相容れない03

 あれからなまえはゼノの研究室を訪れるようになった。ゼノはいつも歓迎してくれる。ゼノの話はわからないことばかりだが、たまにある雑談が楽しかった。
 どうにかしてゼノの話を理解したいと思う部分もあった。それでこの部品は何になるの、と軽い気持ちで聞いたときのことだった。
「え……銃弾?」
「そう、これさえ完成すれば無限に銃を撃てるようになる。実にエレガントだ!」
「……それって必要ですか?」
 何を馬鹿なことを言うんだ、とゼノの顔に書いてあった。ぞくりと悪寒が走る。彼とは根本的にわかりあえないような気がした。
「ああ、そういえば日本人に銃は馴染みがなかったね」
「それは、そうなんですけど……」
「君はダイナマイトを人殺しの道具だと思うかい?」
「え……いや……どっちかというと岩とかを壊すイメージです」
「そう。だが実際のところ、ダイナマイトは戦争を劇化させた。多くの人を殺す道具となった」
 道具は使い方次第だと言いたいのだろう。理解できないわけではない。しかしどうしても、今この世界で銃を作る必要があるとは思えないのだ。
「……じゃあ、ゼノは人に銃を向けるようなことはしない?」
「いいや、僕と対立する人間がいれば向けるだろうね。……正確に言うと、銃を持つのは僕ではないかもしれないが」
「……どうして? たくさん人が起きたら対立する意見なんてすぐ出てくるのに……。そのたびに銃を持ち出すなんて、独裁者みたい」
「おや、君には話していなかったかな?」
 そこから先はまるで悪夢でも見ているかのようだった。ゼノは本当に世界を支配するつもりだったのだ。
 ゼノは言った。石化前の世界で、科学の価値もわからない人間が人類の進歩を阻害し続けていたことを。倫理や政治という御旗を振り回す人間に足を引っ張られていたということを。
 ゼノは好きに科学をすることができなかったのだろう。それが今、まっさらな世界で可能となった。ゼノはきっと本気でやるつもりだ。
「……政治はわからないけど、倫理は大事だと思います」
「それは残念だ」
「……いつの歴史も独裁者はその、革命とか暗殺とかされてるし……いいことないですよ」
「そうならないよう上手くやるつもりだよ。僕にはスタンがついているからね」
 なまえはすでに泣きそうだった。どうしたらいいのかわからない。ゼノを説得できる気がしない。それより前に自分の身の危険さえ感じた。銃を手にしたゼノが、真っ先にその銃口を向けるべき相手はおそらく……。
「ごめんなさい……私はついていけない」
 ゼノは作業の手を止めてため息をついた。心がざわざわするような、気持ち悪い感じがした。
「だが君は僕に仕えるという話だったね?」
「はい……」
 ぎゅう、と手を握りしめてうつむく。もちろんこれで許されると思っているわけではない。今までしてもらったことを考えれば逆らうなんて言語道断、すべて自分の見通しが甘かった。最初に「仕える」という単語を聞いて不安に思ったはずなのに、目を背けたからこんなことになったのだ。しかしそうだったとして、あのときどうするのが正解だったのだろう。
 結局、ゼノに従うしか生きる道はなかったように思える。時をさかのぼることが出来たとしても、ゼノの誘いを断ることなんてできない。
「君は馬鹿じゃない。どうすればいいかなんて落ち着いたらすぐにわかるさ」
「……」
「今日はもう休むといい」
 ゼノに言われるがまま、なまえは研究室を出た。指さきが震えている。ぐっと両手を握り締めてなまえは部屋に戻った。

 一夜明け、なまえは普段通り畑と牛の世話をこなした。運がいいのか悪いのか、ゼノには会っていない。会ってしまったら何かしら言わないといけないような気がしていたから、ずっと不安だったのだ。
 本当にいつもと同じように一日が過ぎてしまった。スタンリーとは会ったけど、特に何も言われていない。ゼノから話を聞いているのであれば、何か一言ぐらいはありそうなものなのだが……。
 なまえはベッドの上に座って、ただじっと向かいの壁を見つめていた。いつもなら研究室に行く時間帯だ。行かなかったところでおそらくお咎めはない。なまえが本来任されている仕事をこなせば、ここにいることは許されるのだ。ゼノの手伝いはあくまでも任意でやっていることなのだから。
 なまえはベッドに倒れこんだ。ゼノのしていることには賛同できないが、ここから出ていくほどの勇気はない。つまりゼノから目を逸らして、ひたすら仕事に没頭していれば生きていける。それでいいのかと思わないわけではないが、他にどうしようもなかった。

「なまえ、聞いてる?」
「えっ」
 気づけば向かいの席に座ったルーナが不満げな視線をよこしていた。彼女の前には食べ終わったスープの器がある。いっぽうでなまえの器にはまだ半分ほどスープが残っていた。
「……ごめん、何だっけ」
「具合悪いんじゃないかって聞いただけよ。食事も進んでないみたいだし」
「あー……ちょっと考え事してた」
「……最近ちょっと痩せたでしょ」
「え、そうかな」
 二の腕をふにふにと揉んでみたがよくわからなかった。肉体労働をはじめて筋肉がついたかと思えばそうでもない。元よりも質素な食事をしているのだから痩せたとしてもそう不思議なことではないはずなのに、ルーナは険しい表情をしていた。

 残りのスープを飲み干し、なまえは牛小屋に向かった。今日の仕事は終えている。それでもここに来てしまうのは、彼らに癒しを求めているからだ。
 柵を乗り越え、大きな体に頬を擦り付ける。「モォ~」と牛は鳴いた。
「よお、プリンセス」
 なまえは牛に寄りかかったまま顔だけ動かして入り口を見る。スタンリー、と彼に聞こえるかもわからない声量で呟いた。
「馬鹿にしてる?」
「いーや」
 スタンリーは用件を言わない。柵を乗り越え、牛の体を撫でている。いったい何をしに来たのだろう。
 あまりに居心地が悪いのは、彼がゼノと特別親しくしているからだろう。スタンリーはゼノから何か聞いているのだろうか。
「んな見つめられると照れんね」
「……」
 言い返すほどの気力もなくなまえは黙っていた。スタンリーは特に気にした様子もなく話を続ける。
「銃なんかなくたって、俺はあんたを殺せる」
「……それを言ったらあらゆる兵器が許される」
「で、どこまで許容するかって話」
「それもだけど、世界を支配するって」
「ああ、」
「……スタンリーは不快に感じるかもしれないけど、私はできないって思ってる」
「ふーん」
 スタンリーは相変わらず牛を撫でている。視線すらなまえに向けない。何を考えているのか全く予想できないのが不気味だった。
「でも、世界は無理でも……例えばこれくらいの小さい集団だったらできるでしょ」
「言うほど支配はされてねーと思うけど? ほぼ好き勝手やってんじゃん」
 スタンリーが言ったことは事実だ。そのせいでゼノのことを嫌いになれないでいる。それどころか多少の希望すら持ってしまう。
「口調も優しいし、穏やかだし……全然そんな感じじゃないのに」
「科学の邪魔さえしなけりゃな」
 それはまさに身をもって実感しているところだ。一見とっつきにくいスタンリーのほうが、まだ話が通じるような気がする。
「……スタンリーは何しにここへ?」
「あんたがクーデター起こそうとしないか見極めてたとこ」
「……時間の無駄でしたね」
「いや、そうでもねえよ?」
 スタンリーはにたりと笑って、ここでようやく目が合った。「一つ言い忘れてた」
「銃ならとっくに完成してんよ」
 ひらひらと手を振りながらスタンリーは出ていった。扉を開く寸前、ポケットからタバコを取り出しているのが見えた。やっぱり牛には配慮しているみたいだ。と、どうでもいいことを考えることぐらいしか現実逃避する手段を思いつかなかった。
 ゼノと話してから数週間。銃が完成していたって何もおかしくはない。なまえが手伝いをやめたところでゼノにとってはほんの誤差程度にしかならないのだ。しかし改めて聞くと、なかなかに落ち込めるものがあった。

「ゼノ、入んぜ」
 スタンリーはなまえと話したあと、ラボを訪れていた。相も変わらずゼノは作業に没頭していたようだ。
「どうしたんだい? まさか眠れないとか」
「や、ちょっとプリンセスの様子見てきたついでに」
「プリンセス?」
なまえのことだと告げると、ゼノが「それなら僕は魔王かな」と言い出すから吹き出しそうになってしまった。自覚があるのかないのかは微妙なところだ。
「彼女はもうだめかもしれないね」
「なんで野放しにしてんの?」
「今のところ害がないからだよ。それにきちんと仕事もこなしているし、問題はないだろう?」
 では何がだめなのかと聞くと、ゼノは表情を曇らせた。
「日に日にやつれてきているじゃあないか」
「……話してないっつってなかった?」
「会話はしていないよ。ただ遠目に見ただけさ」
 マジかよ、と言いそうになったのを寸前のところで飲み込む。
「どうすんの?」
「どうもしないよ」
 ゼノは机に広げた設計図を指でなぞりながら言った。飛行機の形をしたそれは、すでに何度も修正された跡が見受けられた。
「逃げ出したとしても?」
「幽閉してもいいが、監視には人手がいる。彼女一人がここを出たところで大した脅威にもならないだろうし……困るのは仲間を作られることかな」
「ふーん」
 これは無自覚かな、と思った。
 タバコに火をつけると、ゼノは軽く睨んできた。少し距離を取って煙を吐き出す。ゼノは再び設計図に目を向けた。
 ゼノはいつものようにぶつぶつ言いながら線を引いている。黙ってその様子を見ること数分、一段落ついたのかゼノはペンを置いた。
「僕に何か用があったんじゃなかったのかい?」
「言ったじゃん、ついでだって」
「……そうだったね」
 ゼノは立ち上がってうつむいた。ただ上から図面を確認しているだけのようにも見えるし、落ち込んでいるようにも見える。
「……寝るわ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
 ラボを出ると大きなあくびが出た。背伸びしながら歩いていると、向かいからなまえが現れて眠気がどこかへすっ飛んでしまう。「マジ」今度は飲み込めずそのまま口から出てしまった。