番外編1

※SR実験着エピソードネタです

 明日は何でもない日のパーティだ。今までも何度かお邪魔させてもらったことがあるけど、明日は特別だった。トレイさんお手製イチゴタルト。明日はなんとイチゴまでトレイさんが育てたものを使うそうなのだ。植物園でトレイさんが水をあげているところを隣で見ていたので、私も一緒にイチゴを育てているような気になってしまった。トレイさんが育てたイチゴは素人が栽培したとは思えないほど実も大きくて、赤くて、香りもよかった。そのまま食べても美味しそうだけど、タルトにしたらもっと美味しいんだろうなあと思う。私は楽しみで楽しみで仕方なくて、夜も寮でソワソワしてしまったぐらいだ。

「あーっ!」
お茶会当日、ケイトさんの大きな声が響いた。ケイトさんはすかさずスマホを取り出してトレイさんが準備したイチゴタルトの写真を撮っている。何でも、超有名店のイチゴタルトらしいのだ。あれ? と思う。トレイさんはタルト作りに失敗なんてしないだろうに、どうしてお店のタルトなんだろう。
「そんなに珍しいものなの?」
リドルくんがタルトを覗き込みながら言った。デュースくんによると、テレビで紹介されるほどのものらしい。
「でもトレイ先輩、こんなとんでもなく人気のタルトよくゲットできたッスね?」
「確かに少し手間暇はかかったかな。リドルの舌を満足させられるかはわからないけど、このくらいお安いご用さ」
「ま、まあボクはイチゴタルトなんて食べなれてるけど、トレイが苦労して手に入れてくれたんだ。じっくり味わわせていただくよ」
トレイさんは器用にタルトを切り分け、最初のピースをリドルくんに差し出した。

「ほら、モカの分」
「……ありがとう」
フォークで一口食べると、確かに美味しい。カスタードクリームが濃厚だし、その甘さとイチゴの酸味がちょうどいい。さくさくしたタルト生地の触感も、なるほど行列ができるほどだと納得させられる。でもどうして急にお店のタルトなのか私は気になって仕方なかった。
「口に合わないか?」
「……えっ、ううん。美味しいです」
「そうか、よかったよ」
トレイさんは笑顔だった。でも、なんとなく違和感があるような……いや、気のせいかもしれない。
「そんなに見つめられると照れるな」
トレイさんは誤魔化したいときとか、照れてるとき、逆に私を照れさせるようなことを言うところがある。例えば、今みたいな。やっぱり何か怪しい。
「……どうして今日はお店のタルトなんですか?」
「たまにはいいだろ? ほら、みんなも喜んでる」
確かにみんな喜んでいる。そりゃあ有名店の、しかも朝イチから並ばないと手に入らないタルトなんだから当たり前だ。でも、わからない。いつもタルトを手作りしてくれているトレイさんからすればこの反応は微妙なんだろうか。それとこれとは別なんじゃないかと思うけど、それは食べる側の人間の意見だ。
「トレイさんが育てたイチゴは?」
「……ああ、ジェイドにあげたんだ。ちょっと困ってたみたいで……それで代わりにこのタルトだ」
「……食べたかった」
私がそう言うと、トレイさんは困ったような顔をしてしまう。困らせたいわけじゃないけど、何て言ったら正解なのかわからないのだ。
「モカも一緒に水やりしたもんな。イチゴはまた新しいのを育ててるよ」
「……うん」
残りのタルトを口に押し込む。さっきよりも喉に引っかかる感じがして、紅茶で無理やりお腹に流し込んだ。
「参ったな。そんなに落ち込むとは思わなかったんだ」
「そうじゃなくて、」
「ん?」
「トレイさん、自分が作ったタルトより行列店のタルトのほうが上だと思ってないですか?」
「だってそうだろ?」
トレイさんはさも当たり前という感じで言った。トレイさんの中ではそれが事実なのだろう。確かにみんなの反応を見れば、そうなのかもしれない。でも……。
「トレイさんがイチゴから育てたタルトって言ったら、みんな同じぐらい喜ぶと思います」
「はは、まさか」
「さっきリドルくんが言ったの、覚えてますか?」
リドル? とトレイさんは首をかしげた。
「トレイさんが苦労して手に入れたから、味わって食べるって」
「……ああ、確かに言ってたな」

「うめー!」とエースくんたちがはしゃぐ声が聞こえる。ケイトさんの写真の反応もいいみたいだ。
「また、一緒に水やりしてもいいですか?」
トレイさんは答えの代わりに私の頭をわしゃわしゃと撫でた。人間相手っていうより、動物にしてるみたいだ。
「猫になりましょうか?」
「いや、このままで」
「……はい」

「うわ、モカの髪ぐちゃぐちゃじゃん!」
エースくんがぎょっとする。
 タルトを食べ終えて紅茶を飲んでいる間もトレイさんの成すがままだったのだ。自分では見えないけど、相当なことになっていそうだ。
「トレイ、何をやってるんだい」
エースくんの声を聞いたのか、リドルくんが腕を組んで近づいてくる。
「トレイさん、今イチゴを育ててるそうなんです」
「モカ、何を……」
トレイさんが何か言ってるけど、私は無視した。
「え、トレイ先輩そんなことまでやってんですか?」
「うん。次のタルトに使うんだって」
「それは楽しみだね」
ほら、と私は心の中で言う。リドルくんは嬉しそうだ。トレイさんは思い知ればいい。

 エースくんとリドルくんは食器を片付けに行ってしまった。私はぐしゃぐしゃにされた髪を撫でつけながらその様子を見ている。正確に言うと、トレイさんと目を合わせたくなった。
「モカ、大変なことを言ってくれたな」
横からトレイさんにしては低めの声が。まさか、怒ったのだろうか。恐る恐るトレイさんを見て見ると、声とは反対の笑顔で私は首を傾げたくなる。
「……あの、私が勝手なこと言ったから怒ってますか?」
「いいや」
トレイさんはニヤリと悪い顔をする。……あれ、何だかおかしいような。
「育て始めたばかりのイチゴが次のお茶会までに間に合うと思うか?」
「……あっ」
「困ったな。間に合わなかったなんて言ったらリドルがどんな顔をするか」
「そ、そんなのさっきすぐに言えばよかったじゃないですか」
「まさかあんなこと言い出すなんて思わなくて、驚いて言いそこなってしまったんだ」
嘘だ。全然驚いたって顔してない。
 トレイさんの手が私の髪をすくって耳にかけた。さっきの乱暴な手つきと違って優しい。
「ありがとう」
「……何のお礼かよくわかりません」
「はは、そうか」
トレイさんは立ち上がって背伸びをした。お茶会が終わったらイチゴの様子を見に行くそうだ。私がついて行きたいと言うと、笑顔で頷いてくれた。