友達だから02

「消されるってどういうこと?」
「南雲さんが監視のことに気づいているかもしれないと報告したんです。でも、その……失敗は許されないというか」
 引くに引けない状況に追い込まれた私は、逆にこのピンチを利用して南雲に取り入ること考えた。別に嘘は言ってない。任務に失敗したら消されるかもしれないと、私は本気でそう思っているのだから。もし本気で南雲が私のことを助けてくれるなら(可能性としては限りなくゼロに近いと思うけど)最後の最後で南雲についたっていいし、そうでないなら殺連にコイツを売るだけだ。
「大変だね~」
 南雲が武器に付着した血を払う。飛び散った血の一部が私の唇について、南雲はごめんねと笑いながらそれを親指で拭ってきた。
(今の絶対わざとだ……)
 ヘビに睨まれたカエルってこんな気持ちなんだろうか。ただ唇に触れられているだけなのに、私は身動き一つ取れなかった。
「はい、とれたよ~」
「……どうも」
「それじゃ僕に協力してくれるってことでいい?」
「はい」
 話が早くて助かる。私は南雲に怪しい行動は見受けられないと報告する。そのかわりに南雲は私に監視されていることに気づいていない振りをする。シンプルな交換条件だ。
「結局こうなるんだよね~。だから言ったじゃん。君が馬鹿正直に報告するからややこしくなっちゃったけど」
「すみません」
「もしかしてわざと? 同情誘ってる?」
「まさか」
(ああもう、いちいち鋭い!)
 でもまだ、本格的にはバレてない……はず。南雲はすぐにカマをかけてくるから引っかからないようにしないと。
 とりあえず南雲の弱みを握った未来を想像して気持ちを落ち着かせる。こんなの絶対クロでしょ。見れば見るほど、叩けば埃しか出てこないような顔をしているじゃないか。
「どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」
「いえ別に」
 南雲はにっこり笑うだけで、何も言ってこなかった。怪しまれているとは思う。私だってこんな簡単に南雲を騙せるなんて思っていない。お互い利用して、用が済んだらポイってとこだろう。……絶対負けない。

 いつの間に呼んだのか、現場にはフローターが到着してテキパキと片づけを行っていた。
「お腹空いたね~。なんか食べてく?」
 なぜか昨日と全く同じ流れになり、別に行きたくはなかったけど、少しでも南雲の意表を突いてやりたい気持ちがあった。
「焼肉食べたいです」
「いいよ~。僕がお店決めてもいい?」
「……お願いします」
 意表を突く作戦、失敗である。まあ、他人の金で肉が食べれられるのだから良しとしよう。

 南雲がスマホに指を滑らせているのをぼんやりと眺める。てっきり店に予約でも入れているのかと思いきや、私のほうに通知が来た。まさかと思って見てみれば、またも法外な金額が振り込まれている。
「あの、やめてください……」
「なんで? 報酬は折半、でしょ?」
「本気でいらないです」
「もらえるものはもらっときなよ。あ、ほら早く行かないと遅刻しちゃう」
 南雲は先にスタスタと歩いて行ってしまう。私はぐっとスマホを握り締め、仕方なく彼の背中についていった。

 店に入るとすぐに個室に案内された。上着を脱いだ南雲は含みのある顔で、
「ここ、内緒話オッケーだよ」
 と言う。これは罠か……?
 殺連に言えないようなことをしているのかと聞いたら一発でアウトだろう。とりあえず無難なところで話題を探してみると、聞きたいことが山ほどあることに気づいた。だって何もかもわからないのだ。南雲のことも、この状況も。
「……前の人ともこんな感じだったんですか?」
「前の人って?」
「私の前任ですよ。任務に連れまわしたり、一緒にご飯に行ったりしてたんですか?」
「いや、してないよ」
「……」
 ますますわからない。そこは理由まで教えてよ。いちいち聞かなきゃいけないのかな、これ。
 考えているうちに肉が運ばれてきた。南雲はさっそくトングで肉を網の上に広げている。あまりお腹は空いていなかったつもりだけど、肉を焼く音を聞いていたら食欲も湧いてきた。
「……前任とはどんな感じでした?」
「喋ったこともないよ。遠くから見られてただけ」
「ああ、なるほど……」
 私だってできるならそうしたかった。いきなり話しかけられるなんて想定外だし、そうでなければこんな意味の分からない状況にもならなかっただろう。あの場で私はどうするのが正解だったんだろうか。
「はい、どうぞ~」
 いつの間にかいい具合に肉が焼けていたらしい。南雲が次から次へと焼き上がった肉を皿に乗せてくるので黙々と食べるしかなかった。……おいしい。高い肉の味だ。
 しばらくしたら焼くのを交代して、ひたすら肉をひっくり返す。これじゃただ普通に食事をしているだけになってしまいそうだ。
「……南雲さんはどうして疑われてるんですか?」
「まあそれは僕に限った話じゃないっていうか……もともと相互監視みたいなとこあるでしょ?」
「そうですけど、何もないなら堂々としていればいいじゃないですか」
「そうなんだけどさ~、なんか前の人もその前の人も突然いなくなっちゃって」
「え」
 念を押すように南雲が言う。
「行方不明なんだって」
(それを先に言ってよ!)
 つまり、南雲の監視を任された人間が次々いなくなっていると……。そんな話は一言も聞いてない。もし事前に聞いていたら任務は断……れなかったかもしれないけど……いや絶対退職してた。っていうか今すぐ失踪したい。殺連の息が掛かってなくて、南雲にも見つからない場所へ。
「もしかして南雲さんは私のことを心配して……?」
「そうだよ~。だってほら、友達だし」
 もはや何を信じたらいいのか。南雲も怪しいけど、上も上で怪しい気がする。
「一応聞いておきますけど、殺してないですよね?」
「どっちだと思う?」
「『こいつ殺ってます』って報告してもいいでしょうか」
「やだなあ、なーんの証拠もないのに」
「そうですね。もう少し証拠を集めてからにします」
「あはは、がんばれ~」
 最後の肉が南雲の口に飲み込まれる。デザートはアイスだった。支払いはお願いするまでもなく南雲持ちで、当たり前のように今日も家まで送ってもらっている。もしかして、もしかすると南雲は私を落とそうとしているんだろうか。こういうのは惚れさせたほうが勝ちなところがある。想像してみれば、南雲が何人もの女を泣かせている姿が容易に浮かんだ。
 私もカマをかけてみたくなった。その後のこともよく考えずに、思いついた言葉がそのまま口から出てしまう。
「お茶でも飲んでいきます?」
 半開きになった玄関。南雲の視線が、私を通り越して家の中に向けられている。南雲はしばらく答えなかった。
 あ、これじゃまるで私が色仕掛けをしているみたいだ。こんな簡単なことに気づくのに、五秒もかかってしまった。どうかしている、本当に。
「んー……それはまた今度にしようかな」
「そうですか。じゃあ、気をつけて帰ってください」
「うん。おやすみ~」
「おやすみなさい」
 恥ずかしかったから急いで玄関を閉めた。なんか負けた気がする。というか、何に勝とうとしてたんだ。諜報部だからといって、そういう駆け引きが得意なわけでもない。この弱点は何度も指摘されたが、苦手なものはどうすることもできなかった。それで急にあんなこと言って、馬鹿じゃないのか。もし南雲が家に上がってきていたらどうするつもりだったんだろう。
 何も考えたくなくてベッドに飛び込もうとしたけど、自分の煙臭さのせいでそれもできない。焼肉は失敗だった。次はお寿司にしてもらおう。
(……って次もある前提で考えてるし)
 やっぱり負けた気がする。ほんと、腹が立つ。