友達だから07

 男たちが次々と女装した南雲に声をかけている。対して私は一人で食事とお酒を楽しんでいた。本当に何のために連れてこられたのかわからない。
 南雲は誰が護衛対象なのかも教えてくれなかった。会場に着くなり「それじゃあ頑張ろうね」と言って解散したのだ。設定通りに男に声をかけに行く気にはなれなかったから、お腹いっぱい食べて夕食代を浮かすことにした。ホテルの上品な食事で満腹になるというのはなかなか難しそうだが、味は絶品なので苦ではない。私はすでにこのスモークサーモンのなんちゃらというのを三皿も食べている。完全にマナーのなっていない客だ。
 そして食べているだけでは暇なので、南雲の女装に引っかかったあわれな男たちをカウントすることにした。もうこれで六人目。やっぱり男だと男受けする女ってやつがわかるのだろうか。……あ、七人目。
 七人目の彼は押して攻めるタイプのようだ。南雲は笑顔でサラッとかわしているが、なかなか引かない。というか、いい男を見つけに来たという設定なのに、ああもツレない態度でいいのだろうか。
「あの……」
「へっ」
 シャンパングラスを片手に持った男性が、明らかに私のほうを見ている。まさか声をかけられるなんて思ってもいなかったから、咄嗟に出た声はうわずってしまった。
「ぼんやりしているように見えたので、体調が悪いのではと思いまして……」
「あ……えっと、お酒を少し飲みすぎてしまったみたいで」
「それなら部屋を取っていますので、少し休まれては?」
(いやいやいや)
 なんで私。見てよこの私の周りの食いつくされた後を。しかも南雲がなぜかこっちを見てる。
「いえ、大丈夫です。今日は友達と来てますし」
「そうですか。休まれたくなったらいつでもおっしゃってください。では……」
 男はにこりと笑みを浮かべ去っていった。しつこい人じゃなくてよかったと、内心ほっとする。まあ、あの人も南雲に軽くあしらわれていたうちの一人だから数撃ちゃ当たる作戦だったのだろう。

 護衛というぐらいだから何か襲撃があるのかと思っていたけど、パーティは終始平和だった。ホテルのロビーで任務を終えた南雲と合流し、外へ出る。
 南雲の着替えや荷物は私の家に置いたままなので、南雲は女装したままだ。だけどパーティのときとは別人みたいに見える。目は半分以上閉じているし、背中はちょっと丸まっていた。
「あ~。お腹空いた~」
「私はお腹いっぱいです」
「ずっと食べてたもんね~」
「だって他にすることなかったんですもん」
「声かけられてたじゃん」
「あの人は南雲さんにも声かけてたじゃないですか」
「そうだっけ」
 本当に覚えていないのかとぼけているのかわからないようなトーンで言う。彼は薄目のまま吸い込まれるようにコンビニに入っていった。

 コンビニでミネラルウォーターのペットボトルを手にすると、南雲が横からずいっとカゴを差し出してきた。カゴの中にはすでにおにぎりや大量の菓子が入っている。
「ありがとうございます。あの、お腹空いてるならどこか食べるところ寄ります?」
「ん-……疲れたし今日はいいや」
「そうですよね」
「まあほぼ何もしてないんだけど」
「何もなくてよかったじゃないですか。お金は貰えるんだし」
「むしろここで襲ってきてくれたほうが楽だったかな~」
「あー……はやいとこ捕まえときたかった的な?」
「そうそう。なかなかシッポ出さなくて困ってる」
「へー……」
「ねえ、」
「それじゃ帰りましょっか」
 何かまた頼まれそうな雰囲気を感じて南雲を急かす。彼は不満そうな顔をしながらもレジへ歩いていった。
 あれもこれもと目に付く菓子を片っ端からカゴに突っ込んだせいで、レジは時間がかかっている。そしてもう一つ、レジを打つお兄さんがチラチラと南雲に気を取られているためさらに進みが遅い。後ろに二人並んだけど、多分お兄さんの目には入っていないのだろう。ここまで来ると尊敬の念すら抱きそうだ。
「魔性の女」
 レジ袋を提げた南雲にそう言ってやると、南雲は営業スマイルを私に向けてきた。
「君には負けるよ」
 嫌味か。

 あれだけ大量に買い込んでいたのに、いざ私の家に着くとテーブルにつっぷして何も食べようともしないってどういうことよ。……待って、寝ようとしてる?
「南雲さん、せめて化粧は落としたほうが」
「んあ……めんどくさい」
「だめですって。うちオイルのクレンジングしかないから早く洗面所行って!」
 持ち上げようとしてもびくともしない。変装しても重量はそのままなのだろうか。
(あーもう!)
 私は早々に諦めた。だって南雲の肌が荒れようが私には関係ないもの。今にも夢の世界に旅立ってしまいそうな南雲を放置して私は浴室へ入った。久しぶりにヒールを履いて足が痛いから、今日はゆっくりお風呂に入りたいのだ。
 化粧を落として髪と体を洗って、いい感じに湯が溜まってきた浴槽に入浴剤を入れる。お気に入りの香りがふわっと浴室を満たし、多分この辺りで私の頭の中から南雲が完全にいなくなった。しばらくして部屋に戻ったとき、女装を解いた南雲がいたから思わず悲鳴を上げそうになってしまったところだ。
「……まだいたんですね」
「だって帰るにしたって鍵がさあ」
「窓から出ればよかったのでは」
 我ながらとんでもない言い分である。そもそも人の家で寝そうになっていた南雲も悪いとは思うが、完全放置で長風呂した私も大概だ。
「窓開けっぱなしだって危ないじゃん」
「まあ……」
「シャワー借りるよ」
「え」
 のそりと立ち上がった南雲が歩いてくる。この感じ、もしかして……
「泊まろうとしてます?」
「いいよね?」
「えー……」
「だってもうこんな時間だし」
 確かにもうバスも電車も止まっていて、外に放り出すには少々かわいそうな時間帯だ。でもタクシー呼べばいいでしょ。いっぱいお金持ってるんだから。
「せっかくお菓子も買ったんだしさあ、映画でも見ながら食べようよ」
「……まあ、いいですけど」
 結局、長風呂の罪悪感に負けて浴室に入る南雲を見送ってしまった。だけど化粧水や乳液をつけているうちに瞼が重くなってきて……
「え~、もう寝そうになってるじゃん」
 シャワーを終えた南雲が不満そうな声上げる。彼はすっかり目が覚めてしまったようだった。
「すみません、今から二時間はきついです……」
「しょうがないな~」
「おやすみなさい」
「僕どこで寝たらいいの?」
「適当に……ベッド以外のとこで」
 すでに歯磨きまで終えていた私は、ぬるりと布団の下に潜り込んだ。すると南雲が電気を消してくれる。
 南雲はスマホを見ているようで、彼の背中越しに明るい光が差してきた。まだ起きているなら電気は消さなくてもよかったんだけど、せっかくだから厚意に甘えることにした。

 意識が沈んでいく中、彼の気配が近づいてくる。でも、私は目を開かなかった。彼は眠っている私に何かしてくるような人ではない。そのくらいは信用していたのだ。
「……君は、僕を置いて行かないでね」
 ぽつりと呟かれた言葉が私の意識を引き戻す。今までずっと感じていたモヤがすっきりと晴れ渡っていくようだった。
 どうして南雲が私のことを友達だと言うのかずっと不思議に思っていた。最初は本気じゃないはずだった。だけど彼が私を本当の友達のように扱うから、もう友達だということにしたのだ。
 彼はよく「友達だから」と強調して言う。そういう冗談かと思って私も乗っかっていた。それが私たち二人の決まりみたいなものだと思っていた。でも、違う。
 彼には同期がいた。名前は坂本太郎。伝説の殺し屋ともいわれた男だ。詳しいことは知らないけど、南雲は坂本太郎と仲が良かったらしい。
 坂本太郎がこの世界からいなくなったと聞いたのは、もう何年も前の話だ。彼は結婚して引退した。なんていうか……失くしていた最後のパズルのピースを見つけたような気分だった。
「南雲さん、私は坂本太郎にはなれないよ」
 目を閉じたまま言った。どうせ目を開いたって暗くて何も見えないだろうから、このままで充分だ。
「あのさ、」
 南雲の声色は思ったよりも普通だった。怒るかなと思っていたけど、怒ってはいないみたい。演技が得意な彼のことだから、本当のところはどうかわからないけれど。
「君ってほんとバカだよね~」
「……なんて?」
「僕、坂本くんにアイシャドウ塗ってあげたことなんてないよ」
「……うん」
「坂本くんはご飯行こって誘っても毎回は来てくれないし」
「……うん」
「坂本くんもバカなとこあるけど、君のとは全然違うんだよね~」
「……」
「一ミリも重ねてないよ。何の心配してんの?」
「……なんで友達なのか、なんで私なのかずっとわかんなかった」
「そんなの、君が断らなかったからでしょ」
 ピンッと頭を弾かれる。けっこう痛い。無視していたらもう一度、さらに強い痛みが襲ってきた。
「あれ、もう寝ちゃった?」
「寝ました」
「そっか。じゃあ僕も寝よっと」
「……おやすみなさい」
「おやすみ」