているのだが、言動一つとっても裏がありそうな胡散臭さがあるため、神々廻からはあまり関わりたくない人物として認識されていた。
「……ども」
「『萩の月』おいしかったよ。ありがと~」
いやお前にはやってへんし。どういう経緯でこの男の手に回ったのか、ある程度想像はつく。あの能天気女がおすそ分けでもしたのだろう。
まさかそれだけのためにわざわざ話しかけてきたのか。笑顔のままじっと見られているのが気味悪かったため神々廻は早々とこの場を去った。
四ツ村と一緒の任務で苦戦することはほとんどない。こんなんで給料もらっていいのかと最近思う。ただこのおっさん、殺し屋の心得とか、うんちくを語り出したらなかなか止まらない。しかも今日は夕食をごちそうするとかいう理由で彼の家に招待されているのだ。残業代を請求しても四ツ村は「そんなもん出ねえよ」と笑うだけだった。
「いや殺し屋のくせに家庭持ちて頭おかしいやろ」
「そいつは職業差別だ。まぁ上がってけよ」
家族と食事を囲んで、こうしていると四ツ村もただの一般人のようだった。
どうして自分を拾ったのか。腹が膨れたら、ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。だが神々廻は聞かなかった。あのとき四ツ村が「人手不足だ」と言っていたのをすぐに思い出したからだ。それにどうせ四ツ村の言うことなんて当てにならない。この前なんか「死んでも気が楽な奴だけ周りに置くことが殺しの世界で病まずにいられるコツ」だと言っていた。そんな奴を家族に紹介するな。そして今日は、
「この世界で生き残るコツはな、大切なもんを守ろうとする気持ちが――
「いやもうええて」
わざと言ってんちゃうやろな。上司のボケにいちいち付き合わされるとか、特別手当でも貰わんとやってられんわ。
「お前さんにもいるんじゃないのか?」
「何がやねん」
「フ……青いな」
上司じゃなかったら殺していたかもしれない。本当に腹が立つ。人生の先輩みたいな顔をされること。揶揄うような視線。……それから、何もかも見透かされていること。
(俺も結局このおっさんと同じとか、ほんま冗談きついわ)
医務室へ手土産を持っていくたびに怒気を吸い取られる。いつも「今日こそは」という気持ちでドアを開けるのに、何もしないまま出て行かされるのだ。
「あ、これ私が好きなチョコ!」
「呑気なもんやなァ」
「え、え……? あ、そうだ。また今度ご飯行く? いつも色々買ってきてもらってるし、そのお礼!」
いや別に土産のお返しとか求めてないねん。けどまあ、むこうから誘ってきたのは好都合だった。わざわざ休みの前日に約束を取り付けて、なんとまあ必死なことか。
しかし約束が果たされることはなかった。殺連の会長が暗殺されて、四ツ村がその犯人だと騒がれているのだ。食事などと悠長なことを言っている場合ではない。
殺連からの抹殺命令を受け、神々廻は四ツ村を追った。しかし結果は返り討ち。事の真相も明らかにしないまま四ツ村は姿を消した。
四ツ村にやられた傷を押さえてため息をつく。こういうときのために医務室があるのかもしれない。けど、今は行く気になれなかった。何もかも面倒だった。
殺連の会長が変わって数日、神々廻のスマホにメッセージが入った。彼女からの安否確認だった。「生きてる」とだけ返せばすぐにまた通知が鳴る。しばらく寝かせていたら今度は電話がかかってきた。
「今から仕事やねん」
「……ごめん。大丈夫かなと思って」
「仕事できるくらいにはピンピンしとるで」
「ししば「あー、もう出らな」
無理やり電話を切った。話していたらおかしくなりそうだった。余計なモンは持ちたない。ゴチャゴチャ考えんのは性に合わん。あのおっさんみたいになってたまるか。
神々廻の足は医務室から遠ざかっていた。実際、あれから一度も会っていない。連絡がくれば返信はするが、それも多くて二往復で終わる。今考えてみれば、あのときの自分がおかしかったんじゃないかという気持ちになってくる。だってそうやろ。好きな女に会いにわざわざ医務室に通うとか、どんだけ頭お花畑やねん。
「神々廻~、お土産買わなくていいの?」
「はよ帰りたいんやけど」
四ツ村がいなくなって、南雲と仕事をすることが増えた。南雲の同期の坂本がいるときはまだいいが、二人のときは気が重かった。仕事中はまだいいが、終わったとたんにこれだ。
「チョコが好きなんだっけ?」
「誰の話やねん」
「もしかして振られた?」
「……もうそれでええわ」
「だいぶ拗らせてるね」
「……」
「神々廻は元気にしてる? って聞かれたよ」
南雲は土産屋の紙袋を押し付けてきた。中にはご当地物のチョコレートが入っている。
「渡しといて」
「……誰に」
「誰でもいいよ。神々廻があげたい人にあげれば?」
どうしてこうも腹の立つ言い方ができるのか。しかし世話を焼かれていると思えば気味が悪い。まだ面白がっておちょくられているほうがマシというものだ。神々廻は黙っていたが、南雲は心でも読んだかのように
「萩の月のお礼」
と言った。
「別にお前にやったわけちゃうけど」
「うん。だから彼女にお礼。いろんな種類の酔い止め揃えてくれてるしね。まあ効かないんだけど」
「あ、そ」
神々廻は車のドアを開けて、後部座席にチョコの入った袋を置いた。この場で開封して食べてやってもよかったが、あいにく今は甘いものの気分ではなかったのだ。