ゴロツキ時代のボスの娘に再会する02

 到着したマンションの前で、ハンドルに頬を押し付けながらため息をつく。神々廻はさっそく後悔していた。
(そもそもなんで一人で来てん。南雲を帰す必要なかったやろ)
 いたらいたで鬱陶しいが、それでもなまえと二人きりになるよりはマシなはずである。
 意を決してインターフォンを押そうとしたところ、ちょうど中から人が出てきたためオートロックを突破してしまった。エレベーターも一階にとまっていたしで目的地までサクサク進む。しかしここでいかにもな雰囲気の男が一人、神々廻の行く手を阻んだ。
「チッ、もう来やがった」
 袖の中にナイフ、腰には銃。どうやらあの依頼を見て来たようだ。どうとだってできるような相手だが、できれば騒ぎを起こすのは避けたい。神々廻はポケットから出したスマートフォンを見て、わざとらしくため息をついた。
「あー……無駄足やったわ」
「……何だ?」
「アンタもアレやろ? けど残念やったなー。依頼取り下げられたらしいで」
「なっ……!」
 男は慌ててスマホに指を滑らせた。ちなみに彼女の名前は本当にリストから消えている。通報したらすぐに対処してもらえるのだ。そうして依頼者のIDは凍結。だが端末や回線を変えればどうとだってできるし、彼女を狙っている人物がいるということに変わりはない。
「ほな、お先~。アンタもはよ逃げたほうがええで」
 神々廻は涼しい顔で柵から飛び降りた。一つ下の階の通路に身を隠し、男が去るのを待つ。そもそもが規定違反の依頼だ。請け負うほうにもリスクはあるのだから、よほどの馬鹿じゃなければこの場にとどまるようなことはしないだろう。
 一分経ったところで神々廻は動いた。しかし階段を上る足取りは重い。頭の中ではもう帰りたいと思っている。どうしたって面倒なことになるのは目に見えているし、なんで自分がという気持ちが大きかった。だけど今さら帰ったところで自分の性格上、気にせずにはいられないこともわかっていた。
 インターフォンを押し、足音が近づいてくる。妙に力が入る自分に嫌気が差した。

 カチャリと控えめに開いたドアから、大きく見開かれた目が見える。無言でドアを閉められてどうしたもんかと考えていると、もう一度ドアが開く。単にチェーンを外していただけのようだ。それもどうかと思うが。
 彼女は神々廻が何か言うのを待っているようだった。嫌がられているわけではなさそうだが、前髪の間からチラチラと視線を向けられている。……何か勘違いさせてしまっては非常に面倒だ。
 これは早々に話をつけなければ。
「あー……とりあえず入ってええ?」
 彼女はこくりと頷いて招くようにドアを大きく開いた。
(いや、ちゃう)
 神々廻は心の中で言い訳した。こんな誰が聞いているかもわからない場所では話せないから、中に入れてほしいと言ったのだ。だが相手は昼間に好意を伝えてきた女である。そしてもう外は暗い。どう考えても自分に非があるじゃないか。
 玄関のドアが閉まったところで、神々廻はなまえの額をグイと押した。というのも、彼女がさっそく抱きつこうとしてきたのだ。
「おー怖」
 と言いながらも内心ヒヤヒヤだった。もう帰らしてくれ。俺が悪かった。なるべく触れないように距離を取りながら、恨めし気な目をした彼女を見下ろす。
「アンタの誘拐依頼が出てんのやけど、心当たりある?」
「……っ」
 ハッと息を呑んだ彼女は、神々廻から目を逸らしうつむいた。
「あるんやな」
「……関係ない」
「そういうの取り締まんのが俺の仕事やねん」
「知らない」
 なんだか会ったばかりのころのようだ。と、つい昔を思い出してしまいそうになる。黙秘を決め込んでしまった彼女の口をどうやって割らせればいいのか。彼女が一般人でなければ方法なんていくらでもあるが、どうにもやりづらい。
「なあ、」
 伏せた顔を上げてもらおうと声をかけたそのとき、外からクラクションが聞こえてきた。かなり長めのやつだ。
「あー……そういや路駐してんのやった」
 一度戻ってしまえば、もうここへ来る気力などない。考えている間にもクラクションが何度も鳴らされている。
「家の鍵、どこ?」
 ちらりと彼女が視線を上げる。押せば行けるかもしれない。
「持って来んのやったらこのまま連れてくけど」
 なまえは無言で立ち上がって部屋の奥へ歩いて行った。そうして戻ってきたときにはちゃっかり上着を羽織って大きなカバンまで持って来ているのだから、そういうところはやはり「お嬢」なのだなと感心させられる。
「ついて行くから……そのかわり一個だけお願い聞いて」
「なに?」
「付き合って」
「アホ。何言うてんねん」
 また拗ねるのかと思っていたら、今度は泣きそうな顔で笑っていた。

 クラクションを鳴らしていた男は、神々廻が一言「すんません」と言っただけで大人しくなった。後ろで彼女が笑いを堪えている。さっきまで拗ねていたり泣きそうになっていたり、忙しいやつだ。
 車のドアが閉まると、ついに彼女は声を出して笑い始めた。
「神々廻……さんは、いかにもって感じの顔してるもんね」
「これでも気にしてんのやから、あんまイジらんとって」
「それでどこ行くの?」
「とりあえずホテルにでも、」
(……いや、ちゃう)
 他意はないのだ、本当に。彼女を勘違いさせるようなことを言いたくないだけなのに、意識しすぎて妙な空気になってしまった。今日はもうダメかもしれない。
「……神々廻さんにそんな気ないことなんて、わかってますよー」
(ほんで気ィ使われるし)
「そらよかった」
「まあ、私にはありますけど」
「はー……もう勘弁してや」
 正面を向いていても助手席からひしひしと視線が伝わってくる。ようわからん。今どういう感情なん。誘拐の話をしたときはあんなにとげとげしかったのに、家から連れ出したあたりから急に機嫌がよくなった。もしかして……
(俺と一緒やから喜んでる……とか、)
 いやいやいや、と思考を振り払う。
(イタいおっさんの妄想やったらええんやけどな)
 ちらっと隣を見たら、目が合ってにこりと微笑まれる。ため息を隠す気にもならない。やっぱり南雲を連れて来るのだったと後悔しながら、ホテルの駐車場へハンドルを切った。

「怖いから手、繋いで」
 それで車を降りようとしたらこれだ。家での怯えようを考えれば本心なのかもしれないが、にこにこしながら手を差し出されては説得力に欠ける。
 しかし彼女が本気で怖がっているかなど、神々廻には関係ないことだ。どっちにしたって彼女と手を繋ぐことはないのだから。神々廻が彼女の要求を無視して歩き始めると、後ろからぱたぱたと足音がついてくる。
「手くらい繋いでくれたっていいのに」
「いや繋がんて」
「誰とだったら繋ぐの?」
「そういう話やない」
「ねえねえ」
「誰とも繋がん」
「じゃあいいや」
「ハァ~もう……」
 彼女と話していたらため息ばかりついてしまう。まだホテルに着いたばかりだというのにどっと疲れた。どうしてここまでして彼女を守らなければならないのか、考えたら心が折れそうだ。
「若いって恐ろしいわ」
「二、三しか変わんないって言ってたじゃん」
「そやったっけ。よう覚えてたな」
「すぐ忘れたふりするんだから」
「何やねんその自信は」
 ふふ、と彼女が笑う。実は図星だったので、神々廻は知らんふりした。

 二部屋分のチェックインを済ませて、まずなまえを泊まらせるほうの部屋へ入った。ドアを閉めるなり後ろから視線を感じ、また抱きつこうとしてくるんじゃないかと身構える。ところが神々廻が振り向いても彼女に動く様子はなく、しょうもない妄想をした自分に呆れた。
「で?」
 彼女が神々廻の顔を見上げてくる。
「で、って何」
「誘拐依頼の話、ちゃんと説明して」
「えらい強気やなー。俺かて心当たりあるなら聞きたいんやけど」
「……でも、関係ないかも」
「ええよ別に。こっちもまだ手がかりゼロやし聞くだけ聞かして」
 なまえはためらうように目を泳がせたあと口を開いた。
「……ちょっと、ストーカーみたいなことがあって、さっきの家も引っ越しして二週間くらいで」
「そら災難やったな」
「それからはあんまり外出しないようにしてたから違う人かも」
「まあ調べる手段はいくらでもあるやろうし、何とも言えんな」
「神々廻さんは私のこと守りに来てくれたの?」
「……まあ、なんちゅーか、そうと言えばそうなんやけど……」
 神々廻は犯人を粛正する立場である。結果として彼女を守ることにはなるのだろうが、「守りに来てくれた」という言い方には素直に頷きたくない。わざとそういう言い回しを選んだのかは知らないが、神々廻が仕事だと念を押せば彼女はつまらなそうに口を結んだ。
「で、そのストーカーが誰か見当はついてんの?」
「昔、お父さんにお世話になったって」
「はあ?」
 思いもよらないところからの衝撃だった。つい大きな声を出してしまって、彼女がびくっと肩を跳ねさせる。だが神々廻が謝るよりも先に彼女のほうが口を開いた。
「手紙が郵便受けに入ってたの。だから昔の組の人か、対立してた人か……」
「いや、」
「なに?」
 自分の手が冷たくなっていくのを感じた。「昔の組の人」なんて、神々廻以外とうの昔に全員死んでいる。
(いや、けど……四ツ村さんに襲撃される前に組を抜けたっちゅうなら……)
 縋るような思いで絞り出した可能性も、次の大きな爆弾によって見事かき消されてしまった。
「だからね、お父さんに相談したんだけど
「な、」
 彼女が不思議そうな顔で見上げてくる。「お父さん死んだやんか」と言ってしまえばどうなっていただろう。むしろここでさっさと言えばよかったのかもしれない。こういうのは後回しにすればするほど言いづらくなってくるのだ。

「……で、そのお父さんは今どこなん?」
「わかんない」
「はあ、」
「命を狙われてるからしばらく会えないって」
「そらまた……」
 父親とはメールでやり取りをしているらしい。誰かが彼女の父親を名乗っているのか、それとも本当に生き延びていたのか……。嫌な予感がする。
「いい加減LINE登録してって言ってるのにさー、新しいのはよくわからんとか言うの。おじいちゃんみたいでしょ?」
 頼んだらそのメールとやらを見せてもらえるだろうか。……いや、不自然だ。彼女が寝ている隙にこっそり見てみるか?
「ねえ、聞いてる?」
 腕を引かれてハッとする。「ああ、」とまたも気のない返事をしてしまうと、彼女はむっと眉を寄せた。
「なんかさっきから変。っていうかこんなところ立ってないで座ろうよ」
 ぐいぐいと引かれるまま神々廻は部屋の奥へ進んだ。長居するつもりはなかったのだが、このまま話を終わらせることもできなかった。彼女は一つしかないベッドに腰を下ろし、神々廻はその近くに椅子を持って来て座った。
「もしかしてお父さんのこと、何か知ってる?」
「……」
 言うならもうここしかない。神々廻は奥歯を噛みしめた。
(けど、なあ……)
 真実を告げたとして、どうなる。それは本当に仕事のためなのか? 言わなければ今回の件に支障をきたすのか?
 別に神々廻は彼女の家族や恋人でもなければ、友人ですらない。彼女を教育する立場でもないし、自身が人として正しい道を歩んでいるとも言えなかった。それで「父親の死に向き合うべき」なんて高説垂れて、本当のことを告げたとして……。
(いっそ恨み言の一つでも言ってくれたらな)
 四ツ村の誘いに乗ったことを、後ろめたくは思わなかった。ただのゴロツキの集まりに忠義などなかった。そう思っていたはずなのに、彼女に未だ好意を向けられているという事実がグサグサと身体に突き刺さる。真実を知って神々廻が裏切り者だとわかれば、彼女の態度は変わるだろうか。全部話したら楽になれるだろうか。
 もし本当に彼女の父親が生きているのならそれでいい。そうじゃなかったとしても誰が彼女の父親を「している」のか、話したほうが探りやすくなる。
 考えていたら、ささやかな力で腕を引かれる。
「聞いちゃいけないことだった?」
「いや……」
 神々廻が迷っている間に、彼女は結論を出そうとしていた。大人になって諦めるということを覚えたらしい。表情は明らかに不満そうで、そこはまだまだ子どもだが。
「なまえちゃん」
 久しぶりに名前を呼ぶと、彼女の瞳が揺れた。その奥から期待するような色を感じてしまって、罪悪感が大きくなる。勿体つけるべきではなかった。下手に探ろうとせずに早く言ってしまえばよかった。
「なまえちゃんのお父さんは、九年前に俺の目の前で殺された」
 神々廻は彼の生死を確認したわけではなかった。だが「確証はないけど」とか、「多分」とか、期待させるような言葉は意図的に使わなかった。
「え……な、に言ってんの?」
「殺連から来たおっさんに俺以外全員殺された。俺はそのおっさんに拾われて殺連の犬になったっちゅうわけや」
「いみ、わかんない……。だって、学費も、卒業までの生活費も、全部お父さんが出してくれたんだよ?」
「その辺の事情は俺もわからん。けど、一回でも『なんか変やな』とか『おかしいな』って思わんかった?」
「……それは、」
 彼女にも心当たりがあるようで、神々廻は内心ほっとしていた。これで全く聞く耳を持っていなければ、どうなっていたことか。

 彼女はあの日のことを記憶を手繰り寄せるように話してくれた。
 事務所に帰ってきたなまえは、父の部下だと名乗る女に「危険だから」とホテルへ連れて行かれた。事務所に行ったのはそれきりで、しばらくは家にも帰れなかったらしい。そしてホテルに泊まって何日かすると、父からメールが届いた。命を狙われているからしばらく会えないと。そうして家を手放すことになったなまえは、父が借りたというマンションで一人暮らしをすることになった。金には困らなかったらしい。しかし、学業のことまでは気が回らなかった。気づけば受験シーズンは終わっていて、気にもかけてくれなかった担任のことを恨んだりもしたそうだ。
「大変やったな」
「うん……。でもね、このままじゃだめだと思って、高卒の資格取って専門学校行ったの」
「えらいな」
「何もしてないと不安になるみたい。それでお父さんに相談したら、挑戦したいことがあるなら応援するって」
「ええ父親してるやん」
「でしょ」
「……」
 しばらく沈黙が流れた。神々廻の頭の中には一人の男の名が浮上している。ただ、もう少し材料がほしかった。それと彼女にどこまで話すかを悩んでいたのだ。例えば神々廻の予想が当たっていたとして、そいつが彼女の父親を殺した張本人であると……。
「ぎゅってして」
「……何の話や」
「して」
「せん」
 彼女はぐしゃっと顔を歪めて泣き出した。あまりに酷いことをしている気分になってくるが、どうすることもできない。
 神々廻は乱雑に髪をかき上げて立ち上がった。
「あー……続きは明日にしよか」
「なんで出て行こうとするの!」
「……泣いてるやん」
「慰めてよ」
「あんま困らせんといて」
「なんで困るの」
「いや、」
 出ていこうにも出ていけなくなってしまった。観念して椅子に座り直すと、彼女は無言でスマホをずいと差し出してきた。画面からはメールのアプリが立ち上がっているのが見える。
「見てええの?」
 こくりと彼女は頷いた。

 やり取りを辿っていくにつれ、神々廻の頭痛が酷くなる。それもそのはず、聞き覚えのあ言い回しが嫌でもあの男を思い出させるのだ。
(このおっさん、何回も同じこと言いよって……)
 確認する傍ら彼女にちらりと視線を向けると、恨めしそうな目に捕まる。
「自分でも違和感あったんやな?」
「どういう状況なのか全然説明してくれないし、文章も別人みたいだった」
「なー、こんな絵文字使う人おるんやな」
 謎のハンドサインのような絵文字は神々廻にも見覚えがあった。聞くのも恐ろしくて触れなかったし、四ツ村が神々廻に絵文字を送ってきたのはそれが最初で最後だったので今まで忘れていた。……が、ようやく繋がった。彼女に絵文字入りのメールを送っていたから間違えてしまったのだろう。
 四ツ村は殺連に追われている身だ。これを上手く利用すれば彼にたどり着くことができるかもしれない。ただ、たどり着いたら着いたで神々廻は四ツ村を殺さなくてはならなくなる。
(なんでこんな面倒ごとになってんねん……)
 迷った末、神々廻は彼女にスマホを返した。今回の仕事とは完全に別件なのだから、彼女の信用を損なって本来の任務に支障が出ては困る。もっともらしい理由ではないだろうか。
「もしもの話やけど、そいつがお父さん殺した男やったらどうしたい?」
「……なんでこれ見ただけでわかるの」
「もしも言うてるやん」
「……どうしてこんなことしてるのか聞きたい」
「そらそうやろなあ。ほんでもう一個もしもがあるんやけど」
「なに?」
「俺、その人のこと殺さなあかんねん」
 また泣くかと思ったけれど、予想に反して彼女はぽかんとしていた。どうも説明が足りなかったようだ。というか、四ツ村の事情が複雑すぎるのが悪い。
「殺連の人じゃないの?」
「今は追われてる身や」
「よくわかんない……」
「あんたのお父さん殺したのは殺連の四ツ村っちゅう男で、俺はそいつに拾われて、そのあと色々あって四ツ村さんは殺連に追われてる」
「なんでその人が私のお父さんのふりしてるの?」
「もしもの話や」
「さっきからそればっかり。何か心当たりあるんでしょ?」
「まあ……娘がおるって俺が教えたし、そういうことやりそうやし、メールの文面も似とるし」
「聞いてみてもいい?」
「……いや、待って」
 べらべら正直に喋りすぎたかもしれない。嘘をつくことに抵抗があったわけではないが、かといって適切な嘘も思い浮かばなかったというのが現状だ。見たところ彼女は神々廻の話を全く信じていないわけではなさそうである。
「とりあえず会いたいって送ってみ」
「え、やだ」
 即答だった。
「会えるわけないじゃん神々廻さんの話が本当なら」
「どこに隠れてんのか必死やねんこっちも」
「殺しに行くってこと?」
「まあ、そうなるな」
「殺さないでって言ったら?」
「……」
「もしもの話」
「……殺さんのは無理やな」
「そっかあ」
 彼女はしばらくスマホをじっと見つめていた。そうして次は、四ツ村に送るメールを打っているようだ。彼女はまたしばらく画面を凝視して、動かなくなってしまった。
「なんて書いたん?」
「神々廻さんがあなたのこと探してるって」
「なんて返ってくるんやろな」
「送っていいの?」
「ええよ」
 彼女の指は震えていた。送ったら親子ごっこが終わるとわかっているのかもしれない。
「……怖いよ」
「別に今すぐ送らんくてもええんちゃう?」
 大きな涙の粒が彼女の目からこぼれ落ちた。
「もうちょっと寄り添ってほしかった」
 グイと涙をぬぐった彼女は、送信ボタンを押したようだった。そのままスマホをベッドに放り投げて、ぐずぐずと泣いている。何もしないつもりだったが、呼吸が怪しくなってきたからつい隣に座って背中をさすってしまった。抱きつかれるだろうと、どこか予感はしていた。
「好き」
「こんなときに何言うてんねん」
 どうしたもんかと思っていたから、ここで彼女のスマホが鳴ったのはありがたかった。返信はやいなあのおっさん。投げ出されたスマホを彼女に渡してやれば、すぐにロックが解除される。メールは一緒に確認した。
『そうかい。今まで悪かったな』
 彼女はわんわん声を上げて泣いた。あんまり泣くから水を持ってこようとしただけなのに、彼女はなかなか神々廻のことを離してくれなかった。