前世の記憶を思い出したら殺せなくなって、南雲に目を付けられる話09
「そろそろバイト復帰しようと思ってます」
南雲の家にお世話になり始めて一週間。その間にやったことといえば、家事と筋トレぐらいで正直時間を持て余していた。三つ掛け持ちしていたバイト先にはすでに連絡済みであり、そのうち二つは辞めさせてもらっている。復帰するには充分な条件じゃないだろうか。
夕食のハヤシライスを食べながら切り出すと、南雲は意外にも賛成してくれた。
「週七とかじゃないよね?」
「……とりあえず、五でいこうかと」
「お金のことなら気にしなくていいけど」
「いえ、働きたいだけです」
「変わってるね~。僕なら絶対家でゴロゴロしてるのに」
「……南雲くんは、一生遊んで暮らせるだけのお金を持ってるんじゃないですか?」
「んー…でもさ~、引退したからって平穏に過ごせるとは限らないじゃん」
「確かに……」
いろいろ恨みも買っていることだろう。それなら引退して腕を鈍らせるより最前線にいたほうがいいのかもしれない。私も南雲のそばにいる以上、自分の身くらいは守れるようになりたいと思っている。もちろんプロの殺し屋相手に何かできるとは思っていないし、変に自信があるほうが危険だというのはわかっているつもりだけど、何かあったときに迷惑だけは掛けたくない。
「どうしたの? 真剣な顔しちゃって」
「ああ、いえ……」
もし、自分が人質にされるようなことがあったらどうすべきなのかを考えてしまった。
(死ぬ……のが正解だってのはわかってるけど)
正直、できる気はしない。そう考えると私がここにいるのは良くない気がしてきた。せめて外出をしないようにするとか、身の安全を第一に考えたほうが南雲のためになる気がする。だけどそんな生活はしたくない。かといってお金を貯めて出て行くと言ったら……
「ねえってば~」
「……え?」
何回も呼んだのに、と南雲が言う。
「やっぱなんか考えてるでしょ? さっきから全然進んでないよ?」
南雲が食べかけのハヤシライスを指差してくる。私のはほとんど減ってない。だけど南雲はもう完食寸前だ。
「……正直言うと、ここを出て行ったほうがいいんじゃないかって考えてました」
「一応聞くけど、なんで?」
「いつか……人質に取られて、迷惑を掛けるんじゃないかと」
「それ言われちゃうとな~。僕は君のこと全力で守るけど、君が怖いなら僕は引きとめられないかな」
「……怖いのは、私のせいで南雲さんが危険な目にあうことです」
「そっか」
だけど私には、ここにいたいという気持ちも確かにあった。南雲が優しくしてくれたから。もう会えないなんて嫌だ。でも、一緒にいたらきっといつか迷惑を掛けてしまう。
「まあどっちかっていうと迷惑かけてるのは僕なんだけど」
「そんなことないです。私が、JCC辞めなかったら……」
「いやいや。君は優秀だったほうだとは思うけど、僕たちほどじゃなかったじゃん」
「……」
「それにあの状態で続けてたとしても無駄にしかならないでしょ」
「……そうですね」
事実だからこそ余計に突き刺さる。何も言い返せない。前世のことなんて思い出さなければ南雲と肩を並べらたんじゃないかって、勘違いもいいところだ。
「あー……引きとめないって言ったけどやっぱ無理だ」
南雲はぐしゃりと髪をかき上げた。
「ねえ、僕がどんな気持ちで四年間過ごしたと思う?」
「え……?」
「君が一般人になろうとしてたから、関わらないようにした。だけど本当は助けに行きたかった。自分に言い訳ばっかりして、だから四年もかかった」
南雲はうつむいて、テーブルの上で拳を握り締めた。
「君が勝手にいなくなって怒ってるって言ったけどさ、違うよ。ずっと自分に怒ってる。君があのとき僕にだけ打ち明けてくれたのに茶化したから……。もっと真剣に相談に乗ってればこんなことにはならなかったんじゃないかって」
「違います!」
どうして南雲がここまでしてくれるのかずっと不思議だったけど、今わかったような気がする。私のことでずっと苦しんでいたんだ。
きつく握り締められた南雲の拳に手を重ねたのはほとんど無意識だった。ほぐすように指を絡めると、南雲はハッとした顔で私を見上げた。
「もともと信じてもらう気とかなくて……すみません。話したの、軽率でした」
「だからそうやって話したこと自体を後悔されるのが一番嫌なんだって!」
南雲がここまで声を荒げるのを見たのは初めてだった。でも、怖いとは思わなかった。かわいそう……も少し違う気がする。こんなこと言ったら傲慢かもしれないけど、私なんかのために傷つかないでほしい。
「……ごめん、大きい声出して」
「いえ……」
「君を幸せにしたい。でも、僕にその資格がないことはわかってる」
「そんなことないです」
「じゃあ僕と一緒にいてくれる?」
「……ええ?」
南雲はケロッとした顔で私の手に指を絡み返してきた。さっきのは演技だった……? と疑いそうになるぐらいの豹変っぷりだ。でも、違う気がする。冗談だってことにしたいのかもしれないけど、そういうわけにはいかない。
「真剣に話してたんですけど」
「僕もだよ?」
「……とりあえず、一個約束してもらってもいいですか」
「なにー?」
「もし、私が人質になるようだったら私ごと殺してください。自分ではできないと思うから」
また南雲に悲しそうな顔をさせてしまった。わかりづらいけどこの人は優しいんだ。こんな顔させたいわけじゃないのに、まだ一緒にいたいと欲が出てわがままになってしまう。
「約束したらここにいてくれるの?」
「はい」
「助けられるなら助けてもいいんでしょ?」
「それはまあ、私も死にたいわけじゃないので」
「わかった。約束する」
よかった、まだここにいてもいいんだ。南雲の言葉にほっとしていたら、次にとんでもないことを言われてしまう。
「てか覚悟キマりすぎでしょ~。君も僕のこと好きになってくれたってことでいい?」
「……はい?」
「だってそんな思い悩んでさ~、それでも僕といたいから約束なんて言ったんでしょ~?」
それはそう……なんだけど、
(好きって……いや、好きは好きだけどそういう好きじゃないっていうか……)
「ちが……」
「違わないよ。顔まっ赤なの気づいてる?」
南雲は繋いでいた手をわざと見せつけてきた。手を引っ込めようとしたけど放してくれない。
(好きなの……? いやでも彼は大事な友達で……)
「そんな目で見られるとさあ、抱きしめたくなっちゃうんだけど」
南雲に言われて目を逸らす。手は汗ばんできたような気がするし、心臓もドクドクと鳴っている。
「私、南雲くんしか友達いなくて」
「うん」
「それに、いろいろ親切にしてもらって」
「うん」
「だから、よくわからないっていうか、南雲くんに言われてそうなのかもしれないって思ったけど、違うような気もして」
「じゃあ、考えてみて」
ようやく手が解放された。離れていく南雲の指先を見て、少し寂しくなる。
(いやいや!)
もうほとんど答えは出ているような気がした。けど、簡単には認められない。仮に認めたとしても、今さらなんて言えばいいんだ。
南雲は私の前の冷めたハヤシライスの皿を手に取った。
「温め直すね」
「ありがとうございます……」
冷静に考えてみれば、なんて贅沢な話なんだろう。南雲は私のこと幸せにしたいって言ったけど、
「南雲くん、わたし……今すごく幸せですよ」
「欲がないなあ」
ピーッと電子レンジの音が鳴る。南雲がレンジを開けると湯気がふわりとあふれだした。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「抱きしめられたくなったらいつでも言ってね」
スプーンを皿にぶつけてガチャンと音が鳴る。南雲は肘をついて、焦る私を楽しそうに見ていた。