道楽男なんて好きにならない06

 龍水さんの模型が完成したのは冬になる直前のことだった。本物の船をそのまま縮めたようなそれに、時を忘れて見惚れてしまったものだ。しかも形だけではなくて利便性まで考えて設計してあるのだという。何か人を動かす力のある人だとは思っていたけど、改めて龍水さんのすごさを実感した。

 冬になってからは作業のペースを落とし、遊ぶことが多くなった。最初は罪悪感もあったけど、実際スキーは楽しい。
「はっはー! なかなか上達してきたじゃないか!」
 一度も転ばず下まで行けるようになった私に龍水さんは言った。
「龍水さんは最初からお上手でしたね」
「まあ一通りはやったことがあったからな」
「……いろんな経験がここでは役に立つんだろうなって最近思います」
「どうしたんだ急に?」
「龍水さんが船に詳しくてよかったなって話です」
「……乗りたいか?」
 すぐには答えられなかった。龍水さんはどういう意味で言っているのだろう。単に乗るという話なら私は頷くことができた。でも、なんとなく違う気がする。みんなハッキリとは明言しないけど、船が完成したら船に乗る人間と残る人間とに別れるはずだ。そういう意味での「乗りたいか?」なら、私は首を振る。船には定員というものがあるだろうし、特に秀でた能力のない私が行く意味はない。もちろん行きたくないという人が多くて人手不足となるなら考えるが、どちらかというとみんなは船の完成に期待しているように見える。だからきっと、私は乗らない。
「悩んでいるのか?」
「いえ、その……面接でも始まったのかなと」
「何の話だ」
「地球の裏まで誰を連れて行こうかな~って悩んでるのかと思いました」
「もしそうだったとして、貴様はどうなんだ?」
「私よりも肉体的、技術的に優れている人を連れて行くべきだと思います」
「俺は乗りたいかと聞いているんだが」
「……どうしてそんな質問するんですか」
 旅立ちのメンバーを決めるのが龍水さんなのかは知らないが、仮に千空さんだったとしたら超効率重視のメンツになるだろう。龍水さんだったとしてもそこは変わらないはずだ。乗りたいなんて言ってしまえば、選ぶ側の人間にとってノイズになる。どう考えても「乗りたくない」と言うべきだったのに、言いたくないという気持ちが邪魔をする。
「気球では振られてしまったからな」
「……船も乗りませんよ」
「そうか」
 思っていたよりあっさりと引くのだなと思った。私はどうしてこんな面倒なやつになってしまったんだろう。

***

 船が完成したのは翌年の秋だった。完成まで約一年。千空さんとしては「意外と早かった」らしい。
 船に乗るメンバーは船長である龍水さんがリストを作っていた。一人ずつ名前が呼ばれて船に乗っていく。フライングしてた人もいたし、船に乗ることを拒否して日本に残るという選択をした人もいた。もちろん私の名前が呼ばれることはなかった。だけど全員の名を呼び終えた龍水さんと最後に目が合った気がした。

 すでに船の影も形も見えなくなってしまって、そこにはただ青い海が広がっている。私と同じように多くの人が何もない海を無言で眺めていた。
 一緒に農耕をやっていたのは、いわゆるパワーチームと呼ばれる人たちだった。そのほとんどが船に乗ってしまったのだから、明日から仕事が忙しくなる。頑張らないと。……でも今は何にもやる気にならない。
 家へ帰る道を歩いていると、記者の南さんとばったり出くわした。なんとなくお互い無言で立ち止まって言葉を探す。何か用があるわけでもないのに何か言わないといけないような空気になってしまった。「ねえ」南さんが少し充血した目で言う。
「写真見る?」
「見たいです」

 南さんが中心となって作った写真館にはたくさんの思い出が飾られている。しかし今は懐かしいという気持ちより寂しいという気持ちのほうが強い。今見るべきものではなかったのかもしれない。せっかく止まった涙がぶり返してしまいそうだった。
 写真の中にはもちろん龍水さんが写っているものもある。つい目をそちらにばかり奪われていたら、急に南さんが遮るように視界に入ってきた。
「龍水のこと好きなの?」
「えっ」
 ただ違うと言えばいいだけなのに、そこにたどり着くまでずいぶん時間を掛けてしまった。南さんは、ふーんと言いながらも納得していないように見える。
 そう、好きではない。好きになんてなりたくない。もしそうなったら、きっと今よりも辛くなる。
「……龍水さんを好きになった人は大変だろうなと思います」
「まあそれは否定しないけど」
「だから好きになるなら他の人がいいです」
「それができたら苦労しないって顔」
「……そんなこと、」
 ないとも言い切れない。現に今もこうして龍水さんの写真を目が追っていたのだから。
 こういうときに思い出すのは決まってあの日のことだった。寝そべっている龍水さんが女の人に団扇をあおがせていた日。これを思い出してもダメなら龍水さんが女性に対して美女という言葉を使っていたときのことを思い出す。次に龍水さんが他の人に好きだと言っているシーンを想像すれば、やっぱりやめておこうという気持ちになれるのだ。龍水さんは好きにもいろんな種類があると言っていたけれど、そもそも私がそういう土俵に立っているとも思えない。
「言いたいことは何となくわかるけど、逆に……逆にね、龍水について行ける人ってなかなかいないと思わない?」
「……そうかもしれません」
「だから最後の一人になるまで諦めなかったら、それはもう勝ちだと思うのね」
「えーと……龍水さんのことを好きな人が龍水さんについて行けなくなるのを待って、龍水さんを好きな最後の一人になるってことですか?」
「そう!」
 なかなか無茶なことを言う。やろうと思ってできることではない。
「私には無理です。むしろ私が脱落する側というか……」
「それは認めたってことでいい?」
「よくないです。っていうか、どうしてそんなこと聞いてくるんですか……」
「ビッグニュースの予感がして」
「……」
「っていうのは冗談! なんか寂しそうに見えたから」
「南さんだって」
「まあそうなんだけどね……。たまには恋バナもいいじゃない」
 南さんはそう言ってカメラを手に取った。みんなが帰ってきたときに見せられるように、写真をたくさん撮りためておくということだ。まずはフランソワさんがカセキさんに依頼して作ってもらったタイマー機能を使ってパシャリ。笑顔とも泣き顔とも言えないような微妙な表情の二人がそこには写っていた。