友達だから08

 朝起きて一番に目に入ったのは、大きな身体を丸めてスヤスヤと眠る男の姿だった。床で寝させてしまったことに今さら罪悪感が募ってくる。せめて布団の一枚でも貸してあげればよかった。
 私は彼に近づいて、その寝顔をじーっと眺めてやった。だけど全然起きる気配がしないから、諦めて朝食の準備をすることにした。
 テーブルには昨日買ったおにぎりやお菓子が並べられていた。それで充分な気もした。一人だったらそのままおにぎりを食べていたと思う。でも、今日は友達が来てがいるから――。
 電気ケトルでお湯を沸かして賞味期限ギリギリのインスタント味噌汁の封を切る。朝食に添えられるようなものはこれしかなかった。
「南雲さん」
 友達がいると、少し丁寧に生きてみようかと思える。

 寝起きの南雲は本当に殺し屋なのか疑わしいほどぼんやりとしていた。今なら私でも殺せそうな気がする。……そう思わせるのが上手いだけなのかもしれない。
 私はまず味噌汁を飲んだ。乾燥ネギが申し訳程度に浮いているだけの味噌汁だ。だけど、あたたかい。
 おにぎりは六つもあるのに半分がツナマヨだった。売れ残っていたらしい。
「南雲さんがいなかったら、私はもうちょっとダメ人間だったと思うんです」
「急にどうしたの~?」
「一人だったら、たぶん私は昼まで寝てました」
「別にそれでもいいと思うけど。僕もオフの日はそんなもんだし」
 慰めるようなことを言ったかと思えば、次には「でも君は毎日オフみたいなもんか」と台無しにする。南雲はすでに一つ目のツナマヨを食べ終えてた。そして味噌汁を飲み干し、次もまたツナマヨに手を伸ばす。
「好きなんですか?」
「だから売れ残ってたんだって~」
「私も一個食べたいから残しといてください」
「苦手なのかと思った」
「そんなこと言ってないじゃないですか」
「だってツナマヨ三つもあるのに鮭から食べ始めるからさあ」
「鮭はどうしても譲れなかったんです」
「じゃあ三つ目は? 梅とこんぶ」
「うーん……二個でおなかいっぱい」
 なんとなく胃が重いのは、間違いなく昨日のパーティで食べ過ぎたせいだろう。南雲だって私の食べっぷりを見ていたはずなのに「少食だね~」と、とぼけたことを言ってきた。
 南雲は二個目のツナマヨを半分ほど食べたところで急にペースを落とした。そして頬をぺたりと机につけて今にも目を閉じそうになっている。
「今日、休みなんですか?」
「……休みじゃない」
「お昼から?」
「……あと三十分したら出る」
「も~。はやく準備してください!」
「んー……」
 まったく、私が起こさなかったらどうなっていたんだろう。仕事に遅刻するような人じゃないから大丈夫だとは思うけど、世話を焼きたいと思わせるのが上手い。髪はまだボサボサだしシャツには皺がよっているし、ご飯も食べ終わりそうにないし。変装術を極めたらこうものんびりしていられるのだろうか。……そう考えたら急かす意味もない気がしてきた。どうせ身支度は一瞬で終わらせられるのだろう。技術の無駄遣いだのような気もするが。
「ねえねえ南雲さん」
「うん?」
「今度はは私から誘ってもいいんですか?」
「ご飯とか、そういう話?」
「そうです」
 南雲の閉じかけていた目がぱっちりと開かれる。だけどすぐに元の眠たそうな顔に戻った。
「えー……誘ってよ」
「じゃあ、また今度誘います」
 それきり南雲は食べかけのおにぎりを持ったまま動かなくなった。私も無視してテレビを見ながら洗濯物を畳んだりして、気づけばもうすぐ三十分が経ちそうになっている。
 急にスイッチが入るのかと思いきや、そうでもないらしい。南雲はぼーっとした表情のまま起き上がって、食べかけのおにぎりを完食し、それから洗面所で顔を洗っていた。
「おにぎり持っていきます?」
「うん」
「お菓子は?」
「食べていいよぉ」
「さくっと殺されたりしないでくださいね」
「……まあ、約束はできないけど」
「いってらっしゃい」
「いってきまーす」
 玄関を出ていく南雲は、もう眠たそうな顔をしていなかった。私は鍵を閉めてその足でベッドへ向かう。やっぱり眠いものは眠かった。久々に早起きしたし洗濯物も畳んだし、いつもに比べたら上出来だ。

 二週間後、私は宣言通り南雲を食事に誘った。南雲が来てくれたことに味を占めた私は、遊びたいとか旅行に行きたいとか、事あるごとに南雲に声をかけるようになった。一応彼の仕事の邪魔にはならないようにしていたつもりだけど、実際のところはどうだったかわからない。そんな会い方を一年くらい続けたある日、別れ際に衝撃の告白を受けることになる。
「……実はさあ、僕インドア派なんだよね」
「えっ」
 耳を疑った。結構いろんなところに連れ回していたけど、南雲はいつもにこにこと私の後ろをついてきてくれていた記憶しかない。え、嫌だったってこと?
「なんで先に言ってくれなかったんですか!」
「誘ってくれるのは嬉しかったし……」
 南雲に遠慮という言葉は通じないのかと思っていたら、そうでもなかったという。申し訳ないという気持ちは多少あった。だけどそれよりも、おかしくてたまらない。あの南雲がたった一言「インドア派」と、私に一年も言えなかったって、誰が聞いても面白いだろう。
「いやバカでしょ」
「君には言われたくないな~」
「ごめんなさい。たぶん私が暇すぎて普通の感覚が狂ってたんだと思います」
「って言いながら笑ってるし」
「誘う回数減らしますね」
「そういうことじゃないんだって~」
「……?」
 意味がわからなくてぽかんとした顔を晒してしまった。誘われるのがつらいのかと思ったけど違ったのだろうか。
「たまには家でダラダラしようよ~」
「あー……えーっと、二人で?」
「そうそう」
 なーんだ。遠回しに迷惑だって言われてるのかと思った。そんなの笑うしかないじゃんって思ったのに。なーんだ。
「……もう誘わないほうがいいのかと思った」
「それこそバカでしょ~」
 にまにまと笑う南雲が恨めしくてわき腹を小突いてやった。南雲はわざとらしく「いてて」と腹を押さえている。
「じゃあ次は南雲さんの家に集合で!」
 恥ずかしかったのもあって、逃げるようにその場を後にした。途中スマホの通知音に気づいて足を止めると「来月の休みがわかったら連絡するね」と律儀にメッセージが届いている。この男、意外にマメなところがあるのだ。

 最初は嫌なやつだと思った。それに怖かった。何考えてるのか全然わからないし、おちょくるようなことも言ってくるし、だけど今思い返せばわりと優しかったような気もする。それで今は普通に友達やってるって、あのときの私に聞かせてやりたい。