ハリネズミ06

 コーンベルトへの移動を初めて六日目。ゼノによると、そろそろ目的地に近いんじゃないかということだった。
 本日二度目の休憩で腰を下ろす。何気なく地面に置いた手元を見てみると、雑草に混じって特徴的な新芽をみつけた。
「ゼノ~! 来て~っ!」
 芽を見失わないよう手はキープ。もう片方の手で自分の太ももをバンバン叩いてゼノを呼ぶ。ただごとではないと思ったのか、ゼノは神妙な顔で近づいてきた。そしてなぜか呼んでもないのにスタンリーまでこっちに向かってきている。
「おお、エレガント!」
 ゼノに確認してもらったところ、やっぱりこれはトウモロコシの芽で間違いないようだ。どうしよう、こんなに早くみつかるなんて思ってなかったからすごく嬉しい!
「ねえ、どうしたらいい? 引っこ抜いて持ってく?」
「いや、まずは周囲に他の芽がないかを確認しよう。今はまだ育てられる環境ではないから、先に開けた土地を探して拠点を作ったほうがいい」
「わかった! じゃあ……
「休憩中」
 盛り上がっていた私とゼノのあいだにぴしゃりと冷たい空気を落とされる。……確かにみんなが休憩しているんだから、邪魔するようなことをしたのはいけなかった。でも、ちょっとくらい喜んでくれたっていいのにと思う。
「……ごめん」
「ゼノ、あんたにも言ってんだけど」
「ああ、すまなかった。つい夢中になってしまって……あと二十分もしたら歩きながら探すとしよう」
ん、と短く返事をしたスタンリーはその場に座って腕を組んだ。これじゃあ三人で内緒話でもしているみたいだ。もとの場所に戻ったら、なんてとても言える雰囲気ではない。
「ところでスタン」
「ん?」
「会話は休憩のうちに入ると思うかい?」
「……あー、まあ入んじゃね?」
「ならハイスクールのころの話はどうだろう!」
「……なんで?」
スタンリーは呆れた顔をしていた。私も珍しくスタンリーと同意見で、ゼノの提案に全く理解が追い付かない。てっきりこれからのことについて話したいのかと思いきや、ゼノ曰く「それじゃあ休憩にならない」ということだ。
 ゼノは私に目を向けて言った。
「君とはハイスクールで別々になってしまったからね。どう過ごしていたのかなと気になっていたんだ」
まるでそれまで仲が良かったかのような物言いだ。実際ゼノとまともに話したのはあの日だけで、それも楽しい記憶とは言えない。今こそ普通に話しているから忘れそうになるけれど、私たちはただの他人だった。
「……どうって、普通に勉強してた」
「そうか。研究職に就いたのもそのときの努力が実ったのだろうね」
素っ気ない返事をしてしまったけど、ゼノは普通に答えてくれた。なんだか申し訳なくなって「あとは友達と遊んだり」と、なくてもいいような情報を付け加える。
「それなりに楽しかったよ。二人は?」
――実験。二人の声が重なった。どんな世界にいても二人はそうなんだろうなと思えば、おかしくなって笑ってしまった。スタンリーが何か言いたそうな顔で私のことを見ていたけど、私からは何も言わなかった。
 話は全然盛り上がらなくて、それでも二十分という時間はすぐだった。移動を再開してみれば、ぽつぽつとトウモロコシの芽が生えている。このあたりの水辺の近くに拠点――つまり家を作るとゼノが言って、私たちは歓喜の声を上げた。
 実は……というほどでもないけど野宿はすごく嫌だった。雨風にさらされるし、泥の上の寝心地もよくない。たぶんみんなそうだったと思うけど、誰も文句を言わなかった。ここにきてようやくまともな住居を構えられるというのは、士気の向上という意味でも効果絶大だ。

 まずは木と草と石を集めることになり、私はマヤとシャーロットと一緒に川と海で石を拾うことにした。できれば貝殻や海藻も持ち帰ってほしいということだから、目に付くほとんどすべてをカゴの中に放り込んでいる。そのせいでカゴはすぐにずっしりと重くなって、これで何往復したことになるだろう。
「この貝、食べられるのかしらぁ」
ふとマヤが呟いた。確かに貝を見ていたらお腹が空いてくる。たぶんゼノは炭酸カルシウムがどうとかで貝殻が欲しいのだろうけど、普通だったらまず食べることを想像する。
「食べられる貝だよ。焼いたらおいしいんじゃないかな」
「じゃあこっちの海藻は? すっご~く硬いけど」
「これは貝殻と混ぜて石鹸を作るんだと思う。食用ではないかな。でも塩はとれそう」
分厚くてとても噛み切れなさそうな海藻だけど、茹でたらダシがとれたりするだろうか。先端を持ってべろんと広げていると、次はシャーロットが声を掛けてきた。
「あんた詳しいんだね」
「ゼノほどではないけど……。みんなみたいに力仕事は得意じゃないから、こういうので役に立ててよかった」
「いいじゃん、自信持ちなよ」
「……う、うん」
「なに驚いてんの」
「えっと……」
これは言うべきだろうか。さっきのシャーロットがスタンリーにそっくりだった、と。「自信持ちなよ」なんて彼が私に言うことは絶対にないだろうから「対ゼノ用スタンリー」ではあるけれども。
 私は結局シャーロットの圧に負けて言ってしまった。この圧もなんとなく似ている。気を悪くさせてしまったかなと思っていたら、彼女は目を輝かせて詰め寄ってきた。
「マジ?」
「え、うん……」
これはどういう状況だろう。戸惑っていたらマヤが助け舟を出してくれた。シャーロットはスタンリーに憧れているらしい。似ていると言われるのは嬉しいそうだ。
「軍の中では慕われているんだ……」
「そりゃそうさ! 隊長の射撃の腕に敵うヤツなんていないし、指示も的確! 隊長に文句言うヤツがいたらボクがぶっ飛ばしてやりたいくらいだね!」
「へえ~……」
胃がキュッと悲鳴を上げたのがわかった。もし彼女の前でスタンリーと言い合いでもしようものならきっとタダでは済まない。
 これ以上スタンリーについて話していたら余計なことを言ってしまいそうだ。だけどシャーロットは一度スイッチが入ると止まらないみたいで、さっきからずっとスタンリーのことを褒め称えている。そこで私は逃げることにした。歩きたい気分だから、といっぱいになったカゴを背負って拠点に戻る。

 拠点の少し手前で私の足は止まった。逃げてここに来たはずなのに、どうしてスタンリーと鉢合わせしなければならないのか。
 スタンリーは集まった木材の形を整えているようだ。道具なんて石器しかないのに、これまた器用に木を削っている。
 集中しているみたいだから声はかけないほうがいいだろう。心の中で言い訳をして私はカゴを地面に置いた。
 石と貝を並べていてふと思った。貝はすぐに焼いたほうがいいんじゃないだろうか。常温で何時間も放置したものはさすがに食べたくない。誰か火を使っている人がいたらと思ったけれど、周囲には見当たらなかった。
 それなら自分でやるしかないのだが、前に火傷をしてしまったことが記憶に新しい。今日は服を着ているとはいえ半袖だ。慎重にやらなければ。
 火起こしに必要なものといえば、まずは木だ。木……。私はスタンリーを横目で見た。相変わらずせっせと木を削っている。
「……スタンリー、いらない木を少しわけてもらってもいい?」
「どーぞ」
スタンリーは顎で木を指した。この対応にも慣れたものだ。私に対してだけというならショックだが、基本ゼノ以外にはこんな感じなのでいちいち落ち込んだりイラッとしたりするほうが間違っている。
 道具もあるし今日は木くずもたくさんあるから、火を点けるのは簡単そうだ。ゴリゴリ削って煙の上がればあとは空気を送るだけ。あっという間に焚き火の完成だ。
 さっそく貝を炙っていたら、木を削っていたはずのスタンリーと目が合う。
「……お腹空いたの?」
「なんでそうなんの」
「だってじっと見てたから」
「……てっきり手伝えって言われんのかと」
「手伝おうかって言われてたら手伝ってもらってた」
「そうかよ」
 せっかくの厚意を無駄にするとはこういうことを言うのだろうか。何事もなかったかのように木を削り始めたスタンリーに、私は焼けた貝を一つ差し出した。
 いびつな木の枝で貝を挟むというのは難しく、差し出した貝はプルプルと震えている。スタンリーは眉間にシワを寄せた。
「ぜってー熱いだろ」
「うん、ここ置いとくね。他の人が来たら食べていいって伝えてくれる?」
「あんたは食わねえの?」
「あとで。どうせたくさん拾ってくるし」
「ふーん」
 スタンリーはどうでもよさそうに言って、手元に視線を落とした。ガリガリと木を整えていく様子は見ていてどこか気持ちいい。……いけない、私も早くマヤたちのところに戻らなければ。