どうか思い出さないで02

 畳の部屋でとうもろこしをかじる。なまえはアシパの家に招かれていた。
 互いに前世の記憶があると確信したあとは早かった。アシパに「来い」と言われてなまえはよくわからないまま頷いた。きっと話したいことがあったのだろう。自分も似たようなものだ。今までは前世の記憶があるなんて、自分だけかもしれないと思っていた。だから話し相手が誰であろうとよかった。
 とうもろこしはアシパの親戚が作っているもので、この時期は大量のおすそ分けをどうするかでいつも困っているそうだ。
「他に記憶があるやつに会ったか?」
「いいえ。聞いて確認したわけじゃないので、実は他にもいるのかもしれませんが」
「私も同じだ」
「……杉元さんは記憶がないみたいですよ」
「そうか……」
 なまえが杉元の名を出したのは、アシパの反応を窺うためだった。アシパはじっとなまえの目を見ている。
「昔のことだが聞きたいことがあるんだ。あのあと……どうしたんだ?」
「あのあと、とは?」
「とぼけるな、樺太で杉元に斬りかかっただろう」
「ああ、北海道に帰って軍から離れました。一人でひっそり暮らしてましたよ」
 アシパの目つきが険しくなる。嘘がバレているかはまだ微妙だったため、なまえは平静を装う。
「どうして嘘をつく? 杉元はなまえを探してた。第七師団にも聞きに行った。……そうしたら死んだって」
 なまえは唇を噛みしめた。杉元が探してくれていたという話は単純に嬉しかった。しかし嘘までついて、今さら何の尊厳を保とうとしているのかと馬鹿らしくもなる。
「何だ、知っていたんですね」
 にこりと笑うなまえを前に、アシパは言おうとしていた言葉を飲み込んだ。本当はどうして死んでしまったのかを聞くつもりだった。杉元がずっと探していた幼馴染がなぜそんなことになってしまったのか、もしかしたら樺太で争ったことに直接の原因があるんじゃないかと気がかりだったのだ。聞くのをやめたのは、なまえが笑顔の裏で触れてほしくないと言っているように見えたからだった。
「……なまえは聞きたいこと、ないのか?」
「あるにはあるんですけど、聞きたくないような……微妙なところですね」
「それなら私の話をしてもいいか?」
「……どうぞ」
 アシパは金塊争奪戦が終わってからの自分の足取りを話した。杉元と一緒に東京に行って干し柿を食べたこと、それから梅子に金塊を渡したこと。なまえは苦虫を噛み潰したような顔で聞いていたが、杉元と二人で北海道に帰ったことを告げれば、いくらか表情が和らいだ。
 なまえが杉元に対してかつての自分と同じ気持ちを抱いていることにアシパはすぐに気付いた。なあ杉元、お前も罪なやつだな。そんな風に考えられたのは、過去は過去とアシパの中である程度線引きができていたからだった。
「なまえは今、杉元の近くにいるのか?」
「勤め先が同じなんです」
「そうか。じゃあこれ、杉元にもわけてやってくれ」
 アシパはそう言って皮のままのとうもろこしを差し出した。なまえは困惑したような表情でそれを受け取る。
「食べたいなら全部自分で食べてもいいぞ」
「無理ですよ、こんなに」
「いいから協力してくれ。まだまだあるんだ」
「ありがとうございます。杉元さんにも渡しておきます」
 不思議なことに、アシパはなまえに対して親近感を抱いていた。言わないことを選択したところが似ていると思ったのかもしれない。しかしこれが明治時代であったなら、仲良くはなれなかっただろう。
「また来てくれ。フチも喜んでた」
「ありがとうございます。では、また……」

 とうもろこしがぎゅうぎゅうに入った袋を抱えてなまえは杉元の家に向かった。「とうもろこし貰ってください」とメッセージを送ったら、すぐに返事があったためその足で向かうことにしたのだ。
 ところがドアを開けた杉元は神妙な顔つきをしていた。嫌な予感がしつつもなまえは家の中に入る。
「なまえさんって前世の記憶とか、あったりする?」
 部屋に入るなりこれだ。座る暇も与えちゃくれない。いったい何がどうしてこんな話になったというのだろう。
「ええと、話が見えませんが」
「昨日、営業部で飲み会があったんだよね。そのときちょっと」
「酔っていたのでは?」
「そうなんだけど……そいつの話もやけにリアルだったし、もし本当ならなまえさんが俺にいきなり声かけてきた理由にも説明がつくって言われて」
「誰ですか? それ」
「尾形ってやつ」
 なまえのこめかみがピクリと動いたのを杉元は見逃さなかった。尾形は現代に生まれてからなまえと一度も話したことはないと言っていた。だがなまえは尾形のことを知っているような素振りだ。ちなみにこれは尾形からの入れ知恵である。「いいから俺の名前を出して反応を見てみろ」と、非常に癪だが尾形の言った通りになってしまった。
 しかし杉元は後悔する。なまえが真っ青になって肩を震わせていたのだ。尾形の話の信憑性は濃くなったが、だからといってなまえを責める意図はなかった。
「ご、ごめん! 別に俺は前世の記憶とか、あってもなくてもいいんだけどさ!」
「杉元さんは信じるんですか? その話」
「実は他にも記憶があるって言い出したやつがいてさあ。そしたら俺も俺も~みたいな感じになって、むしろ覚えてないほうが少数派みたいな空気だったよ。みんなで明治の軍隊? の話で盛り上がってるの」
「……そんな話今まで聞いたことありませんけど」
「言えなかったんだって。頭おかしいって思われそうで」
 なまえは半ば諦めかけていた。これはもう時間の問題か。「記憶がある」とだけ言うなら何の問題もないだろう。だが、なまえが言うより杉元のほうが早かった。
「なまえさんはその、今の俺じゃなくて昔の俺のことが好きなの?」
「いえ! その……」
 そこでなまえは初めて杉元が不安そうな顔をしていることに気付いた。自分のことばかりで杉元が何を考えているかまで気が回らなかったのだ。
「……どちらも好きというのでは、いけませんか」
「ン~どっちもかあ~! 俺としては知らない男なんだけどなあ~……」
 それもそうだな、となまえも思う。もう謝ることしかできない。しかし杉元は首を振った。
「ううん、全然! 俺もいつか思い出すかもしれないし。そしたらまた違ってくるのかも」
「……そう、ですね」
 ひとまず話が終わり、そのあとはいつも通り映画の配信を見るなどして過ごした。
「もうすぐお盆だね」と杉元が言う。彼は有休も使って東京へ帰省するそうだ。
「なまえさんは帰らないの?」
「まだこちらへ来たばかりなので、帰るとしたら年末ですね」
「そっか、じゃあお土産買ってくるね」
「ありがとうございます。ちゃんとご実家にも北海道土産を持って行ってあげてくださいね」
「わかってるって~」
 何がいいかな、と杉元はスマホで土産を調べているようだ。なまえはそんな杉元を見てくすりと笑った。少しだけ、胸のつっかえが取れた気がする。まだ不安があるのに変わりはないが、今の関係を全く信用していないというわけでもないのだ。