ハリネズミ10.5

 夜を照らす明かりをスタンリーは眺めていた。言葉もなく隣に座ったゼノをちらりと見る。ゼノは満足そうな笑みを浮かべていた。ゼノの視線の先は、今日完成したばかりのライトだ。
「……半分はあんた頼りだったな」
「わかっていないな、そこが彼女のいいところじゃないか」
ゼノは彼女のことをよく褒める。確かに知識があるのは認める。それもゼノほどではないが。
「あとブロディ」
「実に効率的な時間の使い方をしていると僕は評価するよ」
「……まあね」
彼女はできないことはできないと言うし、知らないことがあればすぐにゼノに聞いていた。一人で悩んで時間を浪費するよりはよほどいい。ただそのたび悔しそうな顔をするのが見ていて面白かったのだ。
 本当なら人に頼りきりじゃないかと指摘してやりたいところではあったが、それが時間の無駄になることなんてわかりきっていた。だから黙って彼女のやり方に任せていた。そうした結果、運の良さもあってライトは一カ月もかからないうちに完成したのだ。さすがに早すぎる。ゼノは大喜びで、ブロディなんかも感心していた。科学を知る人間ならそれがどれほどの成果なのか、説明されずともわかるのだろう。
 さっきからゼノから静かな視線を感じている。呼んでもないのにここに来たのだから、何か話したいことがあるのだろう。「なに」と聞けば、ゼノは言葉を選んでいたのかたっぷり時間をかけて返事をした。
「……何かあったのかい?」
「何かって?」
「さあ。ただ君が感傷に浸っていたようだから」
別にゼノに心配されるようなことは何もない。完成した明かりを眺めながら少し思い出していただけだ。
「……泣いてた」
「彼女が?」
「そ」
「感動したんだろう」
「んなのわかってるって」
ゼノは眉を寄せた。ゼノの言いたいことはなんとなくわかる。もっとはっきりわかるように言え。そんなところだろう。
 だがスタンリー自身、戸惑っているのだ。彼女の泣き顔を見ていたら、言いようのない感情が頭を支配する。それは今日だけのことではなくて、ライオンに遭遇して泣いていた彼女を見たときも同じだった。そしてそれが幼いころの記憶に直結しているということも理解している。だが、これ以上は上手く言葉にできそうにない。
「君も少なからず感動していただろう。抱きしめるなりして、感動を分かち合えばよかったんじゃないか?」
「……マジで言ってる?」
「もちろんさ」
スタンリーはため息をついた。自分の幼馴染はここまでロマンチストだっただろうか。
「……で、あんたはこんな遅くまで何してんの?」
「ちょうど休もうとしていたところだったが、君の姿が見えて……というわけさ」
「あんたに言われて昼さんざ寝ちまったかんね。目が冴えてんの」
「休めるときに休むのが軍人の仕事だと言っていなかったかい?」
「……言ったな」
 小言を受けてスタンリーは立ち上がった。しかしそれをゼノが止める。なんだ、寝てほしかったわけじゃないのか。
「無理に寝ろとは言わないよ。まあ僕としても君と話すのは久しぶりだからね」
と言うわりに、ゼノは座ったまま静かにしていた。

 ブロディが用意していた電球のうち、半分は電気を通したときに割れてしまった。それでも十分な成果だとゼノは言う。そして初めて明かりがついたときの彼女といえば、ずいぶん嬉しそうにしていた。今にも泣きそうだったから、目頭にたまっていた涙を拭ってやった。慰めのつもりだったのに、彼女はわんわんと泣き出した。
 悲しくて泣くのと嬉しくて泣くのは違うというが、見ている分としてはそう変わらない。彼女に関しては特にそうだ。
「……なんで俺?」
「適任だっただろう?」
少ない言葉にも関わらず、ゼノは言いたかったことを的確に理解してくれた。
 ゼノの言う通り、確かに人選ミスはなかったように思う。だが腑に落ちない。
「楽しんでんじゃねーの」
「思った以上に君が動揺していて驚いていたところだよ。楽しいとは違うかもしれない」
「……次は何すんの?」
「せっかくライトができたのだから君たち軍人には鉱石集めを続けてほしい。僕は機織り機でも作ろうと思っているよ。もうすぐ綿花の収穫の季節だからね」
「あんた何でも作れんな」
「今さら知ったのかい?」
「……前から知ってんよ」
だろうね、とゼノは当然のように言った。
「彼女には台車を作ってほしいと言われたよ」
あれからすぐ寝たとばかり思っていたが、彼女も起きてゼノと話していたらしい。この提案にはスタンリーも賛成する。台車があればより多くのものを運ぶことができる。道が整備されていない分、移動には多少苦労するだろうが、この敷地内だけで使うにしても利点は大きい。
「……もっとも、彼女が運びたいのは石像のようだがね」
「……それ、誰かと話してんの聞いたな」
「カルロスとマックスだよ。彼らが付き人をしていたという女性がまだ石のままらしい」
「起きるかなんてわかんねえのに運んでくるって?」
「まあその辺りに転がっている石像よりは起きる確率が高い。今は一人でも多くの手が欲しいところだし、彼らのやる気にも関係するだろうから僕は反対するつもりはないよ」
「へーえ」
「……それで台車はもちろんなんだけど、ゆくゆくは車も作りたいんだ」
ゼノは目をキラキラと輝かせていた。子供のころから変わらない、それでも大人になってからはあまり見ることのなかった目だ。
「面白そうじゃん」
「だろう? ゴムがないからタイヤをどうするかが一番の問題だが、車体はDr.ブロディに相談したら何とかなりそうでね! それからエンジンは――」
「オーケー、わかった。で、俺は何すればいい?」
このまま放っておいたらいつものマシンガントークが始まってしまう。たまに聞くのは悪くないが、こんな時間にすることではない。
 ゼノの要求を聞いたら寝よう。実はついさっきまで一人で寝ていたのだが、なんとなく目が覚めてしまったのだ。起きてすぐ、ここ最近見慣れた姿が近くにないことに気付いて落ち着かなかった。それで電球を見に来てしまったなんて、やはりゼノ相手でも言えやしなかった。