武器オタク(♀)は男子耐性がない06

 勢羽が朝の六時に迎えに来るというから、なまえは早めに起きて身支度をしていた。しかし途中でスマホを見たりぼーっとしたりして、気づけば約束の時間まであと五分となってしまう。そして、スマホが鳴った。
「起きてます?」
 なまえはひらめいた。ここで返事をしなければお迎えを回避できるのでは。そもそも昨日、「来なくていい」とか「やめて」の連絡を無視したのは勢羽のほうなのだ。
 一度スマホを置いて、上着をゆっくりと羽織る。なまえは返信をしないまま寮を出た。
(……だって外でずっと待ってたらかわいそうだし)
 頭の中ではいじわるなことを考えても、根は小心者なのである。

 なまえが階段を下りていくと、ポケットに手をつっこんだ勢羽が目に入る。勢羽はすぐになまえに気づき、片手を上げた。
「既読なんねーし寝てんのかと思いました」
「……勢羽くんだって昨日返事してくれなかった」
「すんません寝てました。っていうかあんまかわいいこと言うのやめてもらえます?」
「え……言ってない……」
「なまえさん朝メシは?」
「まだ」
「だろうなと思いました」
「勢羽くんは?」
「まだです。なまえさんと一緒に食べようと思ってたんで」
「あ、そう……」
「売店寄りましょうか」
「うん」
 ありがたいことにJCCの売店は朝の六時だろうが開いている。昼と夕方は学食を食べるけど、朝は時間もないしパンやおにぎりだけというのが多かった。勢羽もそうなのだろう。いつも一番に工房に来て作業している男だ。
「勢羽くんはいつもこの時間?」
「……あー、売店六時からなんで、朝はまあ」
 勢羽の返答はどこか煮え切らない。その意味を、なまえは工房に入って理解した。
 勢羽と二人で工房に入ったはずなのに、なぜか勢羽の机はもう散らかっている。昨日は片づけて一緒に戸締りしたはずだからおかしい。そもそも、一番に来たはずなのにどうして鍵が開いているのだろう。
「え、まさか迎えに来る前に一回ここ来てたの?」
「まあ、そっすね」
「さすがに早すぎじゃない?」
「いや、なんか今日は目が覚めたっつーか」
「……え、もしかして昨日ほんとに寝てたの?」
「さあ、どっちでしょー」
(あ、笑った……)
 わずかに目を細めた勢羽は、とてもやわらかい表情をしていた。こんな風に笑うんだ。イメージと全然ちがう。なまえは時が止まったかのように立ち尽くしていた。
「どうかしました?」
「あ、ううん。なんでもない」
 勢羽はいつものすまし顔に戻っていた。なのにあの笑顔が脳に焼き付いていて離れない。なまえはブキ科の中で一番嫌味な教授の顔を思い出して、勢羽の幻覚をかき消した。

***

 勢羽と付き合っているという話がそこそこ広まってきたのか、ついに声を掛けられた。……男子に。
「勢羽夏生と付き合ってんの?」
「……うん」
 女子は想定していたけど、まさか男子が最初になるとは。でも勢羽くんって男子にもモテそうだよな、となまえはのんきに考えていた。
「どこがいいのあんなやつ。どうせ顔でしょ?」
「え」
 これは何か違うと思った。
「ヨツムラ賞だってまぐれじゃん?」
(あ……私?)
 なまえはようやく気づいた。しかしまったく想像もしていなかったのでどうやって乗り切ったらいいのかわからない。
「……勢羽くんは誰よりも努力してるよ」
「んなのさー、俺だって佐藤田先生に毎回投げられてんのに頑張ってるし」
「そうなんだ……」
 なんでこんな話を聞かされないといけないんだろう。
「銃の腕も上達したって褒められてんの」
「すごいね……」
 これはどう考えても正解じゃない気がするけど、他に答えようがなかった。今まで一度もこんなことなかったのにどうして。勢羽の話は本当だったんだろうか。自作の惚れ薬とか勢羽が言っていたのを思い出して、なまえは密かに身体を震わせた。
「俺もさー前からなまえさんのこといいなって思ってたんだよ。なのに急に勢羽と付き合い始めたって聞いてさー」
「え……あ、ありがとう……」
「今からでも俺にしない?」
「……ごめん、勢羽くんが好きだから」
 嘘なのに、言っていることが恥ずかしすぎて全身の毛穴から汗が噴き出してきた。今までとは比にならないくらい身体が熱い。
「あー出遅れたなー。別れたらいつでも教えてー」
 そう言って男子生徒は去っていった。話が通じないタイプかと思ったけど、案外話せばわかってくれる人だった。とにかく、今はこの汗をなんとかしなくては。
 なまえは女子トイレに駆け込み鏡を見た。ひどく真っ赤になっている。水で顔を洗っても熱は引いてくれない。
 早く工房に戻りたいのに。だけど勢羽の顔をまともに見られる気がしない。好きなんて口に出して言ってしまったからだ。
 無駄に時間ばかりが過ぎて、やっと落ち着いてきたかというところでスマホが鳴る。勢羽からの電話だった。
「……はい」
「なまえさん今どこ?」
 電話口の勢羽はなぜかとても焦っていた。
「え、中ホールの近く……」
「一人?」
「うん」
「そっち行っていい? っていうかもう向かってる」
「え、」
「電話はこのままで」
「え、え、どうしたの?」
「……なまえさんが告られてたって、先輩たちが」
 せっかく忘れようとしていたのにまた思い出してしまった。なまえとしては告白されたことよりも勢羽を好きだと言ってしまったことのほうが問題なのだが、勢羽にどこまで伝わっているのかわからないから恐ろしい。というか、見られていたことにも全然気づかなかった。恥ずかしすぎる。
「ちゃんと断ったから大丈夫だけど……」
「ならなんで戻ってこねーの」
「今、戻ろうとしてた」
「……俺とのことなかったら付き合ってた?」
「それはないよ」
「……もうすぐ着く」
 なまえは息を呑んだ。鏡でもう一度自分の顔を確認すると、さっきまでマシになりかけていた熱がぶり返していることに気づく。さすがに女子トイレからは出たほうがいいだろうけど、この顔のまま勢羽に会いたくない。
 しかしなまえが廊下へ出てすぐ、勢羽が姿をあらわした。
 勢羽は通話を切ってなまえに駆け寄ってきた。
「大丈夫でした?」
 なまえを気遣う言葉にびっくりする。勢羽はなまえを心配していただけのようだ。実際なまえも、あの男子生徒にもっとけちょんけちょんに言われるのだと思っていた。それが意外とすんなり引いてくれたものだから、恥ずかしさばかりが頭に残っているのだ。
「大丈夫だよ。話したらわかってくれた」
「顔すげー赤いけど」
「……それは、勢羽くんと違って慣れてないから」
「……まあ、なんか物騒なこと言ってたやつもいたんでとりあえずよかったっす」
「あれやっぱり本当の話?」
「口先だけならいいんすけどねー」
「うわー……」
 少し勢羽の気持ちがわかったような気がする。というのはおこがましいかもしれないけど、得体の知れない好意はこんなにも恐ろしいものなのか。嫌な想像をしてしまった。しかしそのおかげで身体の熱が多少は引いてきた。
「勢羽くんは大変だね」
「いや大変だったのはなまえさんでしょ」
「勢羽くんは毎日こうなのかなと思って」
「いや毎日はない」
「……でもさ、彼氏がいるのに押せばいけると思われてるの、なんかムカつくね」
 話しているときはそうでもなかったけど、時間が経つにつれだんだん腹が立ってきた。勢羽を見下すようなことも言っていたし、もっと言い返してやればよかったかもしれない。まあ次があったとしても実際できるわけなどないのだが。
 あの男の文句の続きを言おうとして勢羽を見上げると、勢羽が目を見開いているのに気づいてハッとする。
「あ、いや……本当に彼氏って思ってるわけじゃないからね……?」
 勢羽はため息をついた。思いあがるなよってことだろうか。
「ごめん……。調子に乗りすぎました」
「いや違いますから。……俺が、くそだせーって話です」
「……? そんなことないと思うけど」
 なんだかよくわからないまま工房のほうへ歩いていく。そして入り口の前まで着いたところで勢羽の足がぴたりと止まった。中はかなり盛り上がっているらしく、外まで会話が聞こえてきた。
「『勢羽くんが好きだから』って、いいよな~」
「それ言ったらナツキ相当嬉しそうにしてたしな」
「しかも心配して迎えにまで行ってるだろ? めっちゃ好きじゃん」
(え……?)
 勢羽は耳まで真っ赤になっていた。
「……そういうことなんで」
 勢羽は工房のドアを豪快に開けて周囲を黙らせた。
「外まで聞こえてますよ」
「あ……あ~、よかったな見つかって!」
「まあ、そっすね」
 勢羽は振り返って言った。
「なまえさん入らないんすか?」
(ちょっと待ってどういうこと!?)
 今の会話を素直に受け取るなら、勢羽がなまえを好きということになる。でもそんなことある? 学校で一番モテると言っても過言ではない勢羽夏生が?
 聞きたいけど、こんなに人がいる場所では聞けなかった。聞くなら二人きりになる女子寮までの帰り道がいいだろう。でも、二人になったところでまともに話せる気がしなかった。
 なまえは冷や汗を流しながら工房へ入った。すでに話題は変わって、次の課題がどうとか、夕食がどうとか、なまえたちのことを気にしているものはいない。
 それから勢羽は、日が沈むまでなまえに話しかけてこなかった。そしてようやく二人になったところで、
「夕飯どうします?」と聞いてきた。
「あ、うん……。そろそろ行こっか」
 聞いたほうがいいのか、聞かないほうがいいのか。ぐるぐる考えながら食堂へ向かう。勢羽はいつも通りのように見えた。あの耳まで真っ赤にしていた勢羽はなんだったんだろう。
 そして、食堂ではロクに会話もせず生姜焼き定食を食べて、ゆっくりと味わうこともできないままトレーを返却した。
 寮への帰り道、なまえはぎゅっと拳を握りしめた。聞くなら今しかない。今日聞けなければ明日も聞けない気がする。
 しかしなんと切り出そうか迷い、ただじっと勢羽を見上げることになってしまった。さすがに勢羽も気づいているようで、気まずい空気が流れる。
「あー……嫌でした?」
(……嫌?)
 そういわれてみると、嫌という感情はなかったということに気づく。昼に名前も知らない男子生徒に「俺にしない?」と言われたときは、どちらかというと嫌だった。ありがたいことだとは思いつつも全く嬉しくなかったから、彼氏がいるという理由で断れることに安堵していた。すんなり引いてくれなかったらどうしようとか、変な薬を使われたら怖いとか、いろいろ考えたことは事実だが、なまえの中で勢羽という存在がお守りのようになっていたのだ。
「いや、ではなくて……びっくりしたというか」
「まあ、とりあえず伝わってたっぽくてよかったです」
 とぼけられたらどうしてやろうかと思ってましたよ。勢羽はさらっと恐ろしいことを言った。
「……待って、おかしいよ」
「何がおかしいんですか?」
「勢羽くんは私のこと…………」
「好きですね」
「ええ……」
 なんでそんなあっさりと。だけど勢羽だって緊張していることは伝わってきた。いつもより早口だし、耳もまた赤くなっている。赤さだけならなまえには負けるかもしれないが。
「で、どうします?」
「どうします、とは」
「付き合いますかって聞いてんですよ」
「でも、」
「別に難しく考えずにとりあえず付き合ってみりゃいいじゃないですか」
 それが告白する人間の態度なのかと思ったけど、もちろん言えなかった。
「で、やっぱ無理だなって思ったら別れればいいんです」
 なんかこのままだと押し切られてしまいそうだ。
「つーか嫌じゃないのに断る理由あります?」
「えっと、」
 なまえはふと、あのセリフを思い出した。
「今は学業に専念したいから……」
 勢羽がよく言っているやつである。まさか自分に返ってくることになるとは思っていなかったのか、勢羽はものすごく不服そうな顔をした。
「んなの断るための方便でしょうが」
「そうなんだ……」
「そうですよ」
「でもほら、勢羽くんと付き合ったらすごく目立つっていうか……」
「今までと一緒じゃないすか」
「……確かに」
 話していたら不思議と「断る理由はないのかも?」という気持ちになってきた。断る理由を探すということは、そもそも断る理由がないのかもしれない。勢羽のことは嫌いじゃない。好きだと言われても、嫌じゃなかった。この数日間だって、勢羽と話すこと自体は楽しかったのだ。
「他には?」
「……特には、ないです」
「じゃ決まりですね」
 勢羽はなまえの手を取って指を絡めた。なまえは声なき悲鳴を上げる。
「このくらい慣れてくださいよ」
「付き合ってるフリと全然違う……」
「そりゃまあそうでしょ」
「あの、知ってると思うけど……私、全然慣れてないから、変なところあったら笑わないで教えてね」
「そういうとこです」
「えっ」
「あんまかわいいこと言わないでください」
「……」
「いやまあ俺にはいいですけど」
「……勢羽くんも、かわいいとか急に言わないで」
「あー、ちょっと無理かもしれないです」
 勢羽はなまえの手を引きながら、いつもは曲がらない道を曲がった。
「もうちょい話したいんすけど」
「うん」
 そう言ったわりに、勢羽はそれから全然喋らなかった。なまえも話題を探そうとしたけど、武器の話しか引き出しがない。このタイミングで武器の話をするのは違う気がする。結局、ただ校内をぐるっと一周しただけで女子寮までついてしまった。
「じゃあ、またね」
「はい。明日も迎えに来ます」
「……六時はちょっと」
「もっと早いほうがよかったですか?」
「六時でお願いします」
 ふっと勢羽が目を細めた。また笑った。……この顔、好きかもしれない。
 けっきょく顔かよ。昼間の男子生徒が頭の中でそう言った。いや違うから。でもこの顔を知ってるの、自分だけがいい。