相容れない10

 バイクの走行痕を確認し、千空たちの逃走ルートは確定できた。あとは飛行機を船に積み追いかけるだけだった。しかし、少年らの通信の中に人工的なノイズが混じる。ゼノからのアラートだとスタンリーはすぐに気付いた。
 妨害電波、ステルス艦、対レーダーミサイル……いくつか考えらえる線はある。他の手がかりはゼノが残したメッセージ「ゴールはアラシャ」
 嫌な予感がした。少なくともこのまま相手の船を追えば負ける。それならば……
「旋回! 千空たちの最終目的地に先回りすんぞ!」
 スタンリーの指示に合わせて船が大きく向きを変える。少し揺れたがこの程度で倒れるような人間はいない。そう、身体を縛られてでもいない限り。

 スタンリーは片手に食事を持ち、なまえを軟禁する部屋のドアを開けた。なまえは不貞腐れたような顔で床に座り込んでいた。
「何ですか?」
「食事。あとさっき揺れたろ」
「とても。道でも間違えたとか?」
「んなわけねえよ」
 縄を解いてやると、なまえは遠慮がちにパンに手を伸ばした。
「……食事はひとりでしたいです」
「あんたがお転婆じゃなきゃね」
 なまえは返事をしなかった。静かにパンにかじりついている。「もうすぐゼノに会えんぜ」勢いよく彼女は顔を上げた。こちらも笑えるほどわかりやすい。
「ゼノのどこがいーの?」
「……日本語ペラペラなところ」
「マジで言ってんならゼノ泣くぜ」
「見たいかも」
「確かに」
「……追いつくの早くないですか?」
「追いつくんじゃねえよ、先回り」
 あからさまに眉を寄せられる。いい気分だった。なまえはぐるりと部屋の中を見渡している。また何か企んでいるのかもしれない。だからって好きにさせるつもりは全くないが。
 なまえが食べ終わったタイミングで再び縄を巻く。肩はまだ痛むようだが文句ひとつ言わない。他のことに関しては好き放題言ってくるわりに、そこが不思議だった。
「……待ち伏せしてどうするの?」
「白旗上げんならあんたと同じ。抵抗すんなら蜂の巣」
「……蜂の巣はやめてください」
「手ェ抜いて勝てるような相手じゃないんでね」
「ゼノが巻き添えになるかも」
「んなノーコンじゃねえよ」
 そう言い残してスタンリーは部屋を出た。

 空母のパワーを持ってすれば、アラシャへの航海は容易だった。これほどのものを作った連中なのだから油断はできない。陸地にギリギリまで接近したかったが、浅瀬の岩が厄介で小型のボートを使わざるを得なかった。
 捕虜のサムライは人質として連れていく。だが、なまえは船にこのまま置いていくつもりだ。迷ったすえ、スタンリーはなまえの拘束を解いた。
「いいの?」
「あんたはここで留守番。食料は残してくから好きに食べな」
「……え、」
「上陸用のボートはもうない。この船でこれ以上進んだら底に穴が空いて沈む。あんたは俺がゼノを連れて帰ってくんのを待ってりゃいい」
「連れて行って」
「嫌だね」
「連れて行ってくれないなら、泳いで追いかける」
「傷口開いて死にたいってんなら」
「……」
 まだ何か言いたげななまえだったが、スタンリーは無視して部屋を出た。上陸の準備はもう整っている。なまえを残した全員がボートに乗り込んだ。

 川をさかのぼり、陸地に上がる。そうしてすぐに民間人と名乗る二人に接触した。確かにシャーロットの治療をしたことは事実であり、無視できない。それにこの二人の足跡をたどれば敵の本陣に到着できる。スタンリーが予測していたより早くゼノを救出できそうだ。
 順調かと思いきや、途中で通信機が壊されしまった。特攻してきたのは少年科学団最強の三人。そうまでして通信機を壊す理由など、時間稼ぎのほかない。スタンリーは突撃命令を出した。
「ゼノ以外は全員射殺」敵の本拠地を前に念を押しておく。通信機を破壊され人質のパワーバランスが崩れた今、相手に情けを掛ける余裕はない。まずは手榴弾で敵の砦を火の海にし、出てきたところを射殺する。

 一人、また一人と少年たちが倒れていく。だがスタンリーが勝ちを確信することはなかった。空の果てにあの忌々しい光が見えたのだ。
 なるほど、やってくれる。全員石化させて、あとから遠く離れた味方に復活させてもらう気でいるのだ。だが、思い通りにはさせない。
 スタンリーは敵の復活液に狙いを定めた。一人でも起きられたら面倒だ。復活液なら執事と妙な被り物をした子供を捕えたときに十分な量を奪っている。それなら敵の復活液をすべて撃ち、後は石化のタイミングに合わせて大量に投げ上げるしかない。
 敵も復活液を死守しようとしていたが、銃の前にできることなどゼロに等しかった。ほとんど立っている者がいなくなった中、ゼノがコートをたなびかせながらこちらへ向かってくる。
「救出まで約100日というわけか。おお、もう少し早いとも思っていたが、手を抜いたかなスタン? 囚われのプリンセスが腐れ縁の科学者では」
「うるせえな。熱い感謝だべってる場合かよ。来んぞ、石化光線」
「……あれ、ないよぉ復活液のビンなんて」
マヤの言葉に一瞬思考が鈍る。ないなんてわけない。そのときふと、視界の隅にドクターを名乗る少女の被り物が転がっているのが目に入った。
 被り物を捨てた少女はビンを持って走っている。スタンリーはすかさず銃を向けた。――大量のビンが割れる。
 復活液が一つ、敵の手に渡ってしまった。だが、撃つことができない。復活液をすべて失くしてしまえば石化光線に備えられないからだ。
 少年たちは最後の復活液をタワーのような装置の上に置いた。
「奪れ! 最後の復活液を――!」
 スタンリーたちもまたタワーのもとへ向かおうとしたが、捨て身の少年たちによって行く手を阻まれてしまう。そのたび銃の引き金を引くわけだが、これでは間に合いそうもない。スタンリーは覆いかぶさる少年らを退けたあと、タワーの上の復活液に銃を向けた。
 撃たなければ確実に負ける。だが、撃ってしまえば人類はまた3700年の眠りに。運が悪ければ滅びの未来だってあり得る。だがもしも撃ったビンの中身が味方にかかれば……。
 ゼノは一足先に敗北を受け入れようとしていた。スタンリーの耳にゼノたちの会話が入ってくる。「また逢うその日まで」千空はゼノに向けて確かにそう言った。
 そうだ、連中もゼノの知見は欲しい。めでたいことに、ゲームに負けてもゼノは治されて科学を続けられる。
 走馬灯のようにゼノとの思い出が頭の中を流れていく。人質として石像になる覚悟はできた。そして今、ゼノのためにできること。銃を下ろして、それから――。
「ゼノ! なまえは船ん中だ! あんたが見つけてやってくれ!」
 スタンリーは思い切り叫んだ。彼女を置いてきたのは失敗だったかもしれない。運に見放されれば船が沈む衝撃で割れてしまう。……だが、この血の海を見せたくはなかった。彼女のためじゃない。ゼノのためだ。
 スタンリーは重苦しい装備を脱ぎ捨て、タバコをくわえ火を点けた。
――あんたらの勝ちだぜ、やんじゃん。
 声にならなかったスタンリーの声は、自身の石像の中で響いて消えた。