ガラスの破片を踏みたくなって 延長戦02
朝、目を開けば不機嫌そうな尾形が目に入ってきた。どうしたのかと聞いてみれば「狩りに行きたいって言ってただろ」と。別に機嫌が悪かったわけじゃないようだ。それならどうしてこんなにも眉間にシワが寄っているのか。人差し指でシワを伸ばしてみたら頬をむにっとつままれた。……なんかこれ、恥ずかしいな。やめてとも言えないまま解放されるのを待っていたら、尾形は急にハッとした顔で私から手を離した。いったい何なんだ。
ここで暮らし始めてからというもの、気付いたら尾形が鳥やウサギを獲ってきてくれるという状態だった。私も一緒に行きたいと前に言ったことを覚えてくれていたみたいだ。私は急いで身支度を済ませた。
「私にも銃の撃ち方教えてよ」
「お前も撃てんわけじゃないだろ」
「尾形みたいに上手になりたいの」
「狙撃手にでもなるつもりか?」
「違うよ~……」
実のところ、ただ尾形に教わりたいというものすごーく不謹慎な理由なのだ。尾形に楽をさせたいとか、もちろんないわけじゃないけど……もっと構ってほしいというのは我儘だろうか。恥ずかしがってないで言ってしまえばいいのかもしれない。だけど少し気になることがあるのだ。
尾形が少し、よそよそしい気がする。
金塊争奪戦が終わってからの尾形は優しかった。皮肉のこもったことを言うのは相変わらずだけど、あれを食べたいとか、どこに行きたいとか、私の希望を全部叶えてくれる。お団子を買ったら自分の分まで私に食べさせようとしてくるし、それが嫌というわけじゃない。優しくしてもらえるのは嬉しい。だけど、なんていうか前よりも少し……本当にちょっとだけ、遠慮されているような気がするのだ。
考えながら歩いていたら、尾形にぶつかってしまった。尾形はキュッと口を結んで私を見下ろしている。これはどういう顔なんだろう……。
「ごめん」
「……着いたぞ。撃ってみるか?」
「えっ、いいの?」
そんな、尾形が銃を貸してくれるなんて! もしかして尾形、本当はすごく優しい人なんじゃ……? 一瞬そう思ったけど、尾形はやっぱり何とも言えない表情をしていた。何か言いたいことがあるなら言ってほしい。手渡された銃はやけに重たく感じた。
尾形が指差した先には鳥が二羽、ちょうど水を飲んでいるところのようだった。いつものように構えてみたら、グイと肩を押される。
「肩と頬で支えてみろ」
「こう?」
「まあ、そんなもんだな」
なるほど確かに安定している気がする。言われた通りの体勢で引き金を引いてみたら、弾はわずかに逸れて鳥たちが逃げてしまった。……ここで当てられないってどういうことなんだ。
「う……」
「そりゃ慣れた体勢で撃つほうが楽だ。慣れたら安定してくるようになる」
……なんてことだ。銃のことで尾形が慰めてくれるなんて、やっぱりおかしい。杉元さんなんかいつもこっぴどく言われていたし、何なら私も銃の手入れが行き届いてないと注意されたくらいなのに。
「……何だよ」
「尾形……なんか私に隠してることある?」
「はあ?」
「だって最近、すごく優しい」
「おいおい、俺が優しくしちゃ悪いのかよ」
「悪くない。嬉しい……けど、言いたいこと我慢してるように見える」
「……別に」
「ほらあ!」
尾形が先に進もうとするので腕を掴んだ。振り返った尾形はまた微妙な顔をする。
「……お前、」
尾形の腕を掴んでいたはずが、いつの間にか尾形にも手を取られていた。指が絡み合って、どくんと心臓が鳴る。
「尾形?」
急に恥ずかしくなってきた。手をつなぐのも抱きしめるのも今まで何度もしてきたはずなのに、尾形からというのが初めてだったと今気づいたのだ。
「顔、真っ赤だな」
「だって尾形からこういうことしてくれるの、珍しいから……」
尾形はパチパチと目をしばたたかせた。小さな声で「そうか」と、何か納得したようだ。
そうしてしばらく手を握ったままでいたら、また鳥が水辺にやってきた。私は銃を尾形に渡す。尾形は難なく一羽仕留めた。
「やっぱり尾形、すごいね」
得意気に口元をつり上げた尾形は、私のよく知っている顔をしていた。
帰宅して私が鳥の羽をむしっていると、尾形が静かに近づいてきた。
「どうしたの?」
「今日は俺がやる」
「ありがとう……?」
私のすぐ隣に座った尾形はもくもくと鳥を捌き始めた。その姿をじっと見ていたら、横目で「何だよ」と睨まれる。
「甘やかされてるのかなって思ってた」
「……何だそりゃ」
「嬉しいってこと」
「そうかよ」
お言葉に甘えて私は鍋の準備をすることにした。そこで味噌がなくなりそうだったことを思い出す。
「ごめん、味噌買ってくる。すぐ戻るね!」
私はお金を持ってバタバタと家を出た。いつもの店に着いて息を整えていたら、ご主人に声を掛けられる。今日は奥さんは出掛けているみたいだ。
「嬢ちゃん今日はずいぶん慌ててるねえ」
「鍋にしようと思ったら味噌がないのに気付いて慌てて走ってきました」
「ああ、そんなもん旦那にお使いさせときゃいいのによ」
「今、鳥を捌いてくれてるんです」
へへ、と頬が緩む。それだけならまだよかったのに、私は調子に乗って尾形のことをアレコレと話した。とりわけ最近すごく優しいところとか、どうしても誰かに聞いてほしかったのだ。遠慮されてるなんて気のせいだと言ってほしかったというのもある。誰かがそう言ってくれれば不安も消し飛ぶ気がした。だけどご主人の顔はみるみる曇っていく。いけない、商売の邪魔をしてしまったかも。そう思って帰ろうとしたら、ご主人がとんでもないことを言うのだ。
「嬢ちゃん、そりゃ浮気だ」