予告状を受け取った美術館の主が小五郎にキッドを捕まえてほしいと依頼をした。安室は弟子として勉強のためについて来たそうだ。小五郎は予告の出された宝石の近くを調べていて、安室は別行動中ということらしい。「コナン君も居ますよ」と安室は言ったが、椿は何をどう説明していいか考えることに精一杯で、心ここにあらずな返事しかできなかった。
 どうしてキッドの変装に気付いたかという点は、椿が説明するまでもなく安室は理解していた。彼が気になっているのはそのメールの内容だ。具合が悪いと言ったのは嘘なのか。帰ると言ったのにどうしてここに残っているのか。それを正確に説明するためには、椿が安室に隠している気持ちを伝えなければならない。
「具合が悪いというのは嘘です。それと、そのときは帰りたかったんですけど……気分が変わって」
どちらかといえば今も帰りたい。というのはもちろん黙っておく。
 嘘は言っていないが本当のこともほとんど話していない。そんな説明に安室は何か言いたげな様子だったが、彼は次の質問をすることを選んだ。
「……では、どうしてキッドを見逃したのですか?」
「捕まえなきゃっていう気持ちはなくて……。捕まってほしくないわけでもないんですけど」
まるで取り調べだ。味方のときはあんなに頼もしかった彼が、今では遠い過去のように感じられる。
「……ごめんなさい」
何に対して謝っているのか椿自身もよく分かっていない。だた、安室に疑いの目を向けられているのが耐えられなかったのだ。
「椿さんを責めているわけじゃないですよ。僕も正直に言うと、怪盗キッドにはそんなに興味がないんです」
「えっ、そうなんですか?」
安室がここに来たのはあくまで“小五郎がキッドにどう出るか”を学ぶためなのだそうだ。けれど安室は現時点で気になることが二つあると言う。
「一つは椿さんの態度が釈然としないこと。もう一つはキッドがどうして僕に変装していたか、ですね」
「……安室さんも美術館に来ているのに安室さんに変装するって変ですよね」
一つ目の疑問は無視して単に気になっていたことを口にしてみる。同じ人間が同じ場所に二人も居たら、周りも気付くのではなかろうか。妙なことをするものだと頭をひねる椿だったが、安室はそれ自体にリスクは少ないと言う。
「最初にキッドに会った椿さんは僕を見てキッドだと思いましたよね。普通はそうです。同じ顔をした人間が同じ場所に二人も居るなんて思いもしませんから、また会っただけだと認識します」
安室が言うには、キッドが気を付けなければならなかったのは本物の安室に会わないようにすることなのだそうだ。そう言われると、そんな気もする。まして知り合いでもない人の顔なんてそうそう見るものでもないから、誰も気づかなかったのだろう。
「しかしそれが安室透の変装をする理由にはなりません。毛利先生や警察を観察するにしても、僕の動きによってはむしろ不利になりますからね」
考察を広げる安室にだんだん付いていけなくなった椿は、生半可な返事しかできずにいた。すると安室はふと言葉を止め、頬を掻いた。
「すみません。一人で話し過ぎました」
「いえ……」
「もう一つの謎の真相を教えていただけませんか? こればかりは、あなたに聞かないと分かりそうにない」
「……そんなの」
椿は安室から逃げられないことを悟った。いくら誤魔化そうとしても彼は流されてくれない。いつの間にか握りしめていた拳は震えている。
「気まずいからですよ……安室さんと」
「……気まずい?」
安室は珍しくぽかんとした様子で椿の言葉を繰り返した。その隙に椿は人ごみに紛れようとする。安室は椿に手を伸ばしたが、突然の暗闇に彼女を見失ってしまう。美術館の照明が消されたのだ。それはキッドの予告時間になったという合図だった。