ポイズン・キス08
「で?」
不格好に切られたクリスマスケーキにフォークをぶすりと刺すのは、同じ毒殺科の友達だ。大きめの一口を食べて、そのフォークの先端を向けられる。
「……えっと」
「告白するんじゃなかったの?」
「タイミングが……」
「クリスマス」
「だって……」
南雲に告白する。リオンに宣言したのち、私は自分を追い詰めるために他の友達にもそう言って回った。しかし、言うことができないままズルズルと時間だけが過ぎて行った。言い訳をするなら、最近は南雲と顔を合わせることがほとんどなかったというところだ。というか、今までが多すぎた。南雲が私のことを探していたのかは知らないが、もしそうであるなら、単に飽きたのかもしれない。考えれば考えるほど、告白への意欲がしぼんでしまう。
「ま、彼氏できたから部屋には来るなとか言われたら腹立つしいいけど」
「そんなこと言わないよ!」
「どうだか~」
友達はけらけらと笑っていた。こんな感じではあるけど、私がウジウジしていたら「大丈夫だって」と慰めてくれる子だ。南雲のことだって何度も励ましてもらっている。
結局私はクリスマスも棒に振って、それから年越し、正月と、年末年始のイベントを全てスルーしてしまった。幸いだったのは、年明けに南雲から声をかけてくれたことだ。
「あけましておめでとー」
「おめでとう」
話しかけられてホッとしたのと同時に、自分に嫌気が差した。何もしないで話しかけられるのをただ待っているだけって、最低だ。
「……なんか久しぶりだね。南雲くんは年末とかどうしてたの?」
「特に何もしてないよ~。まあ課題のことで忙しかったってのもあるけど~」
「そうだったんだ」
なんだ、忙しかったんだ。それなら考えすぎだったのかもしれない。
私が思っている南雲より、目の前の南雲は無口だった。じっと見られてどうしたらいいかわからない。何か言ったほうがいいのかもしれないけど、なんだか妙なことを口走ってしまいそうで怖かった。
「なんか元気ない?」
「えっ」
「僕の胸でよければいつでも貸すよ?」
「元気ないわけじゃないんだけど……」
これはもう詐欺だ。ここまで来て私のこと好きじゃないとか言うなら、殺したって罰は当たらない。
私は周囲を見渡して人がいないことを確認した。人がいたら言い訳できるな、と実は少しだけ。しかし私の感知できる範囲では南雲のほかに、誰もいない。
「これ、飲んで」
液体の入った瓶を差し出せば、南雲はあっさりと受け取った。透かすように太陽の光にかざして「何の毒?」と、彼は聞く。
「ほ…………惚れ薬」
「惚れ薬?」
「うん」
「存在するの?」
「……」
そんなものはない。もしあるとしたら催淫薬の類だ。いちいちそこに突っ込まないでほしかったが、南雲はいっこうに蓋すら開けようとしなかった。
なんか失敗したかもしれない。でも好きって言うのは無理だった。せめてバレンタインまで待ってポッキーでもあげればよかったのに、なんて馬鹿なことを。考えなしにその場のノリで行動なんてするもんじゃない。……って私、全く学習してないじゃないか。
沈黙に耐えられなくなった私は、瓶を取り返そうと手を伸ばした。
「ちょ……」
あろうことか南雲は瓶を持った手を、ひょいと振り上げた。高身長のこの男にそんなことをされては、私がいくら飛び跳ねたところで届きやしない。
「やっぱり返して」
「飲まなくていいの?」
「……飲む気ある?」
「うーん……」
南雲は瓶を振ったりひっくり返したりして、それから蓋を開けた。飲むときは豪快だった。
南雲の喉が動くのを私はじっと見ていた。背中がぞくりと震えた。中身は惚れ薬でもなんでもない、ただ少し胃がキリキリと痛む程度の毒だ。
「それで僕は誰に惚れるの?」
「……最初に見た人」
もちろんこれは適当だ。「私」というのを濁して言っただけに過ぎない。
南雲は眉を寄せてうーんと唸っている。
「特に何も変わらないけど?」
「……じゃあ、失敗だったのかも」
「それはまだわかんないんじゃない?」
瞬きしたら、目の前に南雲の顔があった。それくらい彼の動きは素早くて、気づいたら頭をがっちりと固定されて、唇をこじ開けられていた。
「んんっ!?」
流し込まれた唾液が口から零れる。喉には南雲の指が添えられていて「飲み込まないと許さない」と言われているみたいだった。
私の喉が動いたのを確認したからか、南雲の手は私の背中まで移動した。抱きしめられながら、キスは続く。足の力が抜けているのに、南雲に支えられているせいで座ることもできない。
ようやく唇が離れたとき、南雲はにこりと笑っていた。
「よかった、今度は泣かなかったね」
「……な」
「薬、効いてる?」
効いていると言うべきなのか、効いていないと言うべきなのか。迷った末、私は頷いた。
「なんで僕には効かなかったんだろう? 最初から好きだと効かないとかあるの?」
「し……知らないよ」
「まあいいや、これで僕たち両思いだね」
とんでもないことを言いながら、南雲は私の頬に手を添える。このままだとまたキスされてしまいそうで、私は咄嗟に南雲の胸を押した。
「いや惚れ薬とか嘘だしっ!」
「だよね~! なんかさっきからお腹痛いもん」
アハハと笑う南雲を殴りたかった。だがこの場合、悪いのは私かもしれない。
もうどう収拾をつけていいのかわからず、とりあえずさっきの毒への解毒剤を南雲に渡した。そうしてうやむやにしたまま逃げようとしたのに、南雲が回り込んでくるから私は足を止めざるを得なかった。
南雲は解毒剤を私に握らせてきた。
「今日はいいや。大して痛くもないし」
「そう」
「きみも飲まないでよ。飲んだら僕のこと、好きじゃなくなるかもしれないでしょ?」
「……だからそんな効果はないって」
南雲がどういうつもりで言っているのか、全くわからない。私のことを好きとも取れるし、嘘をついた私に嘘で仕返しをしているだけとも受け取れる。やはりここではっきり言うしかないと思うのに、言おうとすると首を絞められたみたいに息が苦しくなるのだ。
「なぐも、くん……」
「んー?」
私は手をぎゅっと握り締めた。別に振られたって死にやしない。ここで言わなくて、例えば誰かほかの子が南雲に告白して付き合うことになったら絶対後悔する。言わないほうが損。とにかく思いつく限りの理由を並べて、退路を断つ。ああ、思考が鈍くなる薬でも飲でおけばよかったかもしれない。
「えっと……好き、なんだけど」
言った。ついに言った。もう今日の仕事は終わり。今日は授業を休んで帰って寝る!
今までいろんな種類の毒を飲んできたけれど、今日ほど頭がおかしくなったことはない。足元さえフラついているような気がした。
「ありがと、僕も好きだよ~」
南雲の返事はどこまでも軽かった。「え、それだけ?」私は愕然とした。
そして本当にそれだけで、もう授業が始まりそうだからという理由で私たちは解散した。何かおかしい。いや、これが普通なんだろうか。そんなわけない。だって連絡先すら交換していないのだから。もう私は友達に泣きつくくらしか思いつかなかった。ちなみに惚れ薬やキスのくだりは思い出すだけで恥ずかしいので伏せている。
「付き合ってくださいとか言った?」
「言ってない……」
「まあ、告白しただけえらいよ。とりあえず携帯聞けば?」
「そうする……。え、付き合ってくださいって言うべき?」
「言えるなら」
「あー……」
あのときの勢いなら言えたかもしれないけど、改めて言うとなるとまた違う。
「南雲くんの中ではもう付き合ってるとか、ないかな……」
私のわずかな希望は「微妙」という一言で片づけられてしまった。何事も経験って、そんな経験しなくて済むならしないほうがいいに決まってる。