Phase02

「なあダグ、サラのことだけど」
フェイズ・ワンの内偵捜査中。運転席であんパンをかじるダグにキリルは聞いた。もう二時間以上張り込んでいるのに、何の成果も得られそうにないのだ。ちょっと雑談するぐらいの息抜きがないとやっていられない。
「ん、気になるのか?」
「いやだってあいつ、周りに避けられてるっぽいし、さっき俺たちとすれ違ったときだってさあ」
互いに敬礼して、それで終わり。しかも二人とも目を逸らしていたような気がする。
 キリルはあの一件以来、サラを見かけたら一言二言ぐらいは交わすようになっていた。それなのにダグときたら。あれじゃまるで避けているみたいだ。
「知り合いなんだろ? なんかもっとこう、ないのかよ」
「知り合いって言ってもな、あの事件が初対面だ。特別仲が良いってわけでもない」
話している間に、ダグはパンを食べ終わってしまう。くしゃりと折りたたまれた包み紙は、後部座席に放られた。
「あいつさ、ダグに襲い掛かったこと気にしてるみたいなんだよ」
「……まあ、それを言ったら俺も同じかもしれないな」
「どういうことだ?」
「……俺もサラには後ろめたい部分があるってこと」
ダグはハンドルに体重を預けてため息をついた。
 あの日、逃走中の犯人の向かう先に小さな男の子がいた。サラはその子を庇って人質になってしまった。そう説明するダグの表情は、彼の前髪で隠れてよく見えない。
「はあ!? あいつそんなこと一言も言ってなかったぞ! 捕まったのは自分の実力不足だーとかで」
「彼女が警官として何か思うところがあったのは俺も分かるよ。……で、その後どうなったかお前も聞いただろう?」
「いや、でもそれは別にダグのせいじゃ……」
「サラが犯人を気絶させた後、俺はまず彼女に声を掛けるべきだった。だが焦っていた俺は、すぐにスキャンを済ませて銃を構えた」
「それはサラを早くアンセムから助けようと――
キリルが言いかけた。そのとき、冷たい銃口がキリルの額に触れる。撃たれるはずがないと分かっているいるのに、動くことが出来ない。それはダグの表情のせいか、額の冷たさのせいなのか。
「これが薬だなんて、普通は分からない」
ダグは銃を下ろして懐にしまった。止まっていた時が動き出したかのように、キリルの背中から汗が噴き出してくる。
「彼女は恐らく、俺に射殺されると思ったんだろう。俺に襲い掛かったのも自然なことだ」
彼女を落ち着かせて、薬のことを説明してから行動すべきだった。腕を狙ったはずの弾は首に命中し、そのせいで紛らわしい銃痕まで残してしまった。ダグは淡々と話す。彼はキリルが思っていたよりずっと、サラのことを気にしているようだった。
「……それが後ろめたい理由か?」
「ああ、そうだ」
 ダグは捜査対象の資料を抜き取り、これまた後部座席へ無造作に放り投げた。二人を乗せた車はそのまま大通りへ向かう。
 車が走る間、キリルはずっと考えていた。ダグとサラ、このままでいいのだろうかと。――いや、いいはずがない。しかしいい解決策を思いつくこともなく、窓の外の景色は次々と流れていく。考えすぎたキリルは徐々にイライラを募らせていた。
「あー! もう全然納得できねー!」
車を降りるなり、ダン! と足を地に叩きつける。ダグが振り向いたのを確認して、キリルは口を開く。
「なんつーか二人とも、相手に悪いことしたとか言って気まずくなってるけど!」
互いに気を使ってしまうのはなんとなく分かる。しかしキリルは、二人がすれ違っているのも分かる。サラにもダグにも話を聞いたからだ。
「サラはダグが悪いなんて思ってねーし、ダグもサラが悪いなんて思ってねーじゃん」
「……まあ、そうかもしれないな」
「ってことで今日は飲みだ! 絶対来いよな!」
結局、キリルの頭で思いつくことなんて酒しかなかった。サラと飲んだことはなかったけれど、きっと大丈夫だろう。
 ダグはキリルの提案にため息こそついたが、断りはしなかった。キリルにはこの後サラを誘うという重大任務が残されているが、ダグよりも手強いなんてことはないだろうと楽観的である。
 ダグは難しい顔をしていた。何か考えているときのしぐさ、こめかみを指でトントンと叩いている。
「一つ聞いておきたいんだが」
「ん?」
「俺とサラ、お前はどうしたいんだ?」
「いや、どうって……」
特に何も考えてなかった。そう言ったらダグは呆れるだろうか。相棒としてダグのことを気に掛けるのは当然で、サラのことはちょっと心配だったのだ。あの泣きそうな顔が忘れられない。ただそれだけのことだ。
「仲良くなってほしいのか?」
「……え、何言ってんだ? 当たり前だろ?」
きょとんと首を傾げるキリル。対してダグはくすりと笑って「じゃあまた夜にな」と歩いて行った。