ゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドの初恋02
初恋?
スタンリーは少し沈黙した後、「そりゃあめでたいね」と言った。詳しく聞きたいという気持ちはあったが、続きを急かさずともゼノが話したくてたまらないという顔をしているのがわかったので、黙って待つことにしたのだ。
「君も知っている人だよ。といっても覚えているかどうかは微妙だが」
「へえ。焦らしてくんじゃん」
「どう言ったらいいのかな。おそらく名前よりも……そうだ『メトロカードの落とし主』と言ったらわかるかな?」
「は?」
ゼノが突拍子もないことを言い出すのには慣れているが、今回ばかりは桁違いだった。スタンリーは言葉を失い、そうして数千年前の記憶をなんとか掘り起こして、ようやく思い出したときにはもう大笑いするしかなかった。
あのときも妙だとは思っていたのだ。落とし物を拾っただけの相手にしてはやけに楽しそうに話しているし、違う大学に進学したと言っていたときは目に見えて沈んでいたし。それが3700年も経ったあとに初恋だと聞かされて、普通なら信じられないことも相手がゼノだからと納得してしまう。
ゼノは不服そうな顔をして言った。
「どうして笑うんだい?」
「あー悪かったよ。再会できてよかったな」
「本当にね。もし会えなければ初恋の自覚さえ危うかったよ」
「いま好きになったってわけじゃねーの?」
「まあ、そうなのかもしれない。どちらにせよそこは些細な問題だ」
スタンリーはタバコを吸っているわけでもないのにフーと長い息を吐き出した。
「んじゃ他に何か問題が?」
「どうしたらいいのかわからない」
「……タバコ吸っていい?」
「ここは禁煙だが」
「だな」
スタンリーは頭の中でタバコを吸ってみた。まあ、少しは落ち着いたような気がする。
「連絡先は?」
「聞いてないな」
「今後会える見込みは?」
「この施設で働くことになったそうだから、苦労はしないと思う」
「そりゃよかった。ま、なるようになんじゃね」
「何の参考にもならないな」
「俺がどうこう言う問題じゃねーもん」
「……それはそうだが」
不服そうなゼノに「話くらいなら聞いてやる」と言ったのが一週間前。そして、
「どうも子ども扱いされているような気がしてならない」
ここ一週間そういった類の話は聞かなかったから、てっきり順調なのかと思いきやこれだ。ゼノはいたって真剣な顔をしている。だが子ども扱いとはいかがなものだろうか。
「ゼノ、あんた今いくつよ」
「三十五だが」
「三十五のおっさん子ども扱いするやつなんかいねえって」
「いるんだそれが!」
「子ども扱いって例えば?」
ゼノはいくつか例を挙げたが判断するには微妙なところだった。ちゃんと寝ているのか。食べているのか。困っていることはないか。ゼノの言う通り子ども扱いとも受け取れるが、単に目の下のクマの心配をされているだけのようにも思える。それか意外とゼノに好意があるとか……。だがこれを言ってゼノが暴走しては敵わないので、スタンリーは黙っていることにした。
「……まあ嫌われてはないんじゃね?」
と、無難な言葉を選んだところで今日の相談は終わる。
それから数日後。施設の警備体制のチェックをしていたところ、偶然ゼノに出くわした。すぐに声を掛けなかったのはゼノが女性と話していたからだ。もしかして彼女が例のメトロカードの落とし主なのかもしれない。
遠目に見てもゼノがいっぱいいっぱいになっているのがわかった。なんというか、わかりやすい。好きのオーラが全く隠しきれていないのだ。彼女が鈍感でなければすでに気づいていることだろう。
ゼノは普段より身振り手振り多めで、口数は……まあ普段からも多いが、おそらく声はうわずっていることだろう。しかしそれをにこにこと頷きながら聞いている彼女を見てスタンリーは考える。「いけんじゃね?」と。しかしここで割って入ってはかわいそうだから、スタンリーはさっさと踵を返すのだった。
いくら幼馴染とはいえ、ゼノにああしろこうしろとアドバイスするつもりはなかった。……が、今は揺れている。あの様子を見るにかなりのポンコツっぷりを発揮していることは間違いない。まあ、3700年越しの初恋なのだから多少は仕方ない気もするが。
スタンリーは二カ月待った。一向に進展する気配はないが、ゼノのあまりのわかりやすさに周りのほうが生温かい視線を向けるようになっていた。そしてスタンリー自身も痺れを切らしてとうとう言ってしまったというわけだ。
「なあ食事にでも誘ってみたら?」