友達だから01
冬だ。人生の、冬。
「南雲を監視しろ。怪しい行動があればすぐに報告を」
耳を疑った。聞き間違いであってほしかった。もちろんそんなわけもなく私は寒空の下、一人公園のベンチに座っていた。
南雲というのは、殺連の中でもトップクラスの実力者だ。とは言え、自分より強い相手の動向を探る仕事は、諜報部の私にとって珍しくない。しかし南雲は、暗殺技術もさることながら諜報活動においても長けている。下手をすればすぐにバレてしまうだろう。それが意味するのは、つまり……死。
こんな仕事をしているのだから、死んでも仕方ないという気持ちはある。だけど死にたいと思いながら仕事をやってるわけじゃない。
「退職しよっかな」
「え~、やめちゃうの?」
「……」
まさに問題の、南雲本人であった。普通に話しかけてきたが、会話するのは初めてだ。おかしいでしょ。なんでここにいるのよ。
「新しい監視の人だよね?」
しかも即バレ。
「新しい監視」ということは、「前の監視」もいたということだ。前任がどうなったのか想像するだけで恐ろしい。
南雲は私の隣に座ってきたが、私は正面を向いたまま静かに目を閉じた。察してくれ、というやつである。
「寝るの? ここ寒くない? 悩みあるなら聞くよ?」
「……次の仕事の荷が重くて」
「そっか~。大変なんだね」
「そう思うなら一つでもいいので何か有力な情報をください」
「酷いなあ。僕がクロだと思ってるんだ」
「相手に疑いを持たないまま仕事をしたことはないですね」
「あ~……疑うのが仕事、みたいな?」
「そんな感じです」
「へ~」
どうでもよさそうに返事をする南雲からは、殺気などは感じない。私を始末しに来たとしか考えられない状況で、束の間のお喋りなんて迷惑でしかないのだが。
「殺すなら早くしてくれません!?」
ここでようやく私は南雲の顔を見た。くりくりした目をさらに大きく見開いている彼は、
「え、殺さないよ?」
と首を傾げている。聞いていた通りの人だ。ニコニコしているけど、決して底を見せない。一般人相手なら愛想のいい人で済むかもしれないが、殺しのライセンスを持っているような人間ならば彼が危険であるとすぐにわかる。しかもそれをわざと気取らせているからタチが悪い。彼が本気になれば無害の人間を装うことなど容易いだろうに、あえてそれをしないのだ。
「殺したら『僕、怪しいですよ~』って言ってるようなものじゃん」
「どうにでもやりようはありますよ」
「死にたいってこと?」
「全く。でも、もてあそばれるのはもっと嫌です」
「僕そんな悪い男じゃないよ~」
「そうですか。では上に即刻バレたと報告させていただきます」
「そんなことして大丈夫? クビ飛んじゃわない?」
「さあ。でも私、まだ何もしてないんです。それなのにバレたということは、私に落ち度はありません」
さっき口頭で指示されたばかり。その足でここに来てベンチに座った。私がやったのはそれだけ。おそらく別のルートから情報が漏れていたのだろう。南雲は監視がつくことに慣れていたようだから、ある程度は想像がついたのかもしれない。
「でも誤魔化そうともしなかったよね。僕がカマかけただけかもしれないのに」
そんなわけあるか。確信を持って聞いてきたくせに。人の神経を逆撫でする天才。心の中で舌を出しながら、
「確かにそうですね。では私が力不足だったということで」
と言う。若干ヤケクソなのは否めない。だけど私はここに少しの勝機を見出していた。南雲は私を殺す気はないようだから、次は上層部だ。仕事はクビかもしれないが、首が無事なら退職して隠居生活を始めてやる。あー貯金しといてよかった!
「ちょっと待って」
善は急げと殺連関東支部に向かおうとしたところ、後ろから呼び止められる。嫌な予感がしつつも無視するわけにはいかず、私は顔を半分だけ振り向かせた。
ベンチに座ったままの南雲が、足を組んで私のことをじっと見上げている。
「仕事、手伝ってくれない?」
「すみません忙しいので」
「そんなこと言わないでさあ」
「弱いですよ私」
「うん知ってる」
今、南雲の脳天をかち割った。心の中で。
「お役に立てないかと」
「いいよそんな期待してないから」
次はこめかみに銃弾だ。言うまでもなく心の中で。
「……ではなぜ?」
「僕の潔白を証明してほしいんだよね~。ほら、疑われたままだと気分よくないし」
南雲は立ち上がってゆっくりこちらへ向かってきた。面倒なことになる前に手を打ちたいところだが……
「だめだよ」
「……っ」
掴まれた腕がみしみしと悲鳴を上げる。
ポケットの中でメールを打とうしたら、やはり勘付かれてしまった。バレたと報告してしまえば南雲も引き下がるだろうと思ったのに。
南雲は私の腕を掴んだままもう片方の手で私から奪った携帯を操作している。
「今どきガラケーなんだ。……うわ、連絡先登録数ゼロ? メールも着信履歴も何もないね~友達いないんだ~」
ガラケーなのは今みたいに隠れてメッセージを打つとき、ボタンがあるほうがやりやすいからだ。連絡先を登録していないのも誰かに奪われたときを想定しているからで、それを南雲はわかっていながら言っている。本当に腹が立つ野郎だ。
「かわいそうだから僕がなってあげるよ、友達」
スッとポケットの中に携帯を差し込まれた。そして今度は別に持っていたスマホのほうの通知が鳴る。わざとらしく「スマホ鳴ってない?」と南雲が言った。
確認してみれば「これからよろしくね」の文字が。もはや手遅れだということに私はようやく気づいた。
「……で、仕事ってのは?」
「そうこなくっちゃ」
よりによって諜報部の私を誘うくらいだから、何かを探るような仕事なのだろうと思っていた。それかどこぞのパーティに潜入するために恋人の振りをしてほしいとか。けれど実際に南雲について行ってみたら、乗り込んだ先の廃家で全員皆殺し。私は何度も死にそうになって、そのたび南雲に庇われた。最悪。命の恩人ヅラでもしようってか。
死体だらけの中、返り血まみれであぐらをかいてふてくされていると、返り血一つ浴びていない南雲が「おつかれ」と声をかけてくる。
「……お疲れ様でした」
「お腹空いたね~。帰りなんか食べてく?」
「私はいいです」
「じゃあ送ってくよ」
「結構です」
「でも心配だし~」
「それより手伝ったんだから報酬半分ください」
南雲は目をまん丸にした。足手まといだったくせにと思っていることだろう。別に本気で金を払ってほしかったわけじゃない。要するにただの仕返しだ。ところが南雲は笑顔で「いいよ」と言ってきた。
「どこに振り込んだらいい? それとも現金派?」
「……いや冗談だったんですけど」
まだ何か言いたそうな南雲を置いて廃家を出る。このままだと日が暮れるまでお喋りに付き合わされそうだ。
後ろからちょこちょこと南雲がついてきているのはわかったが、無視してわざとゆっくり歩いてやった。
「どこか痛む?」
「いいえ」
「怒ってるの?」
「いいえ」
家を知られるのは嫌だったが、隠したところで隠しきれないと半ば諦めの気持ちだった。普通に鍵を開けて家に入って、まさか一緒に入ってきたらどうしようかと思ったが、彼は普通に立ち止まって手を振ってきた。
「じゃあまたね~」
「……お疲れ様でした」
玄関の鍵を閉めてフーと一息。これで邪魔者はいなくなった。さっそく殺連に報告をしようとしたところ、一通のメールが届く。銀行からの入金通知だった。
メールには金額や振込元などは記載されないが、大体わかってしまった。答え合わせのつもりでアプリを開いて思わず声が漏れる。
「桁やば」
自分よりも南雲のほうが報酬の高い仕事をこなしているのは明らかだったが、実際数字を目の当たりにすると馬鹿馬鹿しくなってくる。ちまちま貯金していた今までの時間は何だったんだ。
(でもこれ、殺連に報告して大丈夫なやつ……?)
南雲に買収されたと思われたら心外だ。冗談でもあんなこと言うんじゃなかった。私のバカ!
少し迷ったが、私は上司に連絡を入れることにした。暗記していた番号を押せば、ツーコールもしないうちに通話が開始される。
「どうした」
「相手から接触がありました。勘付かれているようです」
「……」
いつものことながら、上司は言葉数が少ない。「もう降りていい」の言葉が欲しかったが、そう簡単にはいかないようだ。
「任務続行は困難かと」
「やれ」
「……はい」
あーもう泣きたい。ブラックな職場、頼りにならない上司、ムカつくターゲット、そしてハッキリ断れない私!
返り血でカピカピになった服を脱ぎ捨てシャワーのハンドルを限界までひねる。水温が徐々に上がっていくのと同時に、むせかえるような血の匂いが鼻にこびりついていく気がした。
次の日、南雲は私を呼び出してきた。理由はまたも「仕事を手伝ってほしい」という理由にもなっていないものだった。しかし任務を続行するならこの誘いはメリットでしかない。……こうなったらやってやる。
ハンデだらけの殺し合いを制した南雲に、私は悲痛な顔で訴える。
「南雲さん、私たち友達ですよね」
「うん? そうだね」
「助けてください! 私……殺連に消されるかもしれません!」