道楽男なんて好きにならない08

 数年と言われていたのが十年もかかるなんて、とんだ詐欺だ。まあそのうち八年くらいは石になっていたから仕方がない気もするが。
 今回私は石になっても意識を失わずにいた。みんなの帰りを待つと決めたから、そのくらいはしたかったのだ。千空さんが3700年も起きていたのを思えばなんてことはない。だけどそのせいで、会いたいという気持ちばかりが大きくなっていた。

 私に復活液をかけてくれたのは龍水さんだった。気のせいかもしれないけど、そのときの龍水さんはいつもより穏やかな顔をしていたように見えた。私の知らない間にこんな表情ができるようになったのかと思うと何だか妬けてくる。
「おかえりなさい……」
 これは龍水さんが帰ってきたら一番最初に言おうと決めていた言葉だ。当初予定していた状況とは全く違うけれど、こうしてまた再会できてよかった。
 次は船に乗りたいと改めて言うつもりだった。だけどそれより早く龍水さんが私の腕を引く。
「米を手に入れたぞ!」
「……え」
 米? 確かに十年くらい前に米を食べたいと話したような気もする。……嬉しいけど、わざわざ今その話をしなくたっていいのに。
 腕を引かれるまま龍水さんについて行くと人だかりが見えてきた。その中心にいたのはフランソワさんで、目にもとまらぬ速さで料理を仕上げていく様子には懐かしさを覚えた。
 調理中のフランソワさんと目が合って会釈をされる。私はブンブンと大きく手を振った。

 フランソワさんが振る舞っていたのは寿司だった。お米のことなんて後回しでいいと思っていたけど、実際食べるとそんなことも言っていられなくなる。感動で涙が出てしまいそうだった。
 ふと視線を感じて隣を見ると、龍水さんと目が合う。やっぱり何となく表情が穏やかなような……。それか十年も経っているのだから、単に私が忘れてしまっただけなのかもしれない。
「どうだ? 久しぶりの米は」
「おいしいです」
「そうか」
 ほら、またその顔。じっと見られたら食べにくいから顔を背けた。龍水さんは何も言ってこなかったけど、それがまた気まずさを生んでいる。

 ……で、次は宇宙らしい。月を目指しているというのはアメリカ行きの船が出発する前から知ってましたけども。
 龍水さんはもちろんパイロット希望で、みんなにそれとなく話を聞いた限りは龍水さんで決定だろうということだった。つまり船に乗せてほしいなんて言っている場合ではない。今はロケット開発を進めながら世界中で人々を復活させている段階だ。これだけでも忙しいのに、宇宙飛行士候補の人たちは専用の訓練までしている。我儘が言えるわけがなかった。
 まあ、待つのはもう慣れた。今なら南さんが言っていた「最後の一人」に慣れるんじゃないかとさえ思う。だけど行き先は宇宙だ。どれだけ私が健気に待っていたって宇宙から無事に帰ってくる保証はない。今までだって危険はあったはずだけど、実際に宇宙と言われると不安の大きさが段違いだった。

 船が日本に戻ってきてから数日後、龍水さんは一人の男性を引きずってきた。……いや、引きずってという表現はおかしいかもしれないけど、連れてこられた人は戸惑っていたようだし何なら文句を言っていた。珍しいなと思った。龍水さんは強引なところもあるけれど、嫌がっている人を無理やりどうこうするタイプではないはずだ。
「なまえ、貴様にも紹介しておく。数学者のSAIだ!」
「えっ……はい。初めまして、なまえです」
 一体何のために紹介されたのだろう。とりあえず挨拶をしてみた。するとSAIさんは龍水さんに向かって「いやそこは兄でいいだろ」と……。
「……えっ、龍水さんのお兄さん!?」
「うん……まあ一応」
 一応って何だ。しかし言われてみれば確かに似ているような気もする。それでどうしてわざわざお兄さんを紹介してきたのか、どうしても自分に都合のいいようにしか考えられない。
「SAIは主にロケットのプログラム担当だ」
「そうなんですか、すごいですね……」
 だからなぜそれを私に、と聞ける雰囲気ではなかった。SAIさんは怪訝な顔つきで龍水さんのことを見ている。もしかしたら彼もなぜ私を紹介されたのかわからないのかもしれない。
 何となくSAIさんを見ていたら目が合った。だけどお互い言うこともなくて、しばらくしたら無言で目を逸らす。龍水さんは龍水さんでうっすらと笑みを浮かべながら私たちのことを見比べてくるからもう意味がわからない。
 最初に沈黙に耐えられなくなったのは私だった。
「あの、それで急にどうしたんですか……?」
 SAIさんは聞かれても困るだろうから、龍水さんに向けて質問した。しかし、
「ただ紹介しておこうと思っただけだ」
 と、全く参考にならない。
「……じゃあ、そろそろ仕事に戻ります」
 私がそう言えば、SAIさんはホッと安心したような表情になった。そして龍水さんも特に引きとめてくるようなことはせず、ますます意味がわからないままこの時間は終わった。

 紹介されたのだから、会えば挨拶程度はする。それでもSAIさんと私とのあいだにはどこか気まずい空気が流れているような気がした。別にこのままだって問題はないけれど、せっかく龍水さんが紹介してくれたんだしなと思う部分もあった。
「SAIさん、それってゲームですか?」
 コンピューターに向かって何かを打ち込んでいるSAIさんに思い切って声を掛けてみた。彼はビクッと肩を震わせて、それから私のほうに振り返る。
「あ、うんっ……。娯楽がたくさん欲しいねって話になって。僕も数学漬けだった昔、ゲームに救われたから」
 SAIさんに対して私は勝手に壁を感じていたけれど、案外そうでもなかったのかもしれない。彼は少し照れくさそうな表情で「やってみる?」と私をゲームに誘ってくれた。

「……負けちゃいました」
 私がやったのはAI相手のオセロだ。最初はいい感じに進められていると思っていたら、中盤で一気にひっくり返されてしまった。私はまんまとAIの罠にはまってしまったというわけだ。
「難易度易しくしたりもできるんですか?」
「いや、それはまだ……。でもそうだね、これだと人じゃ勝てないからよくないかも」
「え、今の勝てる見込みなかったんですか?」
「あ、ごめん。……いや絶対に勝てないってわけじゃないんだけどっ!」
「コンピューターを越える頭脳を持ってないとダメってことですね」
「……うん」
「あ、あの……全然、怒ってるとかそういうことではないですよ?」
「……」
 SAIさんはじっと私のことを見てきた。何か変なことを言ってしまっただろうか。
「龍水のことなんだけど」
「え、はいっ」
「君って龍水と付き合ってたりする……?」
「え……」
「あっ、ごめん! こんなこといきなり聞いて失礼だったよねっ! ごめん今のは忘れ「あの」
 SAIさんがとんでもないことを言うから私も焦ってしまった。付き合ってるって何。しかもSAIさんが一人で納得して話を終わらせようとしていたものだから、つい話を遮ってしまった。
「りゅう、すいさんがそう言っていたわけではないんですよね?」
「うん。なんで僕に紹介するんだろうって。でも聞いてもあいつ何も言わないし……それでずっと気になってて」
 気まずい空気を感じていた原因は、もしかしたらこれなのかもしれない。つまりSAIさんは、自分の弟の彼女かもしれない人という目で私のことを見ていたのだ。
「……付き合ってはないと思います」
「付き合って『は』ない……?」
 ああ、妙に意味深な言い方をしてしまった。はっきり言ってしまえば私と龍水さんのあいだには何もない。どういう関係かと聞かれたら、ただの知り合いもしくは友達……その程度のものだろう。
「すみません変な言い方しましたけど、特にその……何でもないんです」
「え、そうなの?」
「龍水さん的に言えば、龍水さんとSAIさんも付き合ってるのかもしれませんけど」
「……なんで!?」
「全人類が好きで、男も女も全員欲しいし諦めないと言っていたので」
「いやそれ龍水が勝手に言ってるだけだからっ! それにその理屈だと君も龍水の恋人ってことになるだろ?」
「……まあ、」
「一応言っておくけど、龍水が僕に『ただ紹介』したのは今のとこ君だけだよ」
 ……そんなの、いっそう自分の都合のいい方向にしか考えられなくなる。SAIさんはにこりと笑った。最初は龍水さんに似ていると思ったけど、実際に話してみるとあまり似ていない。だけどこのときのSAIさんは、不思議なことに龍水さんを彷彿とさせる目をしていた。