前世の記憶を思い出したら殺せなくなって、南雲に目を付けられる話01

「ぎゃああああっ!」
 JCCの訓練場に響き渡る、間抜けな悲鳴。その中心にいた……というか、悲鳴そのものを出した私の手から滑り落ちた銃が、カタンと音を立てて床に着地する。昨日まで普通に扱っていたはずの銃がとても恐ろしいものに見えた。私は落とした銃をそのままに、周りからの視線も気にせず訓練場から飛び出した。

 これは前世の記憶ってやつだろうか。校舎の裏でぼーっと座っていたら、そんな言葉が頭に浮かんだ。思い出した記憶の中では、日本に殺し屋なんて職業はなくて、人を殺せば罰則が与えられる。つまりこことは正反対の世界で私は生きていた。これが長い夢なら覚めてほしいと思う一方で、夢なはずがないと冷静に考える自分もいる。だってこの身体には、銃やナイフの扱いはもちろん、毒を盛られたときの苦しささえも刻み込まれているのだから。

 周りが静かになって、授業が始まったことに気づく。初めてサボってしまった。だけどそんなこと、もうどうだっていい。立ち上がる気力すらなくてひたすら足元を見つめていたら、次第に辺りが薄暗くなってくる。これからどうしよう。人を殺せる気がしない。
(退学……かなあ)
 退学したところで親が納得してくれるとは思えないけど、殺せないんだからしょうがない。そうと決めたら行動あるのみ、私は学生課へ向かった。

「未成年者の退学は保護者の同意が必要です」
 なんでそこはちょっと常識的なわけよ。確かに入学するとき親に保証人になってもらった気がする。……うん、まあ決まりなら仕方ない。言うだけ言ってみるか。
 寮に戻った私は母親に電話を掛けた。殺し屋になりたくない。JCCを辞めたいと言ったら、電話なのに向こうからのピリッとした空気が伝わってきた。そして母は怒りを抑えたような声で「もう少し考えてみなさい」と言う。ここで粘るよりは一度、時間を置いたほうがいいかもしれない。
「わかった。また連絡する」
 電話を切る直前、ため息をつかれた。だけどこれはまだマシなほう。訓練が嫌だと泣いていた幼い私を、罠だらけの山に置き去りにするような親なのだ。

「あ、不良だ~」
 昼から何も食べていないからと、もう一度外に出たことを後悔した。タトゥーだらけの腕をひらひら振る男を無視して私は食堂の券売機に500円玉を入れる。そして、今の今まで忘れていた。ここでも銃を撃たなければ何も食べられないということを。
 銃を握る手が震える。後ろの男に悟られないようぎゅっと力を入れたけど、一向に震えは止まらない。
(やば、無理かも)
 今の状態ではJCC丼に当てることすら難しい。私は銃を置いて返金レバーを押した。しかし私が取るより先に、タトゥーの指が500円玉を取り上げる。
「返してください」
「だって僕のこと無視するから~」
「不良って私のことだったんですか」
「午後からの授業全部サボったでしょ? 立派な不良だよ~」
 ちなみにこの男、南雲と会話するのは今日が初めてだ。なにがどうしてこうなったのか全くわからないが、とにかく今は面倒くさい。500円は惜しいけど諦めよう。しかし今度は、南雲に腕を掴まれて帰るに帰れなくなってしまった。南雲はなんてことない顔をしているけど、かなり力を込められていて痛い。南雲は丸い目をにこりと細める。
「何食べたいの?」
 ちょうどそのとき、私のお腹がぐうと鳴った。
「薄切りステーキ定食」

 南雲は小さい的に難なくレーザーを当てた。そのおかげで私はステーキにありつけている。そこはちゃんと感謝しているしお礼も言った。だけどどうして彼が今も私の隣の席に座って、自分は食べもせずにいるのかは本当に意味がわからない。
「具合悪かったんじゃなかったんだ」
「そうですね」
「なんで授業出なかったの?」
「そういう気分のときもあります」
「優等生の君が?」
「……」
 そう、私はいわゆる優等生というやつで、今まで授業を休んだこともなければ遅刻もしたことがなかった。JCCでは授業をサボる生徒も珍しくはないけど、私みたいなのがそんなことをすると目立つのだろう。だけどたったそれだけのことでわざわざ話しかけてくるなんて、よほどの世話好きか物好きだ。私の認識では彼は後者にあたる。大方、ただの暇潰しといったところだろう。
 私が無言のままうつむいていると、南雲はポケットから銃を取り出してテーブルの上に置いた。
「はい、落とし物」
「……」
 これが私の物じゃないなんて、言い逃れはできない。JCCの入学基本セットとして全生徒に配布される、それぞれの名前が刻印されたコルトガバメント。私が訓練場で落とした銃を彼は拾っていたのだ。
「ああどうも、ありがとうございます」
 あの場面を見ていたかどうかは聞かなかった。見たか、誰かに話を聞いたのか知らないけど、触れられると面倒なことには変わりない。南雲の探るような視線に気づかない振りをしながら私は箸を進めた。せっかくのステーキ定食なのにまともに味わえやしない。

 結局、私が食べ終えるまで南雲はおとなしく隣に座っていた。もっとあれこれ話しかけられると思っていたからそれはよかったけど、こうなってしまえばテーブルに置かれたままの銃を無視できなくなる。
「それ、持って帰らないの?」
 銃を指差して南雲が言う。もしかしたら私が銃を持てなくなったことに気づいているのかもしれない。さすがに考えすぎだろうか。
 銃に手を伸ばすと、やはり指先が震えた。券売機のお遊びレーザー銃ならともかく、これは本物だ。それでもなんとかポケットに入れてしまえばここを切り抜けられる。……結果、大きな音を立てて床に落とす羽目になってしまったけれど。
 南雲は何か言いたそうにしていたが、無言で銃を拾ってくれた。そしてまた、私に差し出してくる。
「……それ、あげます。いらなかったら捨ててください」
「いや何言ってんの?」
 南雲がそう言うのも無理はない。全生徒同じものを持っているのにそんなこと言われてもって話だ。
「殺し屋になるの辞めようと思ってるんです」
 ここまで言えば諦めてくれるだろうと思ったのに、彼はきょとんとした顔で「なんで?」と言う。
「……別にどうだっていいじゃないですか」
「まあ、そうなんだけど」
「私は寮に戻りますので」
「もう退学届出した?」
「関係ありませんよね」
 ギロッと彼を睨み席を立つ。定食の乗っていたトレーを返却すると、私は全速力で寮に走った。

 女子寮の前まで来たところで立ち止まると、後ろから肩をぽんと叩かれる。
「足速いんだね~」
(嫌味か!)
「ここ女子寮ですよ」
「知ってる」
「中までついてくるつもりじゃないでしょうね」
「まさか~。もう遅いから送ってあげただけだよ」
「……わざわざどうも」
「どういたしまして。じゃあまた明日ね~」
 一体どの話を聞いていたら「また明日」なんて言葉が出てくるのだろう。ああもう、実技訓練より疲れた。

 翌日、私はまたも食料を求めて寮を出た。授業は言うまでもなく欠席だ。そして今度は面倒なやつに鉢合わせしないように、わざと授業中の時間を狙って外出した。定食を食べるためにはレーザー銃を撃たなければならないが、カップ麺やレーション、お菓子などは普通に売っている。それを買い込んで、一週間は寮から出ないようにしたい。そして食料がなくなったころに、もう一度親に電話してみるつもりだ。あれから一度も授業に出てないと言えば、私が本気なのは伝わるだろう。

 しかしもうすぐ校舎だというところで、急に強い殺気を感じる。背後から近づいてきた気配をかわし、とっさに相手が持っていたモノを奪う。
 無我夢中だった。奪ったそれを突きつけると、南雲は満足そうに笑みを浮かべた。
「ほらね、やっぱり君はこっち側の人間だよ」
 自分の手を見ると、そこには私の名前が刻まれたコルトガバメントが収まっていた。