9話
引っ越しの当日。店まで迎えに来てくれたホームズと共に221Bの扉を開ける。二人の到着を待っていたとばかりに、アイリスとナルホドーとスサト、三人が出迎えてくれた。
「いらっしゃいエマちゃん! ……あ、これからは“お帰り”でいいのかな?」
アイリスはそんなことを言いながら、エマを引っ張った。テーブルの上には豪勢な料理が並べられている。アイリスとスサトが腕を振るってくれたそうだ。よく見ると、部屋の雰囲気もいつもと違う。これはナルホドーが飾り付けをしてくれたらしい。
「やー、ここまで話が進んでるとは思わなかったよねー。あたしたちが応援するまでもなかったかな?」
「おや、みんなしてボクたちのことを応援してくれていたのかい?」
「ホームズくんを、っていうよりはエマちゃんを応援してたの」
アイリスはナルホドーと目を合わせて笑った。ホームズはそれが不服だったようで「なぜ!」と頭を抱える。
「それよりホームズさん、ぼくは一つ言いたいことがあるのですが……」
ナルホドーはきりりと眉を寄せた。
「なぜ、一つ部屋が余っていたのにぼくは屋根裏部屋だったのですか!」
泊めてもらっている身なのは分かっていますけど、とナルホドーは付け加える。
エマがこの家であてがわれた部屋。それは普通の一室で、これまで無人だった。それなのにナルホドーは、屋根裏部屋に寝泊まりさせられている。これがどうしても気になったようだ。無理もない。誰だってそう思うだろう。
「余っていたワケじゃない。これでちょうどじゃないか」
「……つまり、ホームズさまは最初からこのつもりだったと?」
スサトの言葉にホームズは頷いた。「ボクは倫敦が誇る大探偵だからね」と得意気だ。
「なんだか、上手く丸め込まれたような……」
「うん。今のはちょっと嘘っぽかったよねー」
肩を落とすナルホドーと、うんうんと頷くアイリス。エマは耐え切れず、笑ってしまった。
この家はとても賑やかで、温かい。その輪の中に自分がいること、明日もそれが続くことが信じられなかった。
歓迎会と言う名の食事が終わり、それぞれが部屋に戻る。またこの後もアイリスの部屋に遊びに行くことが決まっているが、その少しの間。エマとホームズは二人きりだった。
「ホームズさん、ありがとう」
「ん? よく聞こえなかったよ」
耳を寄せたホームズに近づく。いとも簡単に抱きしめられてしまうことに、何となく予想はついていた。
「ありがとうって言ったんです」
「何もお礼を言われるようなことなんてボクはしていないけどね」
「……ホームズさんはいつも優しくしてくれます」
あっはっは! とホームズは笑った。
「何を言ってるんだい。最初に優しくしてくれたのはキミじゃないか」
はて、と首を捻るエマ。ホームズは気にせず続けた。
「そう、ボクはあのときキミに餌付けされたんだ! さながら雛鳥のようにね!」
大の大人が自分を雛鳥に例えるなんて。ただでさえ身長の高い彼とは真逆の可愛らしい単語に笑いを堪えていると、ホームズが首筋に顔をうずめてきた。
「笑うなんて酷いじゃないか」
……前言撤回。ホームズには可愛らしいところもある。
エマはそう落ち込んでいなさそうな彼の頭を撫でて、幸せを噛みしめた。この幸せは明日も明後日もきっと、続いていくだろう。