前世の記憶を思い出したら殺せなくなって、南雲に目を付けられる話02
「ッ!」
それが人を殺す道具だと認識した瞬間だめだった。視界がぐらりと揺れて、だけど身体が凍ったように動かない。気づいたときには南雲に背中を支えられていて、視界には南雲と、その後ろに青空が広がっていた。
「……何がしたいんですか」
南雲は答えなかった。まん丸な目を大きく見開いて、私のことをじっと見ている。気まずいよりも怖さが勝って目を逸らした。
銃はいつの間にか落としていたようだ。南雲から距離を取りつつ体勢を立て直す。しかし南雲はもう一度距離を詰めてきた。
「ただの真面目な優等生かと思ったら、意外と演技派なんだね」
……いや演技じゃないんだけど!
まあ、南雲がそう感じるのは無理もないのかもしれない。いきなり前世のことを思い出して、殺すことに抵抗を感じるようになったって……。そんな突拍子もない話、昨日までの私だって信じなかった。
「……それで、そちらの用件は?」
「用ってほどでもないよ。なんか気になっちゃって」
(それが一番困るし)
「うわ~、嫌そうな顔。そんな表情もできるんだ~」
南雲がにこにこしながら私の顔を覗き込んでくる。どうにかして興味を失ってもらえないかと考えたが、いい方法が思いつかない。
「……ところで授業はいいんですか」
「君が見えたから抜けてきちゃった」
「戻ったほうがいいのでは」
「じゃあ一緒に行こうよ」
「退学するって言いましたよね」
「まだしてないならいいじゃん」
ため息をつきたくて仕方がなかった。徹底的に無視するという手もあるが、この男どこまでも付きまとってきそうなのが恐ろしい。察してほしいという私の態度がいけないのだろうか。こうなったら……
「授業には出ません。迷惑です」
前世の私はなかなかノーが言えなかったみたいだけど、今の私は違う。考えようによっては人生二周目だ。怖いものなんてない。
「まあまあ、そんなつれないこと言わないでさ」
「……っ!?」
腕を捻られている。骨がぎしぎしと悲鳴を上げて……もしかしてこいつ、折る気じゃ?
「痛い目見たくなかったら僕の質問に答えてよ」
(いや今もかなり痛いけど!?)
とんでもないことをしているわりに南雲の表情はいつもと変わらない。これは本当にまずいかも。
「……質問ってなに」
「今、学生証持ってる?」
「え……、ポケットの財布の中」
「ちょっと借りてもいい~?」
「へ?」
借りていいか聞いたくせに、南雲は私の返事を待つことなくポケットから財布を抜き取った。躊躇する様子もなく財布を開き、私のほうを見てにこりと笑う。そして、あろうことか財布を持ったまま走り出した。
「待ってよ!」
小さくなっていく南雲の後ろ姿を必死で追いかける。もう嫌な予感しかしなかった。いくら退学するとは言っても、私の名前で悪さをするなら見過ごせない。
南雲が立ち止まったのはセキュリティ室の前だった。本当なら私より足は速いはずなのに、私がギリギリ見失わない程度に手加減していたのだろう。腹が立つ……けど、今はそれより財布と学生証だ。
南雲は私の学生証を使ってセキュリティ室のロックを解除した。ここのロックが解除できる生徒は、成績上位かつ素行に問題のないとされる数名だけだ。実力だけで言えば私よりも南雲のほうが上だけど、彼は問題児として目を付けられているから私のカードが必要だったのだろう。
「開いたってことはこれ本物なんだ」
南雲は私の学生証を表、裏と確認しながら言った。まずそこから疑われていたとは、なんて疑り深い。
「偽物なわけないでしょう」
「君が本当は諜報活動科なんじゃないかなって思ったんだけど、学生証には暗殺科って書いてあるんだよねー」
「いや普通に暗殺科なんで」
「君はスパイも向いてると思うな~」
「ああそうですか……って、ちょっと!」
そうこう言っている間に南雲がセキュリティ室の中に入ろうとしている。さすがにセキュリティにいたずらするようなことはないと思いたいけど、現時点でこの男への信頼はゼロだ。
口で言っても止まらないだろうから、腕を掴もうとした。しかし器用に避けられ、私が部屋の中に押し込められてしまう。
後から入ってきた南雲がドアを閉めた。部屋の電気は点いていなかったけれど、パソコンやモニターの光で物の位置がわかる程度の明るさはあった。
「この時間ね、ちょうど人がいないんだ~」
「なんでそんなこと知ってるんですか」
「まあ、いろいろ?」
答える気はなさそうだったので諦めて次の質問をする。
「……それで、ここに入ってどうするんですか」
「せっかくだし、次のテスト問題とか探してみようかなーって」
「普通に授業に出て勉強したほうがいい点とれると思いますけど」
「それだとつまんないじゃん」
南雲はそう言って机の引き出しを豪快に開けた。鍵が掛かってないことにびっくりしたけど、中にはボールペンとか黄ばんだメモ紙しか入っていなかった。
そうして次から次へと物色していく南雲の様子を部屋の隅で眺めていたら、彼が突然「見てないで手伝ってよ~」と言ってくる。
「関与したくない」
「君の学生証で入ったんだから手遅れだって」
「でも」
「早く終わらせてここ出たほうがいいと思うけどな~。もうすぐ警備員さん帰ってくる時間だし」
「……っそれを早く言え!」
結局手伝ってしまった。上手く言いくるめられた気がしなくもない。それでテスト問題なんてものはやっぱり見つからないし、部屋を出たところでちょうど佐藤田先生に出くわすしで最悪だ。
「あら、珍しい組み合わせね。こんなところで何をしていたのかしら?」
先生はちらりと腕時計を見て言った。言い方は優しいけど、「授業に出ないで何してるんだ」って言いたいのだろう。どうにかして南雲だけを悪者にできないだろうか。もう成績とかそういうのはどうでもいいけど、南雲には痛い目を見てほしい。
「南雲くんにカツアゲされてました。財布とられて、私の学生証で勝手にここに入って……」
「はあ?」
私の弁明にすかさず南雲が声を上げる。
「違うんですよ先生。この子が退学するか悩んでるみたいだったから、相談に乗ってたんです~」
「いや退学は決定事項なんで! その話をしたら昨日から付きまとってくるんですコイツが!」
ぎゃあぎゃあと言い合う私たちの話を先生はしばらく黙って聞いてくれていた。しかしふと先生の視線が動く。まずは私のようだ。
「あなたの話が本当だったとしても、学生証を簡単に奪われたのはいけませんね」
「……はい」
「退学するっていうのは本当なの?」
「自分の中では決まってるんですけど、親を説得してる最中です」
「そう。残念だけど、よく決断しましたね。私はあなたの意志を尊重します」
「……ありがとうございます」
「それから南雲くん」
「はい」
「あなた誤解されやすいんだから、もう少し素直になったほうがいいんじゃない?」
「はい」も「いいえ」も言わなかった南雲は、にこりと笑っていた。……っていうかそれだけ? なんか南雲への説教短くない? 私の思いが伝わったのか、先生は思い出したように「授業はきちんと受けるように」と加えて、次の演習の準備があるからと行ってしまった。
「あー……あんまり怒られなくてよかった~」
ため息をつく南雲の手から財布と学生証を奪い返す。もう学生証への興味は失われていたみたいで、特に何の抵抗もされなかった。
「たまにはこういうのも楽しいでしょ?」
「全然」
「思い出だよ思い出~。君ってばいつもつまんなさそうだったし」
「……まあそれは否定しません」
ろくに友達もおらず、ただ授業に出て決められた課題をこなす。南雲からしてみたら、そういう私はつまらない人間なんだろう。だけど私だって何も考えていなかったわけじゃない。プロになれば旧友と殺し合うことだってあるだろうからと、距離を置いていたのだ。先のことも考えず群れているやつらを見て、馬鹿馬鹿しいと思っていた。でも、そこに羨ましいという感情が一切なかったかと聞かれたら……。
「JCCのことを思い出すときは、きっと南雲さんの顔が浮かぶんでしょうね。とても不本意ですが」
「一言余計だって」
「いい思い出ではありませんから」
「……なんで退学するかは教えてくれないの?」
「南雲くんも見たでしょう。銃を持つと手が震えるんです。多分、ナイフもだめです。もう殺せません」
「原因はわかってる?」
「……それは、」
中途半端なことを言えば次の質問が来るってわかってたのに、なんで話してしまったんだろう。本当のことを言ったってどうせ信じてもらえないだろうし……と考えたところで、私はあることに気づいた。
(別に信じてもらう必要なくない?)
私が事情を話して信じるかどうかは南雲次第であり、その結果がどうであれ私にとってはさして重要なことではない。例え頭のおかしいやつだと思われようが、この学校限りでの付き合いだ。そう考えれば、下手に誤魔化す必要なんてどこにもなかった。
「前世の私が殺人はだめだって言ってるんですよね。あ、前世のことは昨日急に思い出しました」
「え?」
ぽかんとする南雲を見て、なぜか私は勝ち誇ったような気持ちになった。お前なんかに理解されてたまるかという気持ちが多少はあったのかもしれない。
しかし南雲が固まっていたのはほんの数秒のことで、すぐにさっきの発言を後悔することになる。
「そうなんだ~! 前世ってどんな感じ? 訓練場で叫んでたときに思い出したってこと?」
え……まさか信じて……、いやどっちだ? 南雲の目は、疑うことを知らない純粋な少年のもののようにも見えるし、嘘つきのそれにも見える。
とにかく、これで解放されると思っていたのが大間違いだったってことしか私にはわからなかった。