めざめのゆめ06

 リリアンなりすまし作戦の初手にニッキーを引き当てたのは結果的に幸運だった。一時は失敗の線も見えたが、なんとか彼女を引き込むことはできた。そしてニッキーの指導のもと、あさぎりゲンの演技は本物に近づいてきている。当のゲンはニッキーの鬼指導のおかげでクタクタのようだが。
 ゲンはぐったりとした体勢のまま千空に視線をよこす。
「ね~ちょっと聞きたいことあるんだけど、いい?」
「なんだよ」
「いやね、千空ちゃんが言いたくないなら言わなくていいんだけど……」
「まどろっこしいこと言ってないでさっさと話せ」
駆け引きは苦手だ。相手がこの男ならなおさら勝ち目はない。珍しく言いづらそうにするゲンが本心からそうしているのか、演技でそうしているかなんて千空にはわからないのだ。
「……千空ちゃんって好きな子、いる?」
「いる」
「……ジーマーで!?」
ゲンが飛び起きて詰め寄ってくる。千空はすかさず距離をとってゲンを睨みつけた。
「うるせえ、いると思って聞いてきたんだろうが」
「いや、そうなんだけどさ~……こんなあっさりとは思わなくて」
「想定してた会話、全部ムダになったってか?」
「全部かどうかはこれからかな~」
まだ聞きたいことはある。つまりそういうことだ。ゲンが何を聞きたいのか、千空にはある程度の予想はついていた。だが、自分からその話題を振ることは決してしない。
「司ちゃんに千空ちゃんの追跡頼まれたときさ~、最初にツリーハウスに連れてかれたんだよね。わざとらしくめっちゃくちゃに荒らされてたの」
「ああ、慌てて逃げたように演出したからな。どうせバレてんだろうが」
「うん。で、ひとつ気になったことがあるんだけど……」
心の中まで覗き込むような視線が千空に突き刺さる。言いたいことわかってんだろ、と言われているような気がした。しかし千空はゲンが続きを言うのを待った。
「……ん~ダメか。じゃ思い切って聞いちゃうけど、ツリーハウス使ってたときに復活してたのって千空ちゃんと大樹ちゃんと司ちゃん、それに杠ちゃん。……他にもうひとりいた?」
「なんでそう思う?」
「ツリーハウスの壁に彫ってあった日付。あれ千空ちゃんが書いたんじゃないよね。でも日数的に、千空ちゃんの次に復活した大樹ちゃんだと計算が合わない」
「おー正解だ」
「あー……やっぱそうなんだ」
ゲンの声のトーンが明らかに落ちる。誤解しているのだ。いちいち説明するのも面倒だが、この男……偽悪的に振る舞っていても根はそうでない。勝手に結論付けて勝手に落ち込んでいるだけとはいえ、誤解を正さないでいるのは少々哀れな気がした。
「なに勘違いしてんのか知らねえがな、死んでねえぞ」
「……えっ! じゃあどこ? どこにいんの?」
「さあな、今ごろエアコン効いた部屋で冷食のカルボナーラでも食って……」
はあ、と思わずため息をついてしまった。なるべく思い出さないようにしていたのに、余計なことをしてくれる。
 ゲンはぽかんとしていたが、話が終わりそうな空気を察したらしい。すかさず抗議の音を上げてくる。
「……え、今ので終わり? 全然わかんなかったんだけど」
「2019年に石化しなかった世界があるんだと。今は証明もできねえからいちいち言ってねえっつー話だ」
「……それジーマーで言ってる?」
「マジのマジだ。信じろとは言わねえよ」
ゲンは眉を下げた。けれど口元はかすかに笑っていて、ああ困っているんだろうなと思った。
「……信じる信じないは置いといて、その世界の子が一時的にこっちにいたってこと?」
「おー。話が早くて助かるわ」
「ふーん……それで?」
「それでってなんだよ」
「俺ら今、好きな子のハナシしてたよね?」
ゲンはさっきまでの遠慮とか困惑とか、全部捨てたような顔でにこりと笑った。あまりの切り替えの早さに口元が引きつってしまう。
「千空ちゃんはその子のことが好きになっちゃったんだ。それって女の子?」
「……まあ」
「会いたい?」
「……文明復興したら、そういう研究はするつもりだ」
ゲンのニヤニヤがいっそう加速する。話さなければよかった。……いや、誤魔化したところで会話が長引くだけか。この話題を振られた時点で諦めるしかなかったのだ。
「いやー気になってたんだよね。さっきのニッキーちゃんもだけど、好きになりそうって言われたって軽~くあしらっちゃうし色仕掛けも全然効きそうにないし」
「単に惚れた腫れたのいざこざが面倒で、恋愛脳は非合理的だって話だ」
「それって自分への戒めだったりする?」
「……テメーは俺の言ってること、信じてんのか?」
質問には答えず、別の質問で返す。ゲンがそれに気付かないわけはなかったが、追求はされなかった。
「信じられないかな、その異世界っての見るまでは」
「あ゛?」
「こっちのことが全部片付いたら研究するんでしょ? せっかくだし俺も連れてってよ」
それはほとんど信じていると言っているようなものじゃないのか。蝙蝠男なりの見え見えの気遣いだが、千空にとっては確かにありがたいものだった。何も根拠のない仮説をただ信じると言われるより、証明してみせろと言われるほうが科学屋としては燃える。どこまでわかってやっているのかは知らないが、恐ろしい男だ。
「千空ちゃんが好きになっちゃうような女の子、俺も興味あるしね」
「ククク、俺がドキドキ純情少年してるとこ見てえっつーんなら、アホほど働いてもらわなきゃなんねえな」
「……やっぱり?」
ゲンは苦笑いを浮かべてごろんと横になった。ひしひしと視線を感じて、まだ話を終わらせる気がないというのが伝わってくる。
「せっかくだしさ~、もっと教えてよ。どんな子? どういうところを好きになった?」
「うるせえ知らねえ」
「照れなくてもいいじゃん。俺しか聞いてないんだし」
べつに照れているわけではない。本当に知らない、というかわからない。どこを好きになったと言われたって、じゃあその特定の何かがなければ好きではないということになってしまうのか。そうなってくると、答えを導き出してみたい気もする。千空は本腰を入れて考えてみることにした。「え、そのポーズ必要?」ゲンが途中で何か言ったような気がするが、千空はすでに集中モードに入っていた。

「……やっぱわかんねえ」
めちゃくちゃ考えてたじゃん、とゲンが笑う。
「まあゴイスー好きってのは伝わってきたけど……」
「……寝る。頭混乱しちまった」
「おやすみ~」
先ほどまでのしつこさはどこにいったのか、ゲンはあっさりと千空を見送った。今のはメンタルケアの一種だったのだろうか。それとも本当に興味を持たれていたのか。千空は横になったまま考えを巡らせていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。