前世の記憶を思い出したら殺せなくなって、南雲に目を付けられる話10

 今日は南雲と私の休みが重なっていたので、一緒に買い物に来ている。しかし通販で調理器具や調味料はあらかた買ってしまっているので実はほとんど買うものがない。荷物持ちというわけでもなく、ただついて来てもらっているというわけだ。キムチ鍋が食べたいとかポッキー買いたいとか、普通に会話しているだけなのに楽しい。
 南雲はポッキーを五つもカゴに入れた。
「私もポッキー好きなんです」
「そうなの? おそろいだね~」
「南雲くんがくれたお守りだったから。実家に置いてきちゃったけど」
 隠していた箱は多分もう捨てられてしまっているだろう。ずっと大事にしていたお守りと、カゴの中に入ったポッキーは、パッケージデザインも変わってしまっている。
「急にかわいいこと言うのやめてもらっていい?」
「一応前置きはしたつもりでした」
「そういうことじゃないんだって」
 ため息をつきながらも南雲は大きな身体で私に寄りかかってきた。前より物理的な距離が近くなったような気がする。嫌じゃないのがバレているのかもしれない。だけど南雲は私に言えるようなチャンスを作ってくれるわけではなく、こうやってくっついたり離れたりしているだけだった。
(考えるって、いつまで考えたらいいんだろ)
 まあ私が納得できればそれでいいのだろうけど、どうしてか決断できずにいた。だって私は坂本や赤尾にも嫉妬していたくらだ。それこそ南雲に恋人がいたらショックを受けるとは思うけど、それがあのときの嫉妬心と何が違うのか、うまく説明がつかない。でも、これが言い訳だって自覚している部分もある。
(やだな、こんなうだうだ悩んで)

 帰り道で、私がただならぬ殺気を感じたのはすでに南雲が動き出したあとだった。彼はスーパーの袋を道路脇に放り投げ、懐から出したナイフで一人殺した。そしてもう一人。私が知っている学生時代の南雲も強かったとは思うけど、それを遥かに上回る動きだった。距離を感じた。当たり前だ。私が選んだことだ。
 私は彼が放り投げたレジ袋を回収した。今のところ私が狙われるような気配はない。私はもう完全に一般人なのだろう。
 彼の邪魔にならないように、私は先に帰ることにした。鍵はないけど途中で南雲が追い付いてくるはずだ。
 南雲に持たせる前提で買い物をしたせいで袋はずっしりと重い。筋トレしてるはずなのにすごく重い。

 時間にして一分足らず、返り血の一滴も浴びずに南雲は戻ってきた。
「おまたせ~」
「全然待ってません」
 レジ袋を南雲に差し出しながら言った。南雲は笑顔でそれを受け取ると、ゴミでもついていたのか上着の腕の部分をはたいた。
「寂しい思いさせてごめんね~」
「そうですね……。まあ少し」
「え、ほんとに?」
 南雲は目をきらきらと輝かせた。待たせて悪いとは一ミリも思っていなさそうな顔だった。
 恐ろしいことに、今度はまだ見ぬ南雲の同僚に嫉妬してしまいそうだ。私はそうなれなかったという未練を実感した。これがよくない状態だというのは自分でもわかる。私は……、
「南雲くんに依存してるのかもしれません」
「……いやどこが?」
「経済的にも精神的にも」
「全然じゃない? そりゃ僕も仕事行かないで家にいてとか言われたら困るけど」
「……でも、」
「君は僕がいなくたって生きていくと思うよ。ただ一人だと頑張り過ぎちゃうから僕がいるってだけ」
 目元が熱くなってくる。そんなこと言われたら余計に依存してしまうってわからないんだろうか。
「あれ、泣いてる?」
「このくらいじゃ泣きません」
「そうだったね」
「南雲くん」
「うん?」
「好きです」
「……今!?」
 自分でも本当に、なぜ家まで待てなかったのかと思う。あと五分も歩けば家に着くのに、どうしても今じゃないと言えない気がしたし、我慢もできなかった。
「君のこと、抱きしめてもいいの?」
「……家に帰ってからなら」
「じゃあ早く帰ろ」
 南雲は私の手を取って早足で歩き出した。どきどきするのと裏腹に、ほっとしている自分もいる。やっと言えたという解放感と、南雲が冷めた反応をしなくてよかったという安堵と、とにかくいろいろな感情が私の中でせめぎ合っていた。

 緊張しすぎてエレベーターの中で死ぬんじゃないかと思った。そうしてやっとの思いで玄関を跨ぐと、南雲はレジ袋を腕にひっかけたままいきなり私のことを抱き上げてきた。
(抱きしめるってこういうことなの!?)
 南雲はそのまま歩いて行き、一瞬だけ彼の部屋のドアを見た。だけどそこは通り過ぎて、私はリビングのソファに降ろされた。
「ちょっと待ってて。牛乳だけ冷蔵庫に入れてくる」
「……うん」
 私は床を見ながら答えた。そのまま冷蔵庫が開く音と閉まる音を聞いて、南雲が戻ってくるのを待つ。戻ってきた南雲の足が視界に入っても私は顔を上げられず、隣でソファがずっしりと沈む感覚と、バネの反動をぎこちない身体で感じていた。
「なんか抱きしめたら死んじゃいそうだね」
「どういう意味ですか」
「見たまま言うと「やっぱり言わなくていいです」
 自分がどんな顔をしているかなんて言われなくてもわかる。そこまで緊張するようなことでもないと思うのに、身体が大げさに反応してしまうのだ。
「好きだよ」
 南雲がそう言った瞬間、私は抱きしめられていた。
「僕のこと信じてくれてありがとう」
「そんなのっ、私のほうが……」
 堪えていた涙がぽろりと落ちた。南雲には見えていないと思うけど、バレているような気がした。その証拠に抱きしめる力がぎゅっと強くなる。
「南雲くん。私ね、料理しようとしても最初は包丁が全然使えなかったんです。でも、いつの間にか慣れて使えるようになってた」
 南雲は黙って私の話を聞いてくれていた。
「だから、JCC辞めなかったら銃も使えるようになってたかもって、別の未来があったかもってずっと後悔してたんです。けどそれを認めたくなくて、自分は間違ってないってずっと心の中で言い聞かせて納得したつもりになってました」
「……この前は酷いこと言ってごめん」
「違うんです。南雲さんの言う通り、あのまま続けても無駄……というか、それはそれで後悔してたと思います」
「そんなもんだよね~。……けどさ、一つ間違ってると思うよ」
「……え?」
「包丁が使えるようになったのは慣れたからじゃなくて、君にとってそれが人殺しの道具じゃなくなったから。銃はどう考えても殺すための道具なんだから、いくら練習しても使えるようにはならないよ」
 南雲は身体を起こして、私の涙を拭った。
「やっぱり泣いてた」
「……泣かせたかったの?」
「違うよ。でもちょっと嬉しい」
「ジロジロ見ないでください」
「じゃあキスでもしちゃう~?」
 何が「しちゃう~?」だ。顔を近づけてきたくせに寸前のところで止めて、最後は私に選ばせようとしてくる。ここまで来てしないって選択があるはずないのに。しかも南雲は目を開けたままじーっと私と目を合わせてくるのだ。もう何かちょっとした振動でもぶつかってしまいそうなのに、いっこうに唇は触れないでいる。
 口で言うのと自分からするのだったら、するほうが恥ずかしくない気がした。キスするんじゃなくて、目を閉じてただ少し前に進むだけ。だけど触れた瞬間、何倍もの力で押し返された。
 ソファの背もたれに預けていた頭がずるずると落ちていき、南雲に支えられながらソファに倒れた。少しだけ目を開けたら意外にも南雲が目を閉じているのが見えて、何だか申し訳なくなってすぐに目を瞑った。
「ねえ、息してる?」
 だってする暇ないんだもの。私がいっぱいいっぱいになっているのが伝わったのか、南雲は唇を離したまま少し時間を置いてくれた。
「さっき覗き見したでしょ」
「……なんでわかるんですか」
「わかっちゃうんだよねー」
 今度は、ちゅっと音を立てて目尻にキスをされる。びっくりしてまた目を開いてしまった。南雲が見たことのないくらいうっとりと目を細めているから、余計に心臓の音が激しくなってくる。
「君のこと、もっと教えて」
「うん……」
「今の君のことも、前世のことも、全部知りたい」
「……ちょっとずつでいい?」
「あは、それなら長生きしなきゃな~」
 約束はしてくれなかったけど、これで充分な気がした。

 さあ、何から話そう。南雲に聞いてほしいことがたくさんある。前世の記憶なんて邪魔にしかならないと思っていたけど、南雲と友達になるきっかけをくれた。南雲のおかげで辛いことを乗り越えられた。そして再会して今は一緒に住んでいるなんて、なんだか奇跡みたいだ。
 私の選択は間違いじゃなかった。今なら自信を持って言える。気づかせてくれた彼に、ありがとうとこれからじっくり伝えていきたい。