武器オタク(♀)は男子耐性がない01

 なまえは途方に暮れていた。

 ここはJCC武器製造科の工房。研究生二年であるなまえは、自分の机の前で立ち尽くしていた。昨日やっとの思いで完成させた電動ガンのモーターがなくなっていたのである。確かにここに置いておいたはず。机の引き出しをひっくり返す勢いで探したが、部品の一つも見つかりやしない。なまえはゆっくりと振り返り、一年下の勢羽夏生を睨みつけた。
(絶対アイツじゃん……)
 勢羽が他人(主に先輩)のものを勝手に溶かすという話は有名だ。今までなまえは被害にあったことはなく、まあ異性だから遠慮されているのだろうと思っていた。だが違ったようだ。絶対アイツが犯人だ。間違いない。しかし……
(男子に話しかけるとか、無理なんだけど……)
 そう、ここは武器製造科。武器オタクが集う場所。ブキ科の男は女子耐性がない。そしてまた、ブキ科の女も男子耐性がないのである。

 恐ろしいことに、なまえ以外の研究生はすべて男だ。だから何かあったとしてもなまえには相談する相手がいない。なまえは普段から孤独だった。
 それでもブキ科で頑張っていたのは、武器を作ることが好きだったからだ。誰とも喋らず、試験の過去問を手に入れることもできず、足りない工具があっても借りることもできず、ひたすら一人でできることをやっていた。要領が悪い自覚はあったけど、異性に話しかけるというハードルはなまえには高すぎたのである。

 ほぼ、99.9%勢羽が犯人と踏んでいるが、なまえは何も言うことができなかった。まだ自分と同類の雰囲気の相手なら話しかけられたかもしれないが、相手はよりにもよって勢羽だ。勢羽は武器オタクだけどモテる。ナツキまた告られてたっぽい、クソが。みたいな話をここで何度か聞いたことがあった。アイツは自分たちとは違う。もし話しかけたとして、0.1%の確率しかないとは思うけど濡れ衣だった場合、なんかただ話しかけたかっただけ、みたいになるのが嫌だ。

 とりあえず、モーターはそのうちみつるかもしれないと淡い希望を抱きながら、他のパーツを作ることにした。しかしないものが突然湧き出てくるはずもなく、あとはモーターだけという状態になってしまった。日は沈み、ラボに残っている生徒がまた一人と帰っていく。なまえはちらりと勢羽を見たが、やはり声をかけることはできず、もう一度モーターを作り直す決意をするのだった。

「センパイ」
 すぐ後ろから声が聞こえたが、なまえは構わず作業を続けた。すると今度は、
「おーい聞こえてますー?」
 と気だるげな声が。まさか、と思った。だが今まで工房で話しかけられるという経験がなかったなまえは、やはり自分ではないだろうという判断にいたる。
「なあ」
 軽く肩を叩かれた。びくっと身体が跳ねた。振り返ると、そこには勢羽夏生が立っていた。

 何? ほんとに何? 頭でそう思うばかりで、なまえの口は固く閉ざされている。目を合わせるだけで顔に血が集まってきて、これじゃ会話どころじゃない。勢羽も声をかけて来たなら早く何か言ってくれればいいのに、目を逸らしてもなおじっと見られているのがわかる。
 この異様な光景に口出しするものはいなかった。というか、なまえと勢羽以外は全員帰ってしまっていたのだ。なまえがそれに気づいたのは周りに助けを求めようとしたからで、そして二人きりなことに気づいて絶望したというわけだ。
「何してんすか」
「あ……、電動ガン用のモーターを作ってます」
 何が何だかわからないが、とりあえず会話が成立したことになまえはホッとしていた。しかし今度はなぜそんな質問を? という疑問がわいてくる。
「俺ちょうどいいの持ってますよ」
 そう言って勢羽が差し出してきたものを見て、なまえは絶句した。
(これ私が作ったモーター!)
 やっぱりコイツやってたな。白々しい顔してとんでもないことしやがって。
 しかしこういうとき、なんて言えばいいのかなまえは知らなかった。これを自分が作ったという証拠はどこにもない。もしかしたら勢羽が全く同じものを偶然作ったという可能性もないとは言い切れないんじゃないだろうか。
「あ、いらなかったすか?」
「いります……」
「どーぞ」
「……ありがとうございます」
(いやいやなんでお礼まで言っちゃってんの!?)
 どう考えても勢羽が犯人なのに。そして勢羽は勢羽で「どーいたしまして」とか言っちゃってるし。

 勢羽に貰ったモーターのおかげで銃は完成した。課題として提出できるほどではないが、そこそこの出来だ。
 なまえは机に戻った勢羽をちらっと盗み見た。あと五分もすれば工房を閉めなければならないのに、まだ作業を続けるつもりなのだろうか。なんとなく気まずい空気が流れているような気がして、なまえはさっさと机を片付けた。一緒にここを出るなんてことは絶対に避けたい……が。
 この時間まで残っていたくせに戸締りをすべて勢羽に任せて一人で先に帰るのはいかがなものだろう。せめて窓の鍵くらいは閉めてやるべきじゃないのか。なまえは葛藤していた。
(でも一緒に帰りたくて残ってるとか思われたら嫌だ)
 しかし妙なところでなまえは真面目だった。何をそんなに急いでいるんだという勢いですべての窓の鍵を閉め、工房を出ようとする。
「あ、鍵どもっす」
「……イエ」
「じゃ、おつかれっしたー」
「おつかれさまでした……」
 なまえは逃げるように工房を後にした。わからない。何もわからない。最後まで残って二人きりになるとこういうイベントが発生するのだろうか。
 その後、学食で夕ご飯を食べていたら少し遅れて勢羽がやってきた。思い切り目が合ったけど、とっさに目を逸らしてしまった。気づきませんでしたというのは無理がある。しかし勢羽から何か言ってくることはなく、近くも遠くもないくらいの席に座って静かに食事を終えた。だがここでまたも、トレーを返却するタイミングが重なってしまう。
 なまえは極力床を見ながらやり過ごした。これじゃなんだかすごーく勢羽のことを意識しているみたいで嫌だったけど、またお疲れさまと言うのもおかしい気がして、かといって手を振ったりするような仲でもなく、とにかく空気になりたくてしかたなかった。
「センパイ」
「……!」
 陰キャはこういうとき、声が出ない。
「外もう暗いんで、気をつけてくださいね」
「あ……うん。勢羽くんも」
 そして何か言おうとすると、「あ」とか「え」とか余計な言葉が先頭につく。
 ポケットに手を突っ込んで食堂を出て行く勢羽の後ろ姿を見ていたら「もしかしてそんな悪い子じゃないのかも?」と思えてきた。
(いやでもモーター盗んだの絶対アイツだし)
 騙されるな。なまえはブンブンと頭を振って女子寮に向かった。そんな言うほど外は暗くない。