ハリネズミ12

 ルーナが目覚めたのは二度目の春を迎えたときだった。私たちが目覚めてからちょうど一年後。個人差があるのは脳のエネルギー消費量が関係しているからだろう、というのがゼノの見解だった。
 ルーナの目覚めにカルロスとマックスは涙を流して喜んでいた。無理もない。一年も待ったのだ。彼女が目覚める保証なんてどこにもなかったが、それでも二人は信じてずっと待っていたのだ。
 カルロスとマックスは夕方になって私の家を訪ねて来た。二人してどうしたのだろう。ルーナのことだろうかとは思うが、それ以外の心当たりはない。
「ありがとな、あんたがお嬢をここまで運ぶって提案してくれただろ。台車までゼノに作らせてよ」
カルロスが言った。マックスもそれに続く。
「目が覚めたときは何だよこんな世界って思ってたんだ。でも希望があったから生きていけた。お嬢もあんたに感謝してるぜ」
「そんな……知り合いがいたら誰だって心配するだろうし……。それよりルーナは大丈夫そう?」
 二人は力強く頷いた。ルーナは初めこそ戸惑っていたようだけれど、一通りの説明を聞いたあとは自ら仕事を望んだそうだ。まだ大学生という若さで、そこまでしっかりしているのが信じられない。学生のころの私だったらきっと今ごろ泣きわめいていたと思う。

 二人が去ったあと、私は家の外に出た。こうして外を見回してみると、一年前に比べて生活レベルは格段によくなった。今は工場と住居を兼ねた大きな建物を作っているところだ。設計図を見せられたときは気絶しそうになったけれど、今は完成形がうっすらと見えている状態だ。「シンデレラ城?」と叫んだことは記憶に新しい。
 それと並行して、ゼノは車なんかも作っている。試作品を農耕に使っているが、これがまた便利だ。どこが試作なのかは正直わからない。それだけ完成度が高いのだ。

 私はゼノに呼ばれて彼の家まで来ていた。家まで訪ねるのは滅多にないことで、それほど重要な話なのかと少し緊張している。ところが当のゼノはベッドに座ってリラックスしていた。
 ゼノは私と二人で作りたいものがあると言った。それが何かというと……
「タバコだよ」
 タバコと聞いて真っ先に思い浮かんだのがスタンリーだ。というかスタンリーのためで間違いないだろう。だけどなぜ私が呼ばれたのかはよくわからない。
「材料はあるの?」
「ああ、見つけたよ。さすがに畑で栽培してはいないがね」
「……スタンリーのためでしょ? スタンリーと作ったら?」
「まあそれが一番なんだが、驚かせてやりたいという気持ちのほうが勝っている」
「……なるほど」
ここで私は余計なことを思い出してしまった。スタンリーがタバコを作ってほしいと言っていたことだ。彼はゼノに頼むつもりはないと言っていた。そしてゼノは本当にタバコを作ろうとしている。さすがにないと思うけど、私がゼノに告げ口したなんて思われたらたまったものではない。
 私としてはゼノとスタンリー二人で作ってほしいところだ。私はタバコの味も作り方もわからないのだ。
「君が作ったと言ったら彼も喜ぶと思ったんだがね」
「……いや発案はゼノでしょ。私は別に」
「君たちを見ていると押してもみたくなる」
 そんなスイッチみたいに言わなくても。ゼノは見透かすような笑みを浮かべていた。
 ちなみに私とスタンリーの間には何もない。ここ最近はほとんど接する機会もなかった。確かにちょっとドキッとしたことはあったけれど、本当にそれだけだ。もちろん私が自制しているというのもある。それをゼノは押そうというのだ。
「……あのね、ゼノ。私は……人は間違いを犯すものだと思ってる」
「ほう、それで?」
「二度も同じ間違いを犯したくはない」
「それは君のことを言っているのかな? 間違いとは?」
「……わかるでしょ」
「わかるが、君にそれを間違いだったとは思ってほしくない。というかほとんど自白じゃないか」
「う……」
 ぐ、と目元に力を入れた。いちおう睨んだつもりだ。私はゼノにあまり強くは出られないけれど、このくらいの抵抗は許してほしい。
 ゼノは目をぎょっと開いて私の肩を掴んできた。
「……すまない、泣かないでくれ。君が泣くとスタンリーがうるさいんだ」
結果的にゼノは勘違いをしたようだ。泣きそうだったわけじゃないが、勘違いされていたほうが都合がいいような気がして黙っておいた。このまま引いてくれないだろうか。
「そんなことあるわけない」
「それがあるんだ」
「……試しに見せつけてきてもいい?」
「僕がタダじゃあ済まなくなる」
「……じゃあやめておいてあげる」
あまりにもゼノが必死の形相だったため、私は笑ってしまった。つられたのかゼノも笑っている。
 私が泣いたらスタンリーがうるさいって、ゼノの言ったことを信じるわけではない。でも、どうしてゼノがそう言うのかは気になった。確かに私が泣いてしまったとき、スタンリーは心なしか優しかった気がする。だけどゼノはそれを目の当たりにはしていないはずだ。
「それで本題だが」
ああ、考えているうちにこれだ。ゼノも遠慮があるのかないのかわからない。そういうものだと思ってしまえば楽なのかもしれないけれど、この切り替えの早さにはやはり戸惑う。
 ゼノの説明によると、凝りさえしなければタバコは簡単に作れそうだった。しかし好みに合わせて葉のブレンドやフィルター、ペーパーなど、こだわり出したらキリがないそうだ。
「……適当でいいんじゃない? 質より量産できるかが大事っていうか」
「確かに一日一本どころではすまないだろうからね。君の言うことも一理ある」
「スタンリーの好みなんて本人にしかわからないし」
「それもそうだ。作ってもらえただけでも感謝してもらわないと」
そうね、と言いかけたところで気付く。いつの間にか私も協力する方向になっているじゃないか。今さら嫌なんて言いづらいけど、どうにかできないものだろうか。
「……というか話を聞く限り簡単そうだし、ゼノ一人で作ってもいいんじゃない?」
「秘密を共有する人間がいたほうが楽しいという話さ」
「うーん……」
「タバコの葉を乾燥させたものがあるから、こっちのペーパーに巻いてみてくれないか? フィルターは試作品なんだが……」
いや、ちょっと待って。もう話が進んでいる。流れでクルクルとタバコを巻いてみたが、これがまあ汚い。ふにゃふにゃとねじ曲がっている。わざわざ作ってあげてるんだしもうこれでいいんじゃないかと思うけど、ゼノは納得していないようだ。
 もう一つ巻いてみたけどやっぱり形が整わない。太さが均一になるんじゃないかと思って指で伸ばしてみたら、側面からタバコの葉がはみ出してしまった。
「無理です」
「ああ、やはりローラーは必要か」
「この葉っぱはどうやって乾燥させるの?」
「本来なら専用の乾燥機があるそうだよ。これは炉の近くて適当に干しただけだがね」
「へえ~……。火をつけてみてもいい?」
「ああ、それなら外で頼むよ」
「はーい……」
言われた通りに外へ出た私はタバコを片手に途方に暮れた。どうやって火をつけろと? マッチやライターを作ったという話は聞いていない。もし作っていたとしたら一緒に渡されるだろう。まさかタバコを吸うたびスタンリーに火起こしさせるつもりだろうか。なにそれめちゃくちゃ面白い。
 とにかく火をつけなければならないため、私は仕方なく炉へ向かった。炉の中に直接タバコをつっこむ勇気はないけど、適当な木に火をもらってしまえば大丈夫だろう。
 しかし、炉のそばにはスタンリーを始めとした採掘チームがいた。鉱石の仕分けをしているようだ。私は慌ててタバコを上着のポケットに隠した。中でタバコがほどけて手にぽろぽろとこびりついている。最悪だ。
 私はそのまま来た道を戻った。ゼノにはとりあえず、マッチを作れと言っておけばいいだろう。

「おお、確かにその通りだった。タバコだけ作ってもあまり意味がなかったね。ところでその手は?」
「スタンリーに見られたらマズイと思って」
私がタバコまみれになった手を見せると、ゼノは大げさに目を丸めた。
「すまない、気を使わせてしまったね。どうしても内緒にしたいというわけではないから無理はしなくていいよ」
「ええ……じゃあ目の前で火をつけてくればよかった」
「君が問いただされたいのなら」
「……それは嫌だな」
ゼノがハンカチを差し出してくれたので私は遠慮なく手を拭いた。まだ匂いが残っているような気がするからあとで川に洗いに行かなければならない。そのとき一緒に上着も洗ってしまおう。
 ゼノはベッドの上で足を組み替えた。
「どうだろう、君がタバコの続きを、そして僕がマッチを作るというのは」
マッチの話をしたときから何となくそう言われる気はしていた。でもそれなら逆がいい。どうせならみんなの役に立つマッチを作るほうがやる気が出る。タバコはスタンリーのためのものだから、あまり気が進まないのだ。
「おお、タバコのほうはあと少しだから君の負担にならないかと思ったんだが。しかしそういうことならマッチの製作をお願いしよう」
「……ところで、マッチってどうやって作るの?」
お約束の質問だ。ゼノは嫌な顔をするどころか笑っていた。
「材料はほとんど揃っているからそう苦労はしないと思うよ」
ゼノは紙にメモをしてくれた。紙を作ったのはここ最近のことだが、本当に作ってよかったと思う。だってゼノの指示は複雑なのだ。勉強にはなるけど、その都度忘れそうになるからすごく神経を使っていた。だけどメモさえあれば百人力。さっそく作業に取り掛かりたいところだけど、もう日も落ちかけているので今日は上着を洗うだけにしておこう。

 ゼノの家を出て川に向かう途中、炉の前を通ったけどすでに人はいなくなっていた。今日はみんな仕事を終えたのだろう。どうせならと思ってダメになったタバコをポケットから出してみる。ほとんどスカスカになった筒に火をつけてみたら、どこか懐かしい匂いがする。ただ、非常に燃えるのが速い。これは改善の余地アリだ。
 危うく火傷する寸前のところでタバコを地面に投げ捨てる。そのままにしておいてスタンリーに勘付かれたらたまらないので上から土をかけておいた。なんでこんなに苦労しなきゃいけないのか。ゼノが楽しそうにしている姿を思い出しては頭が痛くなる。すごく振り回されているような気がするけれど、感謝と尊敬の念を抱いていることは間違いない。ただ度が過ぎるのだ。
「今から出歩くつもりかよ」
「へ」
スタンリー……いつの間に。もしかしたらさっきのタバコポイ捨て現場を見られていたんじゃないかと私は気が気でなかった。
 そうこうしているうちにもスタンリーが近づいてくる。そうしたら次は「私タバコ臭いかも」と別の心配が。
「上着を洗濯しようかと思って」
「もう暗いぜ。明日にしときな」
うん、すごく正論だ。反論の余地もない。ただこれ以上近づかないでほしい。
「そうだね! 明日にする、おやすみ!」
「あ、おい……」
私はバタバタと走り去った。しかしスタンリーと距離を取るのに必死で気付くのが遅れてしまった。こっちに私の家はない。
 いないといいな、と思いながら戻る。たっぷり時間をかけて、ゆっくりと。だけど彼のほうからこちらに歩いて来ているのに気づいて、諦めの気持ちが一気に強くなった。
 先手を打って「ごめん」と言えば「何が」と返ってくる。
「いや……私いますごく臭くて、実験のせいで。それで人に近づきたくなくて逃げました」
「次は何作ってんの?」
「え……え~っと、マッチ……です」
私は心の中でゼノに謝った。でもこれは仕方ない。作ってないものを作っていると言ったら後で大変なことになる。それにマッチでいきなりタバコに結び付くなんてことはないはずだ。
 スタンリーは目をぱちりと瞬きさせて言った。
「へえ、いいじゃん。やっと火起こしから解放されんの」
「でもまだ作り始めたばかりだから」
「あんたならすぐ作れんだろ」
「……褒められてる?」
「あー……ま、そりゃ完成したらだな」
「なんかライトのときも似たようなこと言われた気がするけど」
たしかあのときは褒められなかった。そしてスタンリーはというと「忘れた」と言って私に背を向ける。普段なら言い返したいところだけれど、タバコについては誤魔化せたので追いかけるなんて馬鹿なマネはしない。
 明日からはマッチ作りだ。いっそ先にゼノがタバコだけ渡してくれてもいいような気がするが、ゼノがそれをしないだろうとわかっているから私は急いでしまう。
 家に帰った私はまず上着を脱いだ。入り口の近くにつるしてみたけど、今となってはもう臭いのかもわからない。鼻が慣れてしまったのだろうか。だけど手のひらに鼻を近づけてみるとやっぱり臭くて、こんなものを吸いたがる人間がいるのが不思議で仕方なかった。