武器オタク(♀)は男子耐性がない02
なまえは机と勢羽に挟まれていた。これが壁ドンならぬ机ドンってやつなのか。下手に動けば勢羽にぶつかってしまいそうで身動きが取れない。どうしてこんなことに? 勢羽が何を考えてるかなんて全くわからないし、こんなことされるような覚えもない。なまえはただただ机と勢羽の間でぎゅっと身を小さくしていた。
***
最近よく物がなくなる。作りかけのパーツだけでなく完成した武器まで、とにかく尋常ではないペースでなまえの机から物が消えていた。完成品はまだ許せる。よほどの出来でないかぎり分解して再利用することが多いから、なくなったとしてもほとんど支障はないのだ。しかし、まさに製作中のものがなくなるのは困る。そしてそういうときは決まって勢羽が後から部品を返して……いや、渡してくるという流れになっていた。
ほぼ確定で勢羽の仕業だとわかっているのに、なまえはいまだ何も言えずにいた。これはどういうことなのだろう。からかってる? それともいじめ? そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら過ごしていたら、今日もまた勢羽からなくなっていたはずの冷却装置を差し出される。
ところが、今日はいつもと少し違った。勢羽が手を離さないのだ。ちょっと強めの力で引っ張ったけど、それでも勢羽は冷却装置を返してくれない。
「マジで気付いてないんすか?」
「……」
「おーい」
なまえの目の前で勢羽が手をひらひらと振る。
「……それは、勢羽くんが部品を盗んでいるということに?」
「まあ、さすがにわかるよなー。で、なんで何も言わないんすか?」
(やっぱ犯人コイツじゃん!)
なまえが黙っていたら、勢羽は冷却装置を上着のポケットに入れてため息をついた。
なんでこんな責められなきゃいけないんだろう。どう考えても盗んだ勢羽のほうが悪いのに。ここはガツンと言ってやりたいところだ。しかしなまえは顔どころか全身、湯気でもでそうなくらいに熱くなっていて、それどころではない。
とにかくもう少し距離を取ろう。こんな近くにいたら死んでしまう。そう思って勢羽から離れようとしたところ……、
――ダン!
勢羽が行く手を阻むように机に手を振り下ろしたのだ。前には勢羽、そして後ろには机。なまえはもう、泣きたくてしょうがなかった。
もしかして今度はカツアゲでもされるんだろうか。あいにく新しい工具を買ったばかりでお金はない。っていうか一応これでも先輩なんだけど。頭の中では文句がたくさん出てくるのに、肝心の声がでない。手が震えている。後輩相手に情けない。悟られるのが怖くてぎゅっと手を握り締めた。
「……もう、盗むのやめてください」
言えた。すごく頑張った。これで「あ?」とか言われたら泣いてしまうかもしれないけど、予想に反して勢羽はちょっと気まずそうな顔をして手を引っ込めてくれた。
「……や、でも先輩の作った部品ってすごく精密で使いやすいんですよねー」
(これは……)
騙されてはいけない。適当におだてて許してもらおうという勢羽の作戦なのだ。よく先輩相手にやっているのを見かける。おだてられたほうも、優秀な勢羽に言われたからと嬉しくなって誤魔化されてしまうというのがいつものパターンだ。
「……勢羽くんのほうが、腕はいいと思う」
「先輩ほどじゃないですって」
本当に、本当に馬鹿みたいだけど、本心じゃないこともわかってるけど、勢羽にそう言われて悪い気はしなかった。さっきとは別の意味で恥ずかしい。とりあえず話は終わったということでいいだろうか。何も解決してないけど。
ぬるっと横に移動して、そのまま出口へ向かう。本当はもう少し作業を進めたかったけど、勢羽と二人きりなんて耐えらえない。
それからなまえは徹底的に勢羽を避けた。もちろん工房で一緒になることはあるけど、絶対に二人きりにならないようにしている。意識しすぎなんじゃないかとも思う。相変わらず物はちょくちょくなくなるけど、勢羽がなまえに話しかけてくることはなかった。
そんなある日、事件は起こった。
「センパイ、隣いいすか?」
なまえは鍋焼きうどんを吹き出しそうになった。まさか工房以外の場所で、しかも他に人がいるところで勢羽に話しかけられるとは思っていなかったのだ。
食堂はガラガラではないものの、席はまばらに空いている。勢羽がどうしてもここに座らなければならない理由はない。だけどなまえにも断る理由はなかった。
「あ、一緒すね」
勢羽は自分のトレーの上の鍋焼きうどんを指差した。どうしていいかわからずなまえは頷くことしかできない。勢羽は気にした様子もなく、割り箸をパキッと割った。
周囲からチラチラ見られているような気がする。早くここを離れたいところだが、まだ食べ始めたばかりなせいで動けない。
うどんを咀嚼しながら勢羽のほうを見ると、普通に目が合った。なんかまぶしい。それはもう目を逸らしたくなるほどに。
「課題終わりました?」
(何? なんなの? アンタのせいで作業に遅れが出てるって言っちゃっていいの?)
まあ実際、本当に必要なものはなぜかすぐに返ってくるからそんなに支障は出ていないのだが。だけどなまえは最近、勢羽と二人きりにならないように少し早めに工房を出ている。そして朝イチも避けている。そのせいで作業時間が短くなり、ちょっとずつしわ寄せが来ているのだ。
「……まだ」
「へー。まあ、頑張ってください」
(……はあ?)
言いたいことがなかったわけでじゃないけど、ここで話を続ける度胸はなかった。勢羽のことは気にせず食べよう。そう思っているのに、隣の気配がいちいち存在を主張してくるような気がした。
そしてもくもくとうどんを食べていると、
「ナツキくーん」
女子生徒が近づいてきた。
「っす」
「ねえねえ、これ新作なんだけど食べてくれない?」
「あー……ちょうど腹いっぱいで」
勢羽の反応からして、おそらく彼女が毒殺科なのだろうと察した。彼女の手に収まるかわいくラッピングされたクッキーを食べたら恐ろしいことになるというのは誰もが知っている。そして勢羽は、腹いっぱいと言ったわりに残りのうどんを普通に食べていた。
今すぐこの場から去りたい。明らかに彼女は勢羽に好意があるようだし、知り合いのそういう場面を見るのは気まずかった。それに彼女はさっきからチラチラと視線をよこしてくるのだ。
なまえはそれを「どけ邪魔だ」と解釈した。反対側の勢羽の隣はついさっき男子生徒が座ったばかりで当分空きそうにない。なまえは急いで残りのうどんを食べ、一服することもなく席を立った。トレーを返却するついでにさっきまで座っていた席を見てみると、やはりそこにはあの女子生徒が座っていた。
――なんであれに遠慮しなきゃいけないんだろ。
工房に戻りながらなまえはふと考えた。勢羽は後輩だし、くだらないことに悩んで課題をおろそかにするなんて馬鹿げている。こっちは将来かかってるんだ。今日は絶対、提出物が完成するまで帰ってやるもんか。
自分の机に戻ったなまえは、作業に取り掛かった。周りの音も聞こえなくなるくらい集中していたから、時間のことも忘れていた。しかし完成まであと少しというところで、部品が足りないことに気づく。
(そういえばネジ買い足しとかなきゃいけなかったんだった!)
誰に盗まれたというわけでもなく、完全に自分のミスだった。いらなくなった武器を分解すればどうにかなるとは思うが、このタイミングでの時間のロスは痛い。
なまえは失敗作を入れていたダンボールを開いた。ネジといってもサイズの違いがあるので、どれでもいいというわけではない。あれでもないこれでもないとダンボールの中をぐちゃぐちゃかき回していたら、「センパイ」と背後からアイツの声がした。
「なんか探してるんすか?」
「あ……えっと、ネジが足りなくて……どれか分解しようかと」
「あー……俺の使います?」
「えっ」
勢羽は自分の机から工具箱を持ってきて、ガバッと開いた。
「使えそうなのあります?」
「……いいの?」
「って言ってるじゃないすか」
「ありがとう、ございます……」
なんだ、意外といいとこあるんだ。勢羽の工具箱からネジを四つ貰って作業に戻ろうとしたが、勢羽はまだ何か言いたそうになまえを見ている。
「……俺ら別に敵同士じゃないっつーか」
「?」
「普通に工具の貸し借りしたりもするし」
勢羽は頬を掻きながら、視線を床に向けた。
「アンタだけ仲間外れにしてるみたいだって先輩たちが気にしてるんすよ。じゃあ話しかければっつっても、女子に話しかけられるわけねーだろって」
「えっと、そうなんだ……」
と言いつつも、実際のところなまえは頭が追い付いていなかった。確かに孤立している自覚はあった。誰かに頼りたいと思ってもできなかった。そういうところを見抜かれていたんだと思う。でもそれは彼らに原因があるというより、自分でそうしている部分のほうが大きい。いつからそういう目で見られていたのかはわからないけど、もしかして勢羽の様子が変わったのがそのせいだったとしたら……? さすがに話しかけるタイミングを伺うあまりに物を盗んでいたというのはおかしい気もするけど。
「みんなセンパイから頼られるの待ってんすよ。実際、キョドりはするけど無視はしねーと思うんで」
「男子に話しかけるの、無理……」
「はは、やっぱ武器オタクしかいねーのなここって」
「……」
「俺とは普通に話してるじゃないすか」
果たしてこれが普通なのだろうか。勢羽が普通と言ってくれるならそれでいい気もするけど、さすがに挙動不審な自覚はある。
「話しかけるのと話しかけられるのは違うというか……」
「あー、それ先輩たちも言ってたな。まあ俺もあんま人のこと言えねーっすけど」
「え、急に道具を盗むようになったのはそのせい?」
「いや普通にいいモン持ってんなーと思って」
勢羽はそう言ってなまえの机に置いてあった先日買ったばかりの溶接機をポンと叩いた。
「これみんな羨ましがってましたよ。電圧とか自動で調節してくれるからあとは微調整だけでいいって評判になってたやつだーって」
「あー……うん。使いやすいよ」
「いいなー。俺にも貸してくださいよ」
「え、全然いいけど……ネジももらっちゃったし」
「じゃ明日借りますね」
なんだ勢羽はこれが使いたかったのか。彼の目的がわかってなまえは少しホッとしていた。借りを作ったままだというのは気持ち悪かったのだ。勢羽は約束を取り付けて満足したのか自分の席に戻っていく。なまえも貰ったネジを手に、最後の仕上げに取りかかった。