ハリネズミ07

 石の世界にできた初めての家は、ツリーハウスだった。趣味なのかとゼノに聞けば「否定はしない」ということだ。もちろん水捌けがいいとか野生動物から襲われる危険性が低いとか、利便性を一番に考えてのことだとは思う。
 ほかにも地上に住居をいくつか作った。貝殻で作ったモルタルを壁に塗っているから、思っていたよりちゃんとした家になっている。ようやく野宿から解放されて、私たちは達成感でいっぱいだった。

 次の段階として、私たちはあらゆる金属を集めることになった。軍人さんたちは洞窟で鉱石堀りをして、私は磁石を使って砂の中から砂鉄を探している。これがまた地道な作業だ。
 金属探知機がほしい。独り言のつもりがゼノにしっかりと拾われる。
「金属探知機を作るのにも金属が必要だね」
「うん、わかってる……。炉は大丈夫そう?」
「いや、まだ火力が足りない。しばらくは人力で空気を送る必要がありそうだ」
「だよねえ」
 砂鉄を集めたところで製鉄しなければほとんど使い道がない。ガラスもそうだ。ゼノはどうにかして機械化しようとしているみたいだけど、当面は重労働になりそうだった。

 ゼノと話しながら作業をしていたら、採掘チームが戻ってきた。背中のかごには大きな塊がごろごろと入っている。
「おかえり、スタン。成果はどうだった?」
「暗くて奥まで進めねえ。ライトとか作れねえの?」
「だそうだよ」
ここでゼノはなぜか私を見た。だそうだよ、と言われましても。
「ライト作りは君に任せようと思っている」
「え」
「できんの? こいつで」
私がきちんと返事をする前にスタンリーが口を出す。なんだその言い方。私には絶対無理だと思ってるのが丸わかりだ。それでつい悔しくなって……あろうことか大口を叩いてしまった。
「任せてよ。そのくらい。……まあちょっと時間はかかるかもしれないけど」
「おお、では頼むよ。銅やガラス程度が溶ける火力はこちらで準備するようにしよう。……それからスタン、君も手伝うんだ」
「は、なんで俺?」
「ライトが欲しいと言い出したのは君じゃあないか」
「いや俺は全員の意見を代表で……」
「君は知識もあるからきっと役に立つさ」
「……いや知識の心配してんじゃねえんだけど」
「では頼んだよ」
ゼノがそう言うと、スタンリーは黙ってしまった。なんてことだ。私が口を挟む間もなく決定してしまうなんて。

「で?」
あぐらをかいたスタンリーはぶっきらぼうに言った。なんだか私が悪いみたいになってるけど、こうなったきっかけはスタンリーで、発案はゼノだ。
「……最初に言っておくけど、本当に時間かかると思う。材料も足りないし」
「何がいんの?」
「水銀……でもそれを保管するためのガラス容器も必要で」
「ならガラスからだな」
「……本気?」
「どうせいつかやるハメになんだろ」
「確かにそれはそうかも」
 さっそく私たちは作業に取り掛かった。幸いなことにガラスの材料はそろっていたから、すり潰して加熱するだけでいい。ただ、問題は成形だ。
 こうなることを予想していたのか、ゼノは大きな鉄のストローを作ってくれていた。すべて彼の手のひらの上な気がしなくもないけれど、ある物はありがたく使わせてもらうことにしよう。
 先端に溶けたガラスを付着させ、息を吹き込む。しかし、頬が痛くなるばかりでガラスは全く変形してくれない。
「……全ッ然膨らんでねえけど?」
「文句言う暇があるならやってみてよ」
 スタンリーに鉄のストローを押し付けると、彼は勢いよく息を吹きこんだ。ぷくりとガラスが膨らんでいく。だが、いびつだ。
「……まあ使えなくはない、かも?」
「無理だろ。直立もしねえよ」
 最初から難易度の高い要求だとはわかっていたが、思っていたより何倍も難しそうだ。練習したら上手くできるようになるのかもしれないが、私たちはガラス職人になりたいわけではない。他に器用な人がいないか、探してみる価値はありそうだ。
 スタンリーが声をかけると、軍人さんたちはすぐに協力してくれた。ただ、ガラス職人だった人なんてのは当たり前にいない。その中で一番まともに成形できているのがブロディだった。
「ブロディ、ライト作りに協力してくれない? 私たち二人ともあまり器用じゃなくて」
スタンリーが睨んできたのがわかったが、私は気付かないふりをした。
 ブロディはできあがったガラスの器を眺めながら腕を組んでいる。
「そりゃ手伝ってやりてえがな、俺もゼノに頼まれてんだよ」
「何を?」
「水車だと」
「……それは大変」
「まあガラス膨らますぐらいなら頼まれてやってもいいがな、後のことは他を当たってくれ」
「ありがとう、すごく助かる!」

 ブロディのおかげでガラスの容器はどうにかなりそうだ。黙っていたらまたスタンリーに「で?」と急かされるだろうから、私から先に質問をしてしまう。
「鉱石掘ってるときに水銀とか見かけなかった?」
「それっぽいのはあったな。ただ吸ったら毒ってのはわかってたし、その辺りはそれ以来近づかねえようにしてっけど」
「そうなんだ。探す手間が省けたのはよかったけど……ガスマスクか……」
どうやって作ればいいのかわからない。ゼノに聞けばすぐのような気もするけど、スタンリーに馬鹿にされそうだ。でもわからないものはどうしようもないし、早く聞いてしまうのが一番いい。

「……ということでゼノ、水銀を採りに行きたいんだけどガスマスクはどうしたらいいと思う?」
「活性炭を使うのはどうかな。現代……というか旧世界でもフィルターなんかに使われていた方法だよ」
「そうなんだ……」
まっさきに思いついたのは竹だったが、この辺りで竹は見かけない。ゼノによると普通の木でも高温で蒸し焼きにさえすれば問題ないそうだ。
 さっそくマスクを作りたいところだが、今日はすでに日が落ちてしまっている。そういえば食事もまだだった。
「続きは明日にしよう。遅くまで連れまわしてごめん」
「別にいーけど」
「別に」が「別にいい」に進化している。感動してぼーっとしていたら、スタンリーはすでに私に背を向けて歩き出していた。後を追うような形になってしまったのは、私たちの目的地が同じだからだ。

 他のみんなはもう食事を終えたらしい。残った山菜のスープをスタンリーが半分ずつに分けてくれた。
 二人きりで食事、なんか気まずい。喋ったほうがいいかなと悩んでいるうちに、スープはどんどんお腹の中に消えていく。
 私が半分くらいスープを飲んだところでスタンリーは立ち上がった。何も言わないのはどうなの、ということで「また明日」と声をかけてみる。
「ああ」
「おやすみ」
「……オヤスミ」
 遠ざかるスタンリーの背中を眺めながら残りのスープを飲み込む。最後だからかいつもより量が多い。お腹いっぱいだと感じるのは久しぶりのことだった。