はよ気づけ07

 時刻は夜の七時。私はベッドの上でそわそわしながら神々廻を待っていた。
 夕食は食べておいてほしいということだったから、先に外で食べてきた。調理や洗い物で余計な時間を取られたくなかったのだ。しかし、かえって時間が空いてしまって失敗だったかもしれない。あとはお風呂に入るぐらいしかすることはないのだが、途中で神々廻が来たらまずいから彼を待つことにした。適当にテレビでも見て時間を潰そうかとスイッチを入れる。すると神々廻から連絡が入った。あと三十分で着くそうだ。
(三十分……シャワーならいけるな)
 シャワーを済ませて、そのあとお湯を張っておこう。神々廻は疲れているだろうし、そうしたら湯船でゆっくりできるはず。我ながら完璧すぎる計画だ。

 気持ちいつもより丁寧に体を洗って、お風呂のスイッチを入れてから髪を乾かす。ドライヤーの音に紛れてインターフォンが鳴った。
「おかえり!」
「ただいま。風呂入ってたん?」
「うん。神々廻も入る?」
「あー……じゃあ」
「神々廻用のトリートメント買ったから使ってね」
「なんでそうなんねん」
「だってそんなにいいものをお持ちなんですから」
「あーわかった使う使う」
「替えのパンツもあるからね!」
 まだ開封されてない下着を袋ごと渡す。神々廻は何か言いたそうな顔をしていたが、そのままお風呂場のほうへ行ってしまった。
「洗濯機借りるでー」
「どうぞ~」
 このとき私は特に何も考えずに返事をしたわけだが、後から重大なミスをしたことに気づくのだった。

 彼氏がお風呂を上がるのを待つのってなんだか緊張する。……そもそも神々廻は彼氏でいいんだろうか。昨日そういう話もしたのかもしれないけど、覚えているのは「私が神々廻を幸せにする」という部分だけ。普通に考えたら付き合うことになったんだと思う……思いたい。
 ごうんごうんと洗濯機の回る音が聞こえてくる。……あれ、神々廻は何を洗ったんだろう。まさか下着だけではあるまい。最近のスーツは洗濯機で洗えるものも増えているし……。
(なんで私ってば下着しか買わなかったの!)
 しかし後悔したところでもう遅い。私の予想通り、神々廻は新品のパンツ一枚で浴室から出てきた。
「上がったで」
「ごめんね、着替え買っとけばよかった」
 うつむいたまま返事をする私に神々廻が近づいてくる。すぐ隣に座られて、ベッドがずしりと沈んだ。
 肩に触れられてこわごわ顔を上げると、まだ水気のある髪の毛が神々廻の首にはりついているのが目に入った。心臓がどくんと跳ねる。
「……あ!」
 だめだ、色気に当てられては。トリートメントと一緒にヘアオイルを買っておいたのだった。早く乾かさないと神々廻の髪が傷んでしまう。
 私がドライヤーとオイルを持ってくるところを神々廻はこれまた何か言いたそうな目で見ていた。だけど今のところ大人しくしているので後ろに回ってオイルをつけさせてもらう。
「俺めっちゃフローラルな香りしてへん?」
「オイルは無香料のやつ買ったんだけどね~。トリートメントはそれが一番おすすめなの。乾いたらそんなにわかんないと思うよ?」
「……まあええけど」
 神々廻がちらっと振り向いたから、その隙を狙ってキスをしてみた。神々廻は目を真ん丸にしていたけど、すぐに呆れたような顔をしてため息をつく。
 一応初めてのキスだったはずなんだけど。それに対する反応がため息ってひどくない?
「ほんまに酒飲んでへんのやろな」
「え、飲んでないよ?」
 なんでそんなこと、と聞きかけたところで嫌な予感が襲ってきた。これ、酒に酔った私が神々廻にいろいろやっちゃったパターンだ。神々廻はまだ何もしてないと言ったけど、私に何もされなかったとは言っていない。
「もしかして昨日……」
「おやすみのちゅー言うてたな」
「ほ、他には……?」
「年上だけどいいのーって何回も聞かれた」
「う……」
 ある意味、おやすみのちゅーより何倍も恥ずかしい。実はちょっと気にしていたところだけど、それを聞いたら面倒くさい女だと思われそうだから言わないようにしていたのだ。聞いてしまっていたとは……。しかも何回も。それで神々廻はなんて答えたのよ。今朝から神々廻がちょっと優しくなったような気がするのは、もしかしなくてもこれのせいだったりする?
「年上言うても誤差みたいなもんやろ」
「って昨日も言ってくれたの?」
「やっぱ覚えてないんかい。傷つくわ~」
「……ごめん」
「なんで伝わらんのやろなぁ」
 ちゅ、と指先にキスをされる。お願いだからこっちを見ないでほしい。私、今とんでもない顔をしているから。
「それ、もうええやろ」
 神々廻は私の手からドライヤーを奪ってスイッチを切った。
「アンタに世話焼かれんのはまあ悪かないけど、たまには逆もええんちゃう?」
 こく、と神々廻の目を見ながら頷けば、彼は満足そうな笑みを浮かべた。

***

 翌朝、私はスマホのアラームで目を覚ました。今日も隣には神々廻がいる。私はサッと起きて窓を開け、空気の入れ替えをした。それから食パンをトースターにいれて、ケトルでお湯を沸かす。
 神々廻は洗濯したシャツを羽織りながらあくびをしていた。
「神々廻の髪、梳かしてもいい?」
「朝からえらい元気やな」
「だって神々廻がいるからね~」
「なんやその理由」
 ぶつくさ言いながらも神々廻は私の好きなようにさせてくれた。神々廻のサラサラ髪を守れて私は満足だ。
「神々廻は私に甘いね~」
 冗談めかして言ったけど、言っていてすごく恥ずかしくなってしまった。顔が熱い。どうしてこういうときに限って神々廻は振り向くのだろう。神々廻はつまらなそうな顔をしていたが、よく見ると口元がちょっと緩んでいた。
「やーっと気づいたか。遅いわ」