ハリネズミ03

 なんとかして動物を捕まえ、なんとかして作った一着しかない服を、はいどうぞと渡されて素直に受け取ることができるだろうか。
 現時点で女性が私とマヤとシャーロットの三人。二人は鍛えているからと私に服の権利を譲ってくれた。そして軍人でない人間は私とゼノとカルロスの三人。……確かにみんなが私に譲ってくれる理由もわかる。けれどそれが当然とは思わないし、何なら誰かが欲しいと声を上げてくれれば喜んで譲るつもりでいた。まあそんな人はいなかったのだが。
 誰が服を着るかの話し合いで時間をロス、というのは避けたい。それならやっぱり私が着るべきなのだろう。私にできるのは、これから人一倍働いて全員が服を着られるようにすることだ。
 服といっても、皮を羽織って腰でヒモを結ぶだけの簡易なものだ。つまり皮さえ手に入れればどうとでもなる。私はゼノに許可をもらって罠を増設した。ただ、もう一声ほしいところだ。
「ゼノ、弓とか作れない?」
「そう言われると思っていたところさ」
「え、まさか?」
「そのまさかだね」
ゼノはフフと笑ってボウガンを見せてきた。私が想像していたのは和弓だったが、確かにこちらのほうが素人でも狙いを定めやすい。もしかしたら軍人さんで経験のある人がいるのだろうか。
「銃の達人ならいるんだがね。まあ銃はもう少し我慢するしかない」
「銃まで作るつもりなの?」
「もちろんさ」
デントコーンを確保すればプラチナもあるし火薬には困らない。ただ今の生活から考えると、文明レベル上がりすぎて途方もない話のように聞こえる。
「ええと、それでこれは罠に使っていいの?」
「……それも考えたが、万一目覚めたばかりの人間が罠にかかってしまったら大変だからね。これは探索のときに持ち歩いてもらおうかと思っているよ」
「ああ、確かに。私も使ってみたい……けど、仕留め損ねて暴れられそう。苦しませるのも本意ではないし」
「それなら木にでも試し撃ちしてみるといい」
「えっ、いいの?」
……あ、気付いてしまった。これはもしかして改良点を求められているのでは。手渡されたボウガンがずっしりと重い。撃たないわけにもいかないかと、適当に構えてみる。周囲に人がいないことだけは何度も確認した。……だめだ、自分で言いだしたのに怖くなってしまった。本当に撃って大丈夫だろうか。
「おいゼノ、何やらせてんの」
 鉛のように重かったボウガンがひょいと取り上げられる。スタンリーは「馬鹿か」とでも言いたそうな顔で私のことを見下ろしていた。
「おお、スタン。彼女の力でも問題なく使用できるか試してみたくてね」
「んな必要ある? 震えてんじゃん」
 ゼノの丸い目が私に向けられる。ゼノは驚いているようにも見えるけど、楽しんでいるようにも見えた。
「……すみません、使ってみたいって自分で言い出したのに」
「謝る必要はないさ。スタン、君だってそう思うだろう?」
いや、なんでそこでスタンリーに振るの~っ! ちらっとスタンリーの表情をのぞき見ると、彼はすでに別方向を向いていた。彼の口から出てきたのは「まあ」という何とも微妙な返事だ。
「……来な」
 スタンリーはボウガンを持ったままどこかへ歩いていく。何だろう。ゼノは動く様子がない。
「おそらく君に言ったんだと思うよ」
「え……そんなこと、」
さあ、とゼノに背中を押されて私はスタンリーの後を追いかけた。私一人が追いかけて来たにもかかわらず、スタンリーは何も言わない。本当に私に言っていたのかとびっくりした。そしてあれで理解できるゼノも相当だ。
 スタンリーは草むらに隠れるように身をかがめた。ジェスチャーで私にもそれを求めてくる。彼がボウガンを構えた先に見えたのは、シカの群れだった。川辺で水を飲んでいるところのようだ。
 獲物がたくさんいるというのに、スタンリーはなかなか動かない。身を小さくして、ただじっと待っている時間はもどかしい。
 一頭が、川に口をつける。私でさえ「今だ」と思った。けれど水を飲もうとしていたはずのシカはすでに倒れていて、何が起きたか理解する前に群れはバラバラに散っていった。
 ゆったりと立ち上がったスタンリーが倒れたシカに近づく。まだもがいているシカの頭部を彼は石のナイフで刺した。今度こそシカはぐったりと倒れる。まだこの瞬間には慣れない。甘ったれたこと、綺麗ごとを言うつもりはないし、進んでこういうことをしてくれるスタンリーたちを悪く言うつもりもない。ただこの光景を目の当たりにするたび、自分が守られている側だと実感して情けなくなるのだ。
 スタンリーは肩に乗せるようにしてシカを一人で持ち上げてしまった。私は彼のすぐ隣に置かれているボウガンを拾う。下手に手伝うよりスタンリーが一人で運んだほうが早いのだろう。わかっていても口を出してしまうのは、私の愚かしい部分の一つだ。
「手伝いは」
「必要ない」
ほら、やっぱりね。

 私たちはゼノのもとへ戻った。スタンリーはボウガンの使用感を話している。一番の疑問は、弓を拾っただけの私が行く必要があったかというところだ。
 スタンリーとゼノが話しているあいだに、私はシカを解体するための道具を洞穴に取りに行った。初めは寝床として洞穴を使うという話だったが、今ではほとんど倉庫のような扱いになっている。外で寝るのは抵抗ないが、やっぱり屋根は欲しいねというのが大多数の意見だった。
 道具を抱えて戻ると、ちょうどブロディたちが罠にかかったヤギを持ち帰って来たところだった。ヤギなら最終的には飼いたいところだが、今は畜産に手を出す段階ではない。ついでに処理しておくと言ってくれた彼らに甘えて私は他の作業をすることにした。

 全員の服と靴が確保できたら、いよいよコーン帯に向けて出発するということだ。その準備として、携帯食を作らなければならない。行く先で食べるものが何も見つからないということはないだろうから、非常食という扱いになる。それでもないのとあるのでは心の持ちようが全然違うのだ。
 食べ物を長持ちさせる方法としては、天日干しか燻製の二択しかない。魚や薄く切った肉を煙に当て、山菜は石の上に並べて乾燥させる。ぐう、とお腹の虫が鳴ったが、これは食べ物じゃなくて仕事道具なんだと自分に暗示をかけて誤魔化すしかない。
「でけえ腹の音」
「……っはあ?」
 ここ最近うまくいっているはずだったスタンリーから、まさかの暴言だ。とっさに戦闘態勢に入ってしまった私も私である。きっとこれは学生時代「スタンリーなんかに負けるもんか」と悔しさをバネにしていたのが、今でも私の中のどこかに残っているからに違いない。
 スタンリーは呆気にとられたような顔をしていた。なんだ、自分からケンカを売ってきたくせに。私が言い返せないとでも思っていたのか。私から目を逸らしたスタンリーは頬を掻いて……え、まさか今のって他愛ない冗談の類だったりするのだろうか。思いのほか私が怒ってしまったから気まずくなって、とか。いや、わからない。わかりづらすぎる。
 ひとまず私は気まずい空気に気付かないふりをすることにした。
「それで、何か用?」
「これ、ゼノからあんたに」
 スタンリーが持っていたのは半分に切られたドーナツピーチだった。日本の桃より平たい形をしているそれは、甘くてそのまま食べてもご馳走になる。
「うそ、近くにあったの?」
「でけえ木がな」
「へ~!」
私は桃にかじりついた。けど、思ったよりも硬くて
「すっぱい……」
「まだ熟してないかんね。季節的にはもうちょい先だろ」
「あ~……そうだったかも。六月くらいになったらまた採りにきてもいいかな」
「そんときはさすがに北に行ってると信じたいね」
「……確かに」
北のほうにもあるといいな、と思いながら私は残りの桃をかじった。甘くはないけどお腹は膨れるし、ビタミンも豊富。何より食べ物を捨てるなんてこの世界では考えられないことだった。
「ゼノには後でお礼を言っておかないと」
「あー……俺から言っとく」
 ガシガシと頭を掻くスタンリーに、これはもしやと思った。確証が持てないのと、もしそうなら意地悪をしたくなってしまった。
「どうして? ゼノにはいつも作業の確認をしてもらってるから、手間にはならないけど……」
「そ」
 思っていたより引き下がるのが早い。これは微妙なところだ。用は済んだとばかりにスタンリーは私に背を向けた。
「……待って、やっぱりお願いする。ありがとう、おいしかったと伝えて」
「オーケイ」
 いいように勘違いをしているだけの気もするが、それでスタンリーへの心象がよくなるなら勘違いでもいい気がした。ゼノに話して答え合わせをするなんてとんでもない。私はスタンリーが採ってきてくれた桃を食べたのだ。種は記念に持っておきたかった気もするけど、使い道もないので川の中に投げ捨てた。