ゴロツキ時代のボスの娘に再会する01
「ひどいっ! わたし、神々廻のことずっと好きだったのにっ!」
えぐえぐと泣き出しでしまった女を前に、神々廻は白目を剥いた。
もう最悪や。人通りの多い街中で、しかも後ろには南雲がおって、なんでこないな場所で白昼堂々と告白してくんねん仕事中なんやけど。
振り向かずとも後ろで南雲が笑っているのがわかる。神々廻が言葉を失っている間に彼女は背を向けて走り出してしまった。追いかける気にもならない。
「かわいそ~。あの子泣いてたね~」
ほれ見い。
気まぐれに気まぐれが重なって、もしかしたら流してくれるんじゃないかと期待したが、そんなはずもなく。振り返れば南雲があからさまに「興味津々です」という顔をしていた。
「知り合いっぽかったけどよかったの?」
「ええやろ別に」
もう二度と会わんし。
「にしても珍しいね~。神々廻って告白される前に壁作るタイプじゃない?」
確かに南雲の言う通りだ。恋愛感情を抱かれるのは面倒でしかない。バレンタインに義理のチョコをもらうことはあれど、それ以上のことにはならない。ならないようにしている。……しかし同僚の、よりによって南雲にそれを指摘されるのは何とも言えない不快感があった。
「ええからはよ仕事せえ」
「また後で聞かせてね~」
誰が話すかボケ。含みのある笑顔に背を向けて、神々廻は歩き出す。このときは、まさかまた彼女に会うことになるとは思ってもみなかった。
***
神々廻と女が知り合ったのはもう九年も前のことだ。そのころの神々廻はいわゆるゴロツキで、ただ毎日をなんとなく過ごしていた。そしたらボスから、
「娘の相手してやってくれ」
と頼まれたのだ。ボスの命令は絶対である。内心「面倒やな」と思っていても態度に出すことは許されない。普段は立ち入り禁止とされている事務所の奥の部屋に通されて、中にいたのは学生服を着た少女だった。
少女は神々廻のことをチラッと見て、すぐに視線をスマホに落とした。かわいくないガキやな。そう思いながらも一応「初めまして」と声をかける。無視であった。
本人が話したくない言うならしゃあないやん。という気持ちで神々廻はその辺にあった椅子に座った。そうして時間が過ぎるのを待っていたら、少女が突然「つまんない」と言う。
「学校行かへんの」
「行きたくない」
「なんで」
「なんででも」
「行っといたほうがええんちゃう。まあ俺中退やけど」
「中退? なんで?」
「なんとなく」
話の掴みとしてはまあまあだったらしい。少女はスマホを置いて神々廻のほうに目を向けた。
「やめて後悔してる?」
「してへんな」
「友達いた?」
「いや、」
言いかけて、気づいた。もしかしたらこの子は友達がいないから学校に行かないのではないか、と。
「あー……お嬢は?」
お嬢。実際に呼んでみると少し恥ずかしい。だけど他に適切な呼び名が思いつかなかった。
神々廻の予想通り、彼女は友達がいないらしい。一年前まで普通に仲良くしていた子たちが急によそよそしくなって、それから徐々に学校に行く回数も減ったそうだ。もしかしなくとも、彼女の父親が原因だろう。父親がヤクザとバレて距離を置かれた。そう考えたら多少は同情もできる。
「今、中学生?」
「中三」
「高校はどうすんの」
「行かない」
「ホンマは行きたいんちゃうの」
「行かないっ!」
「あー……そやな、すまん」
あかん、言い過ぎた。意地になってしもてるやん。
そもそも他人の娘の進路に口出すような立場ではなかった。神々廻は彼女の機嫌を取るためにここに連れてこられたのだ。
ぐすっと鼻を啜るような音が聞こえた。これはホンマにあかん。
「……みんな学校なんか行かなくていいって言ってくれたのに」
「ちょお泣かんでや。俺が悪かったて」
必死の慰めも無視である。終わった。殺される。
結局そのあと彼女とは一言も話さないまま神々廻は部屋を後にした。しかし、いつまで経ってもボスからのお咎めはない。それどころか三日後、また娘の相手をしてやってくれと頼まれた。当然、神々廻は呆気にとられる。
「え……俺がです?」
「ご指名だ」
「はあ、」
「アイツのことたぶらかしてないだろうな?」
「そりゃもちろん」
おー怖。鋭い視線に気づかない振りをしながら例の部屋へ向かう。扉を開けると今日もまた彼女が制服を着て座っていた。
「クレープ食べたい」
「は……え?」
「連れてって」
もう何が何だか。しかし口答えできる立場にないと悟った神々廻は、尻ポケットに入れていた財布を引っ張り出して中を確認する。
「クレープてどこで売ってんの」
「そんなことも知らないの?」
「食べたことないねん」
神々廻がそう言うと、少女はなぜか目を輝かせた。そして神々廻の腕を引き「行こ!」と事務所を出ようとする。最初は神々廻もおとなしく引っ張られていたが、この絵面が問題しかないことにふと気づく。
「待て待て待て。制服はあかん」
少女は足を止め、不満そうな顔をした。
「なんで?」
「いや昼間から中学生連れ回すて……」
「別によくない? サボりとか普通でしょ」
「大体なんで毎回制服なん」
ギュッと結ばれた口元を見て、しまったと思う。どうも学校関連の話題はスイッチが入るらしい。
「……とりあえず行こか」
少女は神々廻の腕から手を離し、無言のまま事務所を出て行った。
「……今日は学校行こうと思ったの」
五分くらい歩いたところで少女がぽつりと言う。やっぱ行きたかったんやな、とでも言えばまた怒らせてしまいそうだったので、
「おー偉いやん」
と言っておいた。
「でも結局行かなかったし」
「行けへんかったもんはしゃーないやろ」
「……」
少女はまた黙ってしまった。うつむいているせいで表情はよく見えない。少女が再び口を開いたのは、クレープ屋に到着したときのことだった。
「神々廻は何にする?」
「いや、俺はええよ。好きなの頼み」
「なんで? 食べたことないんでしょ?」
「まあ、食べたかったわけちゃうし……」
「え~、つまんない」
少女はサッとカウンターへ行き、注文と会計を済ませてしまった。金払わんでよかったんか? と思いつつ、できたてのクレープを持った少女が戻ってくるのを眺める。
「何にしたん?」
「塩バターキャラメルホイップ」
「はー……甘いのかしょっぱいのかようわからんな」
「反応がおじさん」
「言うてお嬢と二、三しか変わらんのやけど」
果たして今度はどこにスイッチがあったのか、少女の顔がみるみる赤くなっていく。「お嬢とか恥ずかしいからやめてよ!」ああなるほど。けどこの前は何も言ってなかったやん。
「ほんならなんて呼ぶ?」
「なまえ」
「なまえちゃん」
「……ん、一口どーぞ」
目の前に差し出されたクレープはまだ一口も食べられていない。迷った末、神々廻は端っこのほうを少しかじった。
「おいしい?」
「うまいよ」
「でしょー?」
得意気になまえが笑う。怒ったり笑ったり忙しいやっちゃな。
なまえはクレープを食べて満足したらしい。他にもいろいろ連れ回されるのかと思いきや、真っ直ぐ事務所へ戻ることになり神々廻は少し拍子抜けした。
次になまえに呼び出されたのはまたも三日後。日に日にボスからの視線が厳しくなっている気がする。
その日は私服を着ていて珍しいなと思っていたら、日曜だった。それと前に会ったときよりも髪が短い。これは言及していいやつか? 迷っていると「何か気づかない?」と彼女が近づいてくる。
「髪切ったんやなー。ええんちゃう」
「今日の朝、切ってもらったの。変じゃない?」
「似合うてるよ」
「明日はね、ほんとに……ほんとのほんとに行こうと思って」
「おーええやん。付き添いしたろか?」
もちろん神々廻は本気でなかったし、彼女も
「絶対いや。見られたくない」
と言う。
「見られたくないて。まあそらそうか」
なまえはうつむいて、もごもごと何か言っている。聞き取りづらかったから膝を曲げて顔を近づけた。すると彼女は目をまん丸にしてピャッと距離を取ってきた。
「あ、明日! 帰ってきたらジェラート食べに行こ!」
「ジェラート」
「うん」
「まあええけど」
「……ジェラート知ってる?」
「あれやろ、なんや甘くて冷たいやつ」
「またおじさんみたいなこと言ってる~」
「もうおじさんでええわ」
神々廻が投げやりに言うと、なまえはくすりと笑った。
「明日は四時半にここに集合ね」
何がそんなに嬉しいのか、軽快に足音を響かせながらなまえは去っていく。しかし、この約束が果たされることはなかった。次の日、殺連からの襲撃を受けて組の人間は神々廻以外全員死んだ。四ツ村というたった一人の男によって、事務所は血の海となったのだ。
「なあおっさん」
「なんだ?」
神々廻は顔に付いた血を拭いながら、自分を拾った男に問う。
「中学の制服着た子、見てへんよな」
「見てねえなあ。まさかお前さんたち、誘拐「ちゃう」
時計は四時を少し過ぎたところ。もうすぐなまえが帰ってきてしまう。せめて父親の死体とは対面しないようにしてやりたいところだが、神々廻にできることなど限られていた。
「ボスの娘がもうすぐ帰ってくんねん」
「そうか。母親は?」
「さあ、聞いてへん」
「わかった。そっちは保護するよう掛け合っとく。お前さん、知り合いならここで待つかい?」
「今から別の任務や言うてたやん」
「俺一人だって充分さ」
「いや、俺も行く」
「そうかい」
神々廻が残らなかったのは、なまえがもう自分のような人間と関わらないほうがいいと思ったからだ。それが正しかったのかはわからない。そばで支えてやる人が必要だったかもしれない。けど、それは俺の役割やない。神々廻は心の中で何度も自分にそう言い聞かせて納得したのだった。
***
もう会うことなどないと思っていたのに「神々廻」と声をかけられた。すぐになまえだとわかったが、気づかない振りをした。なまえはめげずに神々廻の腕を引いた。覚えてないで通すのは無理だった。
「神々廻、また会えてよかった」
「……」
「今何してるの?」
「殺連の飼い犬や」
「……そうなんだ」
殺連が親の仇であるとわかっているのだろうか。彼女は神々廻を責めるようなことは言わなかった。それどころか昔と変わらない口調で、甘いものを食べに行こうと言う。
「今、仕事中やから邪魔せんとって」
「じゃあ終わってでいいから、連絡先……」
「もう関係ないやろ、俺ら」
彼女の顔を見ていると気分が悪くなってくる。平気で殺連に飼われている自分がどういう人間なのか、思い知らされたような気がした。
ぽたぽたと彼女の顔から涙が落ちていく。
「ひどいっ! わたし、神々廻のことずっと好きだったのにっ!」
(いや好きて!)
しかし思い返せば心当たりがないわけではなかった。彼女から直々にご指名を受けていたのだ。今ならわかる。……けど、昔はともかく今までずっと好きだったというのは全く理解できない。生きてんのかもわからん男を九年も想い続けるとかアホやろ。
泣きながら走り去っていった彼女から目を逸らし、そうして今度は南雲を適当にあしらい、やっとのことで現場に到着する。今から仕事だというのに神々廻はすっかり疲れ切ってしまっていた。
***
「ねえねえ、これさっきの子じゃない?」
「はあ?」
仕事が無事終わり、車に乗り込んだところで南雲がずいとスマホを差し出してくる。そこにはさっき泣かせたばかりの女の写真が載せられていた。
南雲が見せてきたのは殺しの依頼リストだ。ここにはターゲットの名前や写真、住所、そして報酬額が一覧になっている。にしても、
「報酬たったの一万て舐めてんのか」
「ねー。でさあ、ここの備考のとこ読んでみて」
「『生かしたまま連れてきた場合は追加で1000万払います』……って、」
言うまでもなく規定違反だ。殺連では個人からの誘拐依頼は受け付けていない。それでもリストに上がっているということは、チェックがさほど機能していないのだろう。
「僕、今日は電車で帰ろうか?」
「何が言いたいねん」
「行ってあげなくていいの?」
「……なんで俺が」
「行きづらいよね~。わかるよ~。あんなにカッコつけたあとだもんね~?」
「……」
「でもさ、こういうのを取り締まるのが僕らORDERの仕事でしょ?」
「……そやな」
ならお前が行け、とか言いたいことはいろいろあった。だけどどうせのろりくらりとかわされてしまうのだ。それならもう諦めたほうが早い。神々廻がナビに住所を入れると、南雲はにこりと笑顔で車を降りた。ひらひらと手を振られて舌打ちを返す。南雲にイライラしていたせいで、急発進してしまったではないか。