ハリネズミ04

 ようやく全員分の服が揃い、明日の夜明けとともに北上することが決まった。ここまで約三週間。一カ月はかかると思っていたから早いほうだ。しかも三週間のうちに、新しく二人も目覚めた。ここで待てば待つほど人数は増えるのかもしれない。だが、いつまでもここにいるのでは次のステージに進めないというジレンマがある。
 明日に備えて今日は早めに休むようにとゼノから言われている。
 さっそく寝ようとしていたところ、浮かない顔のカルロスが目に入った。気になって隣に座ると、彼は空を見上げた。
「どうしたの?」
「お嬢がまだ目覚めてねえんだ」
カルロスはお嬢という人の運転手をしていたそうだ。四日前に目覚めたマックスはその子のボディーガードらしい。お嬢さんの石像は私たちが目覚めたすぐそばにあるようで、ここに置いたままにしておくのは抵抗があるのだろう。
「んなこと言ってる場合じゃねえってのはわかってんだけどな」
「……それなら石像ごと連れて行くというのは?」
「さすがに無理だろ」
「今はね。でもゼノならきっとそのうち車とか船とか作るんじゃないかと思うの。そしたら運べる」
「確かにゼノなら何でもありだな」
「でも私たちが迎えにくるより先にお嬢さんが目覚めるかもしれない。たぶん私が言わなくてもゼノはやると思うけど、メッセージを残しておきましょう」
平たく切った木とナイフをカルロスに渡す。カルロスはナイフの先端を木に当て、私を見た。
「北へ向かえ、でいいか?」
「いいと思う。あなたたち二人の名前も書いておいたらお嬢さんは心強いんじゃない?」
「……他のやつら向けのメッセージでもあるんだろ?」
「誰も気にしない。お嬢さんのことを第一に考えてあげて」
「……そうだな!」
ガリガリとカルロスは木の板を削っていく。出来上がった立て札は私たちが目覚めた場所に刺しておいた。マックスにも声を掛け、私たち三人でお嬢さんの石像を立て札のすぐ下まで移動させる。お守りとして、小さめのナイフを彼女の手元に置いた。
 さて本当にそろそろ寝なければ明日に支障がでてしまう。私はいつもの川辺の石の上で横になった。土の上や木の幹で寝る人もいるけど、私は断然「石の上派」だ。一番硬くて体を休めるには向かないのかもしれないが、何といっても虫が少ない。冬なら寒くて寝れたものじゃなかったろうから、目覚めたのが春で助かった。

 朝起きてヤバイと思ったのは、腕が筋肉痛になっていたことだ。石像を持ち上げたせいなのだろうか。ほんの少しの時間でここまでなるとは、日頃の運動不足が恨まれる。しかも今日は出発の日で、作った道具や食料を持ち歩かなければならないのだ。
 たかが筋肉痛、されど筋肉痛。振り分けられた荷物を持ち上げると、二の腕が悲鳴を上げる。まあ我慢できないほどではないのが救いだ。大切な食料なんだから、文句は言っていられない。
「貸しな」
「えっ」
 スタンリーがこれまた機嫌の悪そうな顔で私を見下ろしている。すっかり軽くなった腕は、行き場をなくして宙をさまよっていた。
 いやいや、いくらなんでもそれは。私だけ手ぶらで行くなんて。
「んなわけあるか」
 スタンリーは私の後ろに回って背中に食料の入った袋を押し当てた。何かと思えば、ぐるぐるとヒモで身体と荷物を縛られる。たすき掛けみたいだ。
「いだだだだ!」
「緩いと重くなんだよ」
「それはわかってるけどっ!」
最後にギュ、とヒモを締め上げられ、ようやく解放される。痛かったけど、手は空いているし動きやすい。正直とても助かった。
「何でもできるんだ」
「もう出発すんぜ」
「あ、ほんとだ」
ぞろぞろと歩き出した集団に遅れないようついていく。軍人さんたちが先行してくれて、最後尾にスタンリーというガチガチの布陣だ。後ろのほうにいると雑草も踏みならされていて比較的歩きやすい。
 私は一つ前を歩いているゼノに話しかけた。
「ゼノ、見込みでは何日かかるの?」
「まあ少なく見積もって一週間というところかな。整備された道とライトでもあればその半分もかからないだろうがね」
一週間……。考えただけで気が遠くなる。目的地に着いたとしても、そこでまたコーンを探さなければならないのだ。時期的に芽が出ていてもおかしくはないが、まだ休眠種子として土の中に眠っているなら探すのは一苦労だ。
「コーンベルトがあるのって州都の近くなんでしょ? その辺りには詳しかったりするの?」
「大体のことしかわからないし、今となってはその知識が役に立つかどうかも危ういね」
「それもそうだね。あー、一回は観光に行ってみようと思ってたんだけどな」
「どこか行きたい場所でも?」
「どっちかっていうと名前」
「名前? サクラメント……ああ、桜か。そういえば君は日本人だったね」
そうそう、と言いかけたところで後ろから冷めた声が。振り返るのも恐ろしかったが、無視するのはもっと怖い。
「おや、どうしたんだいスタン。君も話に混ざりたいのかな」
 スタンリーのこめかみがピクリと動く。
 ゼノ、どうしていつも余計なことばかり。そのせいで私とスタンリーが大惨事になったのを覚えていないのだろうか。
「あんたら二人、一番体力ねえんだからおとなしくしてな」
「おお、もっともな意見だね」
「……ごめんなさい」
私はサッと前を向いて歩くのに集中することにした。

 二時間、いや三時間は歩いただろうか。変化のない景色にうんざりしつつ、熊やオオカミに出くわさなかったことに感謝する。ゼノの一声で休憩を入れることにはなったが、一度止まるともう二度と立ち上がれなくなってしまいそうだった。
……冗談は置いておいて、今は少しでも足を休めよう。腰を下ろそうとすると、後ろから背中の荷物をグイと引っ張られた。
「え、え、なに?」
「あんたそんまま座る気かよ」
 私を引っ張ったのはスタンリーだったらしい。彼は私の背中に固定されていた荷物を解いてくれた。
「お、おお……」
 びっくりしすぎてゼノみたいなことを言ってしまった。今日は優しい日なのか? いや、それよりまずお礼を言っておかないと。
「……ありがとう」
「別に」
 それからスタンリーは先頭の様子を確認するとゼノに伝え、歩いていった。この程度じゃ全然疲れないみたいで、サクサクと足取りは軽い。……ところで、さっきから妙な視線を感じる。視線の主――ゼノは木の幹によりかかってずいぶんリラックスしているようだ。
「なに?」
「僕は何も言っていないが」
「……なんか笑ってない?」
「いやね、君とスタンリーの関係は興味深いなと思っていたところだよ」
「……興味持たれても」
「ところでもう仲直りはしたのかい?」
やんわりと話を終わらせようとしたのにゼノはこの調子だ。
「……覚えていないふりをしたことなら謝ったけど」
「おお、何ということだ。ではスタンはまだ君に謝っていないと?」
「え、スタンリー“が”謝るの?」
「そうさ、だって彼は君に八つ当たりをしたんだから」
「……それってエレメンタリースクールのころの話してる?」
もちろん、とゼノは頷いた。
 普通はどうなんだろう。そんな子供のころの話を持ち出して謝って仲直り、なんてするのだろうか。
「普通かどうかは関係ない。君が今も怒っている、もしくは傷ついているという事実があるだけだと僕は思うが。……それにスタンは君に謝ろうと何度かタイミングをうかがっていたようだしね」
「……それって私に言ってよかったの?」
「おっと、つい口が滑ってしまったよ」
「うそばっかり。ゼノはいつもスタンリーの味方なんだから」
「まあ口を滑らせたのがバレてスタンに後で小言を言われようが、君が彼に良い印象を持ってくれるほうがプラスだからね」
「……そこまで?」
「事の発端は僕にあるからね。これでも責任を感じていると……ああ以前も言ったかな」
 ゼノが優雅に足を組みなおしたところで、そのすぐ後ろにスタンリーが立っていることに気付いた。絶対聞かれてしまった。どうしよう……。
「お喋りは済んだか?」
「おお、スタン。ずいぶん遅かったね」
「あ、あの……スタンリー!」
 意を決して声を上げたのは、ゼノがまた余計なことを言わないようにと思ってのことだった。スタンリーに睨まれて、私はすでに負けそうだ。そしてゼノ、あからさまに楽しそうにするんじゃない。
 ええい、負けるな私!
「スタンリー、私に謝ろうとしてたって本当?」
「……は?」
うん、やってしまった。馬鹿。どうしていつもスタンリーと話すときは戦闘態勢になってしまうんだろう。彼は私に大股で近づいてきて……うそでしょ、怖すぎる。
 私はスタンリーに腕を掴まれ立たされた。すごく強く握られてるわけじゃないけど、怖い。無言なのがさらに怖さを助長している。
 スタンリーは私の腕を引いて歩いていく。途中で振り返ってゼノに助けを求めたけど、ゼノはにこりと笑っていた。
 集団からそこまで離れることなく彼は立ち止まった。
「悪かった」
え、まさか本当に。というか今? ぽかんとする私を前に、スタンリーは続けた。
「あんたにしたのは八つ当たりだったし、大勢の前で恥かかせてあんたの人生台無しにした」
「……人生単位で謝られるほど悪い人生送ってないし、あれから成績だって伸びたし」
「そうかよ」
「うん……。あの、スタンリーは?」
「俺がなに?」
「あなたもあのとき、傷ついていたんじゃないの。私たちが……
「謝んなくていい。実際俺はわかっててそれを利用したこともあったし、あんときはマジで機嫌悪かっただけ」
「でも、ごめんなさい……」
「あんたも頑固だな」
 ざく、とスタンリーの足が草木を踏む。これだけで話を終わらせていいのだろうか。すでに後ろを向いたスタンリーの腕を私はとっさに掴んだ。
 許すか許さないかという二択は難しい。ずっと恨んでいたわけじゃないけど、あのときの私は確かに傷ついて、忘れられるかと聞かれれば忘れられない。それはきっとスタンリーも同じなんだろう。だから私もスタンリーも、許してほしいと言わなかったんだと思う。でも、
「私、今のスタンリーとは仲良くしたいと思ってる」
これがすべてだ。スタンリーからの返事は相変わらず素っ気なくて、だけどまた荷物を私の背中に巻き付けてくれた。