ハリネズミ11
ゼノに台車を作ってもらった私はさっそくカルロスとマックスに声をかけた。石像を運ぶ許可を得たと伝えれば、二人はぱあっと笑顔になる。
ただ、石像だけのために往復二週間もかけて行くには時間が惜しい。他に何か持ち帰ってほしいものがないかゼノに聞けば「硝酸」との答えが。実はピナクルズ国立公園の近くの洞穴に、土器をいくつか置いてきたらしいのだ。運が良ければ硝酸が溜まっているはず。さすが、抜かりない。
「それじゃあ明日の朝に出発でいい?」
私の提案に、なぜか二人は顔を見合わせる。明日……なにかマズかっただろうか。それともまだ準備が終わっていないとか。
「……思ったんだけどよ、何もあんたを付き合わせることないよなってマックスと話してたんだ」
「そうだぜ。俺ら二人でお嬢のことは運べるし、ゼノの言ってた硝酸くらいなら探せる。あんたはここで他にすることあるだろ?」
「まあ、なくはない……けど」
なら決まりだ、と二人は結論を出してしまった。実は私も行きたかったと言える空気ではない。しかも私の行きたかった理由が「そろそろドーナツピーチも熟してるかな」と、しょうもないため言いづらいのだ。
「……じゃあ、気をつけてね」
私は二人と別れてがっくりと肩を落とした。
「何してんの」
自分でも体がびくっと震えた自覚はあった。声だけでそうだとわかっていたが、振り向いて本当にスタンリーがいたことにびっくりする。彼は用がなければ話しかけてこないタイプだと思っていた。
誤魔化す理由もないので、私は今あったことを説明した。
「振られたってか」
「まあ、そんなとこ」
「そんだけで落ち込んでんの?」
「いや、それは……」
言いよどむ私をスタンリーはじっと見下ろしてくる。
「そんな睨まなくても」
「睨んでねえけど?」
「……ドーナツピーチが食べたかったの!」
「……は?」
「そろそろ食べごろでしょ!」
沈黙。
呆れを通り越して言葉も忘れてしまったのか、スタンリーは私の横をスッと通り過ぎて行った。聞いてきたから答えただけなのに、ひどい仕打ちだ。
次の日ゼノと顔を合わせると、彼も当然私が南へ向かったのだと思っていたらしく、どうしたのかと尋ねられる。私は昨日と同じ説明をした。ゼノが納得してくれたから桃のことはもちろん話していない。
「それならちょうどいい、全員に新しい服を支給しようと思っていてね。何か希望はあるかい?」
「えっ、もうそんなに布できたの?」
ゼノは数日前に機織り機を完成させたばかりだ。しかも手のひらサイズのそれとは違う、本格的なものだった。ちょうど綿花の収穫の時期ということもあり、今は急いで布を量産しているというわけだ。
「まあ順次といったところだよ。すぐにというわけじゃない」
「え~、どんなのにしよう。じゃあポケットがいっぱいついてる上着がほしいな」
「おお、実用的だね」
「ゼノはどんなのがいいの?」
「服ではないけど手袋がほしいかな。刺激物を扱うときは気を使うからね」
「確かに……。でも服もだけど、作れる人いるの?」
ゼノはうっすらと笑みを浮かべながら口元に手を当てた。
「君はどうかなと思ったんだけれど」
「……私? 服とか縫ったことないよ」
「当分のところは地道に試行錯誤していくしかなさそうだ」
「だよねえ……」
どうやら最後のアテが私だったらしい。もともと軍人や科学者ばかりの集団だから、裁縫や装飾に長けた人がいたらそれは奇跡なのだ。
予定がなくなったおかげですることがない。と言ったら語弊があるが、特に頼まれていることもないので畑の様子を見に行った。貝から作った肥料のおかげかコーンはすくすくと成長し、あともう少しで収穫できそうだ。楽しみだなあと思いながら水をあげていると、いくつか食いちぎられたものがあることに気付く。これは一大事だ。私はすぐにゼノを呼んだ。
「どうしよう。せっかく育てたのに。柵とか作る?」
「まあそれも一つの手ではあるが……」
ゼノはどことなく楽しそうにしていた。悲しくないのだろうか。
「コーンの用途は何だと思う?」
ゼノの問いは何かしら意味がある。コーンの用途といえば、食料、燃料、そして飼料……。あ、と閃いた。確かにそれは楽しくもなる。
「もしかして捕まえちゃう?」
「エレガント。ほら、ここに動物のフンらしきものがあるだろう?」
ゼノは足で地面をつついた。確かにそれらしきものが転がっている。ただこれが何の動物のフンなのかまではゼノもわからないそうだ。牛やヤギなら嬉しいということだが、もしこれがクマだったりしたら。
「放っておいても危険だから食べるしかないだろうね」
「……勝てそう?」
「どうだろう。スタンにあとで聞いてみるよ。銃があれば余裕だと言われそうだが」
「スタンリーなら素手でも勝てそう」
「それも伝えておこう」
「……いや、いいです」
そして次の日の食事はクマ肉のスープだった。本当にスタンリーであったかはどうかは知らないが、勝てたんだなあと思った。あまりいい結果ではなかったけれど、さらにその数日後、柵の中に牛がいるのを見てびっくりした。もう畜産に手を出せるなんて順調すぎやしないか。
私は柵の中に入って牛を撫でようとした。けれど気性が荒いのか、牛は私の顔にペッと唾を吐いた。……すごく匂う。
「うう……」
川でばしゃばしゃと顔に水をかける。夏だから寒くはないけど心が寂しい。動物と触れ合ったら癒されるかな、なんて思ってた私が甘かった。そりゃあ3700年も経っているんだから家畜だって野生化する。
髪までびちゃびちゃに濡らした私は一度家に戻ることにした。しかしその途中でスタンリーと出くわす。びしょ濡れなのが恥ずかしくて顔を背けてしまったけど、失礼だったかなとすぐに後悔した。
「……雨でも降った?」
そんなわけないとわかっているだろうに。スタンリーが顔を覗き込んでくるものだから私は数歩うしろに下がった。
「これには事情があって……」
「フーン」
どうでもよさそうに言うくらいなら聞かないでほしい。
「……スタンリーは何してるの?」
「ゼノに呼ばれてる」
「へえ……」
妙な間が流れる。呼ばれているなら行けばいいのにスタンリーは立ち止まったままだ。
もういいかな、と思って一歩進む。ところがスタンリーが「目」と言うものだから、行くに行けなくなってしまった。
「……目?」
「充血してっけど」
「ああ、ちょっと擦りすぎちゃったのかな」
「なんで?」
……なんで? いったいどうしたスタンリー・スナイダー。私が目を擦りすぎようが、どうだっていいだろう。……でも、そうは言えない。
「牛に唾を吐かれて川で洗ってました」
「……で、んなびしょ濡れになってんの?」
「そうです……」
スタンリーは気まずそうな顔をして私から目を逸らした。いや、本当にわからない。なんで。いつもだったら「どんくさ」と冷笑を浴びせてきそうなものなのに。
「……ならいい」
そう言い残しスタンリーは歩いて行った。ほんとに何。あとでゼノに聞いたらわかるだろうか。
私はぼやっとしながら去り行くスタンリーの背中を眺めていた。そうしてふと「心配してくれたのかな」という発想に行きつく。
――いや、いくらなんでも彼に限ってそれは……。
でも、そうだったらいいなと思ってしまった。胸の奥が馬鹿みたいに熱くなる。こんなことゼノに相談したら、それこそ笑われてしまいそうだ。
カルロスとマックスが戻ってきたのは出発からちょうど二週間後のことだった。彼らの目的であるルーナの石像は無事に確保できたそうだが、今のところ目覚める気配はない。
ゼノから頼まれていた硝酸も持ち帰ることができたようで何よりだ。そしてもう一つ――私は二人にドーナツピーチを手渡された。
「……ありがとう。これ、どうしたの?」
「ああ? スタンリーの野郎に言われたんだよ。ったく人使いが荒いぜ」
マックスの言葉にカルロスがうんうんと頷く。
「まあ美味かったけどな。ちゃんと全員分あるから遠慮しなくていいぜ」
「そうなんだ……」
二人が去ったあと、私はよく熟したそれにかじりついた。甘い汁が口の中に広がって、じわりと痛みさえ感じる。おいしい。
嬉しすぎて泣きたくなった。だって、あのスタンリーだ。直接お礼を言ったら睨まれるだろうか。今回ばかりは睨まれたっていいとさえ思う。でも彼が触れてほしくないなら心の中にとどめておいてもいい。でも、私には本当のところはわからない。だから私は家を出てスタンリーの姿を探した。これ見よがしに食べかけのドーナツピーチを持ったまま、美味しかったと伝えてやるのだ。