武器オタク(♀)は男子耐性がない07

 そろそろ名前で呼んでくださいよ。そう言ったのは数日前から付き合っている勢羽夏生で、なまえも実はそのことについて考えていた。さすがに名前で呼んだほうがいいのかもしれないと、部屋で一人練習を重ねていたのだ。
「なつきくん」
 見よ、この成果を。やはり恥ずかしいことには変わりないが、呼べないわけではない。勢羽は夕食のミートドリアを食べる手をぴたりと止めた。
「なんすかその得意気な顔」
「練習の成果です」
――ガチャッ
 勢羽はフォークを皿の上に落とした。
「練習ってなんすか」
「部屋でちょっと」
「……わざとですか?」
「うん」
「あー……何も伝わってねー」
 勢羽はうらめしそうな目でなまえを見上げた。そして本当は、なまえに伝わっていなくはなかった。なまえだって勢羽が喜んでくれるかなと思って練習していたのだ。名前で呼ぶことだけでなく、その練習すらも。だから「わざとですか?」と聞かれて「うん」と言った。なのに、勢羽が勝手に勘違いしたのである。だけどまあそれはそれでいいかと、なまえも結構慣れてきたのだった。

 この数日だけでいろいろあった。「夏生くんと別れて」と言わること三回。女子が相手だったから、なまえは怯まなかった。
「勢羽くんがあなたのほうがいいって言うなら別れるよ」
 そしてその女は本当に勢羽に告白していた。自分で言ったこととはいえ、勢羽に迷惑を掛けることになってしまったのは申し訳なく思う。あと告白される勢羽を目の当たりにするのは普通に嫌だった。
「勢羽くんは女避けのつもりだったのかもしれないけどさ、今もけっこう告白されてるよね?」
「……何からつっこんだらいいですか?」
「え? ……じゃあ、最初から順番に」
「また勢羽って呼んでる」
「……心の準備がいるから」
「じゃあもっと練習してください。俺が相手するんで」
「それは練習じゃないのでは……」
「はい呼んで」
「……なつきくん」
「次。俺が女避けでなまえさんと付き合ってると思ってるんですか?」
「いや……でも最初のきっかけはそうだったから」
「もうそこから違うんすよ」
 勢羽が好きだと言ってくれたことを忘れたわけじゃない。でも、勢羽の断り文句は「学業に専念したい」から「彼女いるんで」に変わっていた。本人もそのために彼女がいるってことにすると言っていたのに……。
「なまえさん鈍そうだから、周りから攻めただけです」
「うわ」
「うわって」
 勢羽はいじわるく笑った。なまえの好きな笑顔とはちょっと違うけど、これはこれで心臓に悪い。

 今日の帰り道もまた遠回りをする。だけどいつもと違って、勢羽が進む先はもう道ですらなかった。それになまえの記憶が正しければ、この先は行き止まりだ。
 校舎と木々が夕日を遮り、辺りは薄暗い。
(もしかして今までのは全部ウソで、ここで絞められるとか……)
 いやまさかとは思いながらも嫌な想像をしてしまう。なまえはズボンのポケットを探った。そういえば、自作の惚れ薬とやらを警戒して小型のスタンガンを入れていたのだった。勢羽に使うつもりなど全くなかったけど、持っていてよかった。
(でも、ショックだな……)
 ただの想像だったはずなのに、なまえの中ではだんだん真実になってきていた。だって勢羽がこんな武器オタクがいいって言うことがまずおかしいから。昼に告白していた女子のほうがかわいかったから。
 なまえの記憶は正しかったようで、行き止まりに着いてしまった。勢羽が、なまえの肩に触れる。
 なまえは電源を入れたスタンガンを振りかざした。しかし勢羽のほうが一枚上手だった。腕を掴まれ、スタンガンは命中することなくバチバチと音を鳴らしている。
「は……? スタンガン?」
 勢羽は目をまん丸にしていた。
「え……なまえさん、俺に何するつもりだったんすか?」
「……襲われるかと思って」
「あー……、別に無理にしようってわけじゃ」
 勢羽はなまえからスタンガンを取り上げ、電源をオフにして返してきた。
 あれ? なまえは少し冷静になった。勘違いしてたかも、と気づいたのである。
「……もしかして、えっちなことしようとしてた……的な?」
 勢羽が吹き出す。
「あ、違った……よね? ごめん変なこと言って」
「……すげー言いづらいんですけど、」
 勢羽は足元を見ながら言った。
「……キス」
「き……!」
「逆になまえさんは何を想像してたんすか」
「いや、なんかカツアゲとか、ボコボコにされるのかなって……」
「意味わかんねー」
「……ごめん」
「俺が好きだって言ってんの、まだ疑ってるってことですよね?」
 勢羽はぐしゃりと髪をかき上げた。傷つけてしまったんだ。自分が傷つきたくないからって、取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。
「ごめんなさい……」
「まあ、俺も黙ってこんなとこ連れ込んだの悪かったし」
「せ……なつきくんは悪くないよ」
「……俺の気持ち伝わってませんでした?」
「なつきくんがどうってわけじゃなくて、なんで私なんだろうとか……他の子のほうがかわいいのにとか考えてたら、騙されてるのかもって思っちゃって」
「なまえさん」
 勢羽はなまえの手をそっと握った。そしてもう片方の手を背中に回され、優しく引き寄せられる。決して強引ではなく、なまえが逃げようと思えば逃げられるくらいの力加減だった。
 不思議なことに、不安だった気持ちがやわらいでいく。
「俺いま心臓の音ヤバいんですけど、わかります?」
「え……」
 なまえは勢羽の胸にぴたりと耳をくっつけた。信じられないくらいドクドクと大きな音を立てている。
「ほんとだ……」
「ってことなんで」
「うん、ごめんね……」
「まあ、俺にどう思われてるか意識するくらいには進展したってことですよね」
 多分、勢羽が思っているよりなまえの気持ちは変化している。勢羽が他の女子に告白されているのは嫌だったし、騙されたかもしれないと思ったときはすごくショックだったのだ。毎日一緒にご飯を食べるのも楽しみだし、朝早いのはつらいけど、二人で話しながら歩く時間は好きだった。
「あの、なつきくんがよければだけど……キスしない?」
「なまえさんが嫌なら無理にはしませんけど」
「……いやじゃ、ないから」
「あー……察し悪くてすんません」
 唇が、ぴたりと触れる。触れてからなまえは慌てて目を閉じた。しばらくじっと身を固めていたら、勢羽が離れていく。
「大丈夫すか?」
「……うん」
「もっかいしていい?」
「え……うん」
 今ので大丈夫だったのかなと考える暇もなく、唇が重なった。一度離れて終わったかと思えば、すぐにまた距離がゼロになる。息継ぎがうまくできない。
 やんわり勢羽の胸を押すと、離れてくれた。恥ずかしくて勢羽の顔を見られずにいると、すりすりと頬を撫でられる。それが心地良くて自分からも勢羽の手のひらに頬を擦り付けてしまった。
「やば、かわい」
 勢羽が呟いた。ハッとして勢羽から離れる。
「まー今日はこのへんで」
「うん……」
 さっきから「うん」しか言っていないような気がする。何か言おうと思うのに、どうするのが正解かわからず黙って勢羽の後ろをついていった。いつもの道に戻って女子寮の前に到着すると、勢羽は寮の建物を見上げた。
「どうしたの?」
「いや、あの辺がなまえさんの部屋かなって考えてただけです」
「あのグレーのカーテンのとこだよ」
「透明スーツ持ってきたら入れてくれます?」
「えっ」
「まあ、まだ先の話ですけど」
「……いいよ」
「ちょっと今からとってきます」
 冗談なのか本気なのかよくわからないトーンで勢羽が言う。
「まだ先の話でしょ!?」
「いやー楽しみだなー」
「……あのね、私もちゃんとなつきくんのこと好きだからね」
 実はキスしたあたりからずっと気になっていたのだ。まだ好きだと言ったことがないと。さすがにそれはいかがなものかと。勢羽のことを疑って、しかも自分の気持ちを伝えないって卑怯なんじゃないかと。なまえはすごく悩んでタイミングをうかがっていたのに、勢羽の反応は予想外のものだった。
「だろうなと思ったから連れ込んだんですけどね」
「え、気づいてたの……?」
「なんとなく。なのになまえさんはスタンガン使おうとするし傷ついたなー」
 そう言いながらも勢羽は顔を赤くしていた。勢羽の照れ隠しがやっとわかってきた気がする。
「ごめんね」
「……さっきのもう一回言ってくれたら許します」
 なんて生意気な後輩なんだろう。勢羽はなまえが言うまで帰る気はないようだった。そういうところはちょっとかわいい。ここ数日で後輩の知らなかった一面をたくさん知った気がする。そしてこれからも、勢羽はなまえがまだ知らない部分を見せてくれるのだろう。
 なまえは、まっすぐ勢羽を見上げて言った。
「なつきくんが、好きです」