前世の記憶を思い出したら殺せなくなって、南雲に目を付けられる話07
疲れたと言ってしまったせいだろうけど、家に帰るなりすぐ寝室に連れて行かれた。眠いかと言われるとそうでもない。南雲はベッドのすぐ横に椅子を持って来て、私が寝付くまでここにいてくれるらしい。
とりあえずベッドに横になってみたけど、南雲からの視線がうるさくてしょうがない。だからって背を向けるのも気が引けて、もぞもぞと布団の中で横向きになったり仰向けになったりを繰り返す。そのときふと、床に落ちていた雑誌が目に入った。目が覚めたときにみつけた数独の雑誌だ。つまりこの雑誌は南雲のもので、もちろんこのベッドを普段使っているのも南雲ということになる。しかし昨日は私がベッドを占領してしまっていたわけで……。
「……南雲くん、昨日はどこで寝たの?」
「えー? 普通にここで一緒に寝たよー?」
「なんでわざわざ嘘つくんですか」
「嘘じゃないって~」
「じゃあ一緒にお昼寝します?」
ぺらっと布団をめくって南雲を誘う。もちろん南雲は来なかった。むすっとした顔で私を睨んでいる。
「僕が危害を加えないって信じ切られても困るんだけど」
「信じ切ってるわけじゃないですよ」
信じてはいない。ただ、その気がないのはわかるってだけだ。
「何があっても仕方ないって思ってます」
「そんな悲しいこと言わないで」
「……すみません。ただ、南雲くんがちゃんと寝てるか気になって」
南雲は布団の上から私の身体をぽんと優しく叩いた。
「もう一個ベッド買ったから大丈夫。今日の夜までには届くから心配しなくていいよ~」
「……一つ聞いてもいいですか」
「うん?」
「いつまで私と一緒に住むつもりですか?」
「ずっとだけど」
ここですんなり「わかった」と納得できるほど脳みそお花畑じゃない。ずっとっていつまで? 殺し屋の彼が永遠なんて信じているはずがない。私だっていつまでも南雲に甘えて、先のことも考えずに生きていくなんてことはしたくなかった。
「南雲くんに800万返したら出て行ってもいいということでしょうか」
「お金は返さなくていいよ。っていうか貸したつもりないし」
「でも、」
「僕が死んだら財産は全部君にあげる。だからそれまでは僕と一緒にいて」
私が思っていたよりずっと規模の大きい話だった。南雲がそこまでしてくれる理由が本気でわからない。
「なんでそこまで……?」
「別に……死んだらお金の使い道ないし、だったら君使ってもらったほうがいいかなって」
ベッドから起き上がって南雲をまっすぐ見つめる。南雲は何か後ろめたいことがあるのか、私から目を逸らした。
「南雲くん、何か悲しいことでもあったの?」
「……うん?」
「何があったのか知らないけど、ヤケになっちゃだめです」
「いや何の話?」
私としては核心をついたつもりだったけど、南雲の反応からしてそうでもなかったようだ。例えば南雲には将来を約束するような大切な人がいて、その人が死んでしまってヤケにでもなっているのかと思ったのだ。……まあヤケになっていたとしても、私に大金をつぎ込むことにはならないのかもしれないが。
「あのね、僕が大事にしたいのは君なんだよ」
「……だからそれが意味わかんないんです」
「そうだね。多分、言ってもわかんないと思う」
「……教えてくれないと、ずっと気持ち悪いです」
「じゃあ、君が好きだからって言ったら納得してくれる?」
南雲は私の手を取って言った。優しく手を握られて、じっと見つめられながら言われると本当にそうなんじゃないかって錯覚してしまいそうになる。そんなわけないと言い切ってしまうほうが楽だ。だって南雲が私を好きになる要素なんて一つもない。学生時代にちょっと話したことがあっただけで、つい昨日再会したばかりだ。これを真に受けて、後から嘘でしたって言われるくらいなら最初から信じないほうがいいに決まっている。でも、これ以上に納得できるような話があるだろうか。もし南雲が本当のことを言っているのに嘘だと決めつけたら、もう二度と本当のことは言ってくれなくなるかもしれない。それなら嘘だったとしても、ただ私が騙されて終わるだけのほうがいい気がしてきた。
「優しいね。嘘だーって言われるかと思ったのに」
「……嘘っぽいって自覚あるんですか」
「まあ、それなりに」
「……南雲くんになら、一回までは騙されても許します」
「結局それ疑ってない?」
「疑ってないです」
「……そう。じゃあ今度からは僕に好かれてる自覚持って、さっきみたいに試すようなことしないでね」
「わかりました」
もう一度横になって布団を頭の上まで被る。
(……いやわかりましたって何!?)
なんか変な方向に話が進んでしまった気がしなくもない。結局南雲が本当に私のことを好きなのかはわからなかった。もっと深掘りしたい気持ちはあったけど、これ以上は私が耐えられない。私のどこが好きなのって、聞けるか……?
「照れてるの? 可愛いね」
布団の上から撫でられて悲鳴を上げそうになった。もしかして南雲はこれから私のことが好きな感じで振るまってくるのだろうか。これはとんでもないことをしてしまったかもしれない。
「あの、身の危険を感じるので出て行ってもらってもいいでしょうか」
「心配しなくても無理やり襲ったりしないよ~。君も好きになってくれたらそのときは考えるけど」
「……こわい」
「え~。心外だなあ」
こうなったらもう早いとこ寝てしまおう。できる限り何も考えないようにして目を瞑る。そしたら本当に眠ってしまっていたようで、次に目が覚めたときには部屋に一人だった。
そろりと部屋から出ると、ソファで寝ている南雲がまず目に入った。やっぱり私がベッドを使っていたせいで眠れてないんだ。南雲の長い手足が窮屈そうに折りたたまれてソファからはみ出そうになっている。すぐにでもベッドを使って寝てもらいたいところだけど、今起こしたとしてベッドに移動してくれるだろうか。このまま寝かせてあげるのが正解かもしれない。
音を立てないようにしながら寝室に戻ろうとしたところ、急に南雲の目が開く。南雲はとろんとした目のまま起き上がった。
「あ、起きてたの?」
「今さっき起きたばっかりです」
「うん……」
やっぱり南雲はまだ眠たそうだ。なんだかぽやんとしているし、言ったらベッドに移動してもらえるかも……。
「南雲くん、ベッドで寝たほうがいいですよ」
「……起きる」
「私のことは気にしなくていいですから」
「んー……」
南雲が半分目を閉じたまま歩いてくる。髪がぴょこんと跳ねていてかわいい。なんだか無防備すぎやしないだろうか。
「こっち来て~」
「え、はい」
南雲があくびをしながらドアを開ける。言われるがままついていくと、そこには大きなベッドが一つ置いてあった。これが今日中に届くと言っていたベッドだろうか。……にしても大きすぎやしないか? さっきの寝室にあったベッドも大きかったけれど、これもそう変わらない大きさだ。
「ここ、君の部屋ね~」
「ベッド大きくないですか……?」
「ベッドなんて大きければ大きいほどいいでしょ」
こんな立派なベッドを買ってくれるくらいだから、本当に裏はないのかもしれない。そう思ってしまう私は単純すぎだろうか。
「ありがとうございます。ここまでしてもらって」
「どういたしまして。あと必要なものあったらなんでも言ってね」
「いえ、あの……気持ちだけで」
「化粧品とかは?」
「……使ったことないから」
「そうなの? 前世でも使ってなかった?」
「え……」
南雲があまりにも普通に前世と言うからびっくりした。もう二度と前世の話なんてしないつもりだったから、とっさの返答がぎこちなくなってしまう。
「前は、使ったことあります……」
「じゃあ僕のがあるから塗ってみなよー」
南雲はすっかり目が覚めた様子で、うきうきと化粧品を腕に抱えて戻ってきた。
化粧水とクリームを塗ると、肌がもっちりとしてきて嬉しくなった。それにいい匂いもする。両手で頬を触っていたら南雲と目が合った。はしゃいでいるところを見られて恥ずかしい。でも、南雲はにこりと微笑むだけだった。
南雲は強引なところもあるけど肝心なところでは一歩引いているというか、こういうとき揶揄ったりしてこない。そういう距離感が心地よかった。
「お風呂入ったらまた塗ってね」
「使っていいんですか?」
「いいよ~」
「……南雲くんもこれ使ってるんですか?」
「まあ忘れる日もあるけど」
「じゃあ一緒に塗ったら忘れないですね」
「うん。一緒にもちもちになろうね~」
南雲は両手の人差し指で自分の頬をトントンと叩いた。こんな可愛いしぐさも似合ってしまうからある意味憎らしい。そしてお風呂から上がれば、
「クリーム塗っていい?」
きゅるんとした顔で聞いてくる。さすがに断った。