転生したら角名倫太郎に振られた後の世界だった10
角名くんが好きだ。……でも、これは本当に私の感情なのだろうか。
夢の中の情報を信じるなら、私は双子目当てでバレー部のマネージャーを志願したらしかった。
だけど思っていたより仕事が過酷で、一緒に入った友達も辞めるということだったから私もそれに続いた。これは私が一年生のときの話である。
二年生になって、角名くんと同じクラスになり席も隣だった。角名くんがバレー部だと知っていた私はマネージャーを辞めたことで気まずい思いをしていたけれど、角名くんは特に気にしていないような雰囲気だった。そして些細なことがきっかけで、会話をした。
「落したよ」
私が落した消しゴムを、角名くんが拾ってくれたのである。恋の始まりってそんなもんだ。
それから告白まで持っていったのは我ながら(?)偉いなあと思う。変に建前を気にしている今の私より、よっぽど素直でかわいいじゃないか。どうも角名くんはそう思っていないようだけれど。
この日はいつもより早めに家を出た。ゆっくり眠れなかったというのもあるけど、みんなが集まっているところに入っていく勇気がなかっただけとも言える。
しかしすでに、私が思っていたよりも多くの部員が来ていた。大会後で特別気合いが入っていたのかもしれない。私はスススッと気配を消して彼らに近づいた。
「おはようございます。先日はすみませんでした。全国大会お疲れ様でした」
昔の私だったら準優勝おめでとうと言っていたかもしれない。だけどみんなが目指していたのが優勝だと今は知っているから、おめでとうは言えなかった。
侑くんが私をギロリと睨みつけてくる。
「お前が心配で決勝負けたんとちゃうからな」
(いやそんなことはわかってますけども!)
「もっと他に言い方あるやろ」
尾白さんが突っ込んで、それから北さんが話をまとめて練習が始まった。
……で、なんというか。今日も角名くんと仲良く一緒に帰っているわけだけど……。
角名くんの顔がまともに見れないのである!
恥ずかしくて見れないというだけならまだよかった。確かにそれもある……けど、角名くんを見ると夢で見たあの冷たい表情を思い出してしまうのだ。そうすると胸がぎゅっと苦しくなる。明日一緒に花火に行くことになってるけど大丈夫? いいえ大丈夫じゃありません。
苦しいのは今の私が苦しんでいるのか、それともあのとき悲しくてつらかったことをただ思い出しているだけなのか。ちょっと感情が引きずられ過ぎているような気がしなくもない。もとの私には悪いけど、こんなことなら何も思い出さないまま、まっさらな私でいたかった。
「……ねえ」
突然迫りくる角名倫太郎の顔。何度呼んでも私が反応しなかったから、ということらしい。びっくりしすぎて息どころか心臓まで止まるかと思ったぞ。
「ごめん、なに?」
「浴衣持ってる?」
「どうかな……探してみないとわかんないけど、あっても着ないかな」
着るの面倒だしね。私は下を向いたまま答えた。角名くんはどうでもよさそうに「ふーん」と言う。
「角名くんは?」
「持ってるわけない」
「ふーん」
「……」
「……」
何。なんなのよ。私は相も変わらず下を向いているけれど、角名くんがこっちをじーっと見ていることくらいはわかる。「着てよ」バッと勢いよく、私はとうとう角名くんの顔を見てしまった。そしてまたすぐに下を向く。
「わざわざ買ってとまでは言わないけど。家にあったらでいいから」
「……探してみる」
いくらなんでも私、ちょろすぎる。いや、角名くんがお願いしてくるから悪いのだ。彼の甘えるようなやり方は私によく効く。こうして花火大会へのハードルはどんどん上がっていくのだった。
(あるし……)
クローゼットをひっくり返して見つけたのは、自分では選ばないようなかわいらしい柄の浴衣だった。まあ、靴箱にわりと新しめの下駄が置いてあった時点で予感はしていた。軽くチェックしたところ目立った汚れは見当たらない。よし、着るか……。角名くんの顔を思い浮かべて、私は顔をくしゃりと歪めた。
次の日、私は部活を終えてすぐに美容室に向かった。今日は着付けのお客さんが多いらしく、流れ作業のように浴衣女子が仕上がっては店を出ていく。ちなみに部活の時点で角名くんには浴衣だと伝えていた。ちょっとでもハードルを下げたかったゆえの行動だが、逆に上げてしまったかもしれない。だけど「楽しみにしてる」と機嫌よく言われてしまえば、私も悪い気はしないのである。
「へえ、かわいい」
かわいいとストレートに褒めることのできる男、角名倫太郎であった。照れた感じもないし(なんで私だけ恥ずかしがってんの?)普通にさらっとこういうことを言うのだ。
「……防虫剤くさくない?」
「気にならないけど。照れるとそんな感じ?」
「照れてないです~」
「じゃあこっち見てよ」
「……ぐ」
私は恐る恐る顔を上げた。改めて目を合わせるのは恥ずかしい……それに、やっぱり夢の中の角名くんを思い出して胸がぎゅっと締め付けられた。
私の反応が思っていたのと違ったのか、角名くんはポカンとしている。
「え……それどういう表情?」
「バレーに集中したいって言ってたの、思い出した」
私はうつむいて、ぼそぼそとした声で言った。言うタイミングとしては最悪だ。バカでしょ。私はこれからどういう気持ちで花火に行くつもりなのだろう。
視界の隅で角名くんの手がぴくりと動いた。
「嘘は言ってないつもりだけど」
「……うん。それならもういい」
別に私は「バレーに集中したい」がただの断り文句でもよかった。むしろそうであってほしかった。なんで二回も振られなきゃいけないの。あんな思わせぶりなことばっかりしてたくせに。
(……ちがう、角名くんを好きなのは私じゃなくて記憶を失う前の私だから!)
頭の中で必死に言い聞かせる。だけど目頭が熱くてたまらない。
涙が落ちる前に拭おうと思った。しかしその手を角名くんに掴まれる。
「嘘じゃないけど、二度目の『ごめん』は言わないから」
「…………えーと、つまり?」
私は再びおずおずと視線を上げた。
「ごめん」というのは夢の中でも言われた言葉だ。「ごめんなさい、あなたの気持ちには応えられません」の意である。
「あんたが好きだけど、バレーに支障が出るようなことはしない」
角名くんは真っ直ぐ私を見て言い切った。その意味を理解するのに数秒遅れる。ぶわっと顔が熱くなるのと同時に、必死に冷静さを保とうとする自分もいた。振られたと思ったときはあんなに悲しくてたまらなかったはずなのに、いざそれが覆されそうになると一歩引いてしまう。大人の嫌な部分を煮詰めたような態度に、我ながら嫌気が差した。
「え……待って。ちょっとそれは……ごめん」
「……は? 言わせといてなに?」
ここに来て初めて角名くんは感情をあらわにした。いや、わかる。今のは完全に私が言わせたやつだし、怒りたいのはわかる。……だけど本当に待ってほしいのだ。
「……いま角名くんのこと好きなのか、好きだったことを思い出しただけなのか、考えてる途中で」
「へえ~?」
ああこれはもうめちゃくちゃ怒ってますね。角名くんはどす黒いオーラをまといながら私に顔を近づけてきた。しかし私の顔が完全に角名くんの影で覆われたところでぴたりと動きが止まり、スンといつものすまし顔に戻る。まるで何事もなかったかのように、私と角名くんの距離は適正なものとなった。
「あんた俺のこと好きだよ」
「え、怖」
なんですかその自信は。けど角名くんなら許されるなと私の思考も迷子だった。
「見てればわかる」
「……私でもわからないのに?」
「まあ、わかんねえってんならそれでもいいけど」
角名くんは私の手を取って歩き出した。なんて自然なエスコート、と感心していたら、
「わからせてやるから」
とんでもない爆弾が投下された。いったい角名くんはこれから何をするつもりなのか。私はもう今の時点で死にそうだというのに、耐えられる自信がない。
人ごみの中で、私には角名くんだけが色付いて見える。
もしかしたら角名くんは私の建前とか意地とかプライドとか、そういうのをぜーんぶお見通しだったのかもしれない。