世界が変わった日

※時系列的に過去の話です


 雪の降る日だった。君が僕の世界の内側に入った日だ。

 その日、ラボも、作ったばかりの銃も、法的に何ら問題のないロケットの部品まで、すべてが奪われた。長い取り調べを受けたのち、親が釈放金を払って解放された。怒られはしなかった。だけど僕はあのときの両親の顔を一生忘れることはないだろう。
 両親は僕を家まで送り、まだ何か手続きが残っているのかすぐに家を出ていった。外出するなと釘を刺された僕は、ソファに座って携帯を手にする。
 携帯にはいくつか着信が残っていた。一つはスタンリーからで、残りの二件は君からだった。そうしているうちにもまた電話が掛かってくる。そのままにしていたら、次はメールが届いた。
 僕が返事を返したのはスタンリーに対してだけだった。彼は僕の友人として取り調べを受けたと聞いている。実験はほぼ彼と一緒に行っていたから無理もない。学校のやつらにまで聞き取りが及んでいるとしたら、彼らは真っ先にスタンリー・スナイダーの名を上げるだろう。スタンリーには申し訳ないことをした。
「スタン、すまない。迷惑をかけたね」
「別に迷惑じゃねーけど。もう取り調べ終わった?」
「ああ、僕は家にいるよ。親はまだ何か手続きをしているようだがね」
「ふーん。あ、あいつに連絡してくれた? すっげ心配してたぜ」
「彼女への連絡は落ち着いてからにするよ。まだ完全に終わったとは言えないからね」
「あー……じゃあ俺から言っとく」
「助かるよ」
電話を切ってソファに横になる。なぜ邪魔をされなければならないのだろう。銃を持つことは法で禁じられていないのに、作るのは違法だなんて。いつも法に縛られた大人が僕の邪魔をする。そして僕もあと五年と少しでその大人の仲間入りだ。きっとそのときは僕もルールに縛られた大人になっているのだろう。この世界は窮屈だ。
 実験をやめる気はさらさらなかった。だが少しはおとなしくしていようとも思う。どうやって大人たちの目を欺くか。考えるのは退屈ではない。
 携帯が鳴る。確認すると君の名前が表示されていた。スタンリーが事情を説明するとは言っていたものの、こうなることは何となく予想していた。だが電話を取るわけにはいかない。大人たちの目が純真な君にまで向けられたら、耐えられないからだ。
 電話のコールは十を超えたところで止んだ。応答はできないが、嬉しかった。君は僕から離れない。悪だと疑うこともしない。それは君がまだ何も知らない子供だからだ。大人だったらきっと、僕から離れていた。
 僕はソファに寝そべったまま何もしない時間を過ごしていた。自分で思っていたより疲れているようだ。今は何もしたくない。
 また携帯が鳴った。今度はメールだ。
「……は?」
家の前にいる。僕はソファから飛び起きた。
 まさか一人で? この雪の中? どうやって?
 バタバタとみっともなく足音を立てて僕は玄関まで向かう。ドアを開けると本当に君がいて、そのすぐ後ろにスタンリーの姿が見えて少しほっとした。
「なんで私には連絡くれないの?」
君は頬を真っ赤にしながら言った。それが分からないようじゃあ、まだまだだ。僕が返事をしないでいると、今度は抱き着いてきた。冷たい。生きている人間がこんなにも冷たくなるのだと初めて知った。少しでも熱を分け与えてあげたくて、僕は君を抱きしめ返した。そうして君にバレないようにしながらスタンリーを睨みつける。スタン、君はいったいどっちの味方なんだ。
「俺こいつには逆らえねえの」
「ふん、知ってるさ情けない」
「寒いから中入れてよ」
「ああ、是非ともそうしてくれ!」
スタンリー相手にこういう言い方をすることは珍しくない。だが君の前では初めてだったかもしれない。語尾を強めた言い方に、君は僕の腕の中でもぞもぞと動いた。
「ゼノ、怒ってる?」
「いいや、怒ってないよ」
「……じゃあ私のこと、」
言いかけて、君はうつむいた。「嫌い?」とでも聞きたかったんだろうか。僕が嫌いな人間を抱きしめるような人間に見えるのなら、君は僕のことを何もわかっていない。
 僕は二人を家に招き入れて温かい飲み物を出した。彼女にはホットミルクを、スタンリーにはコーヒーだ。暖房の温度も強めに設定した。
「スタン、すまないが君の家族に迎えを頼めないだろうか」
「あー、もう連絡してっから心配しなくていいぜ」
「悪いね。ここには近づきたくないだろうに」
「んなこと考えてっかね? 普通に『OK』って言われたけど?」
「……そうか」
彼の家からならあと十五分ほどで迎えがくるだろう。僕の両親に鉢合わせせずに済みそうなのが幸いだ。
 君はまだホットミルクをちびちびと飲んでいた。温まってくれただろうか。頬は相変わらず赤いけど、さっきとは反対の理由でそうなっているのだと思いたい。
「寒くないかい?」
「大丈夫。……あのね」
「うん?」
「私はゼノのこと、好きだよ」
「は?」と声を上げたのはスタンリーだった。今の彼の顔はとても面白い。そういう意味じゃないってわかるだろうに。
「僕も好きだよ」
面白がっていたらスタンリーに睨まれてしまった。でも冗談で言ったわけじゃない。
 スタンリーの家から迎えが来たのはそれからすぐのことだった。去り際に君が言う。
「もう無視しないでね」
「わかったよ」
どうやら僕も君には逆らえないらしい。僕の返事に満足したのか君はにこりと笑いながら帰っていった。

 すべてが奪われた気になっていた。だけどこの日、君が僕の世界の内側に入ってきたのだ。